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第30話 若菜の異変
しおりを挟む「みなさん、15時でーす。お飲み物、コーヒーとお茶、どちらがいいですか? ちなみに今日のオヤツは最中でーす」
進藤と一緒にお茶汲み当番をしている若菜。
やっぱりそうだよな。
若菜は、入社して間もないヤツを千尋の谷へ突き落とすようなヤツじゃない。心配でついてくるタイプだ。
「星海ちゃん、待ってたよ~。今日は俺はコーヒーで」
「ふふふ。お待たせしました。コーヒーですね」
「佐々木先輩はどうされますか?」
「あら? 進藤くんありがとう。そうね、ブラックコーヒー、ホットでお願い」
「かしこまりです!」
次は俺の番だ。
若菜と話すのをいつも楽しみにしている俺。
まぁ、俺だけじゃないんだろうけど、邪魔するヤツは、牽制してやる。
「鈴木先輩はどうしますか?」
「ああ、コーヒーで」
「かしこまりです」
ーーあれ? 若菜が聞くと思ってたのに。ていうか若菜が来る時は若菜と談笑までする程なのに。俺は少し違和感を感じる。
「吉野先輩はどうしますか?」
「コーヒーミルク多めで。ミルクは牛乳ね」
「かしこまりです!」
ーーあれ? 吉野先輩とも喋らない。ていうか敢えて俺たちを避けてる気がする。気のせいじゃないよな。
先輩も不思議に思ったみたいでチラッとこちらを見た。だから俺は、さあ? と、小首を傾げる。
「じゃあ用意してきまーす! お邪魔しました」
「はぁ、今日も星海ちゃんに癒されたー」
「俺もー」
俺が喋らなかったことをいいことに、モブたち(言い方ひどい)が俺にマウントとってくる。
ーーでも若菜、本当にどうしたんだろう。
結局、お茶出しの時には進藤1人だった。進藤が思いの外打ち解けやすく順応してるっていうこともあるんだろうけど、俺はてっきり、卒業試験的についてくるのかと思ってた。
「なぁ、進藤。若菜、様子がおかしくないか?」
「おかしいかおかしくないかと聞かれたら、前者ですね。まぁ、後で先輩が聞いてみてください。一緒に帰ってるんですよね?」
「ん、わかった」
ーー進藤にもわかるレベルの異変か。
また女子に絡まれたとか、そういうのか?
それとも水澤さんにこってり絞られたとか?
まぁ、終業後に確認するか。
俺は今日も若菜と帰るため、全力でパソコンと向かい合う。
◇
今日は自分で自分を褒めてやりたい。
全っ力で終わらせた仕事の山が、定時に終わったことを。
俺はいつもどおり、廊下で若菜を待っていた。
ーーお、来た来た。
「若菜、帰ろうぜ」
「うーーーーーーんとね、ちょっと用事があって。だから先に帰ってて?」
ーー嘘、だろ……。
入社以来、こんなことがかつてあったろうか。
(たまにあった)
あからさまに避けられている時に、特に理由を話さず一緒に帰らないなんて。
「あのさ、若菜、何かあっ……」
「ごめん! じゃ、そういうことだからッ」
若菜はパタパタと走って行ってしまった。
ーー嘘だろ……。俺は膝から崩れ落ちそうになる。よく、鈴木は鉄壁だなとか言われるけど。そんなこと全然なくて、中身はただの羽がもげたチキンだ。
そうか、と俺は気がつく。
吉野先輩と、帰るのか……。
やっと納得がいった。
きっと駐車場で待ち合わせでもしてるんだろう。
俺は若干、放心状態になる。
「よっ! お疲れ鈴木! 乗ってくか?」
「え?」
声を掛けてくれたのは、吉野先輩だった。
「あれ? 若菜と帰るはずじゃあ」
「いや、帰らないよ。てかゴメン。鈴木が若菜ちゃんに帰りフラれたところ見ちゃって。いたたまれなくて声掛けた」
先輩は放心状態の俺を見てクスリと笑う。
「ま、たまにはそういう日もあるだろ? 俺は嬉しいけどね。んじゃ、帰るぞ」
「はい。お世話になります……」
ーー先輩と一緒に帰るんでもないんなら、一体なんなんだ?
◇
俺は結局、先輩の車に乗らせてもらって、2人でスーパーに寄って帰った。先輩には、1週間あたり5000円払うことに決めた。先輩はタダでもいいっていってくれたけど、水道光熱費食費諸々、いいはずがない。
そして帰宅して、掃除と料理に別れて家事をする。側から見れば、仲の良い夫婦に見えるだろう。性別はおいておいて。ていうか今は多種多様な時代だからな。性別っていう概念がもはや時代錯誤だ。
「ただいまですー」
「若菜ちゃん、駅から歩いてきたの? 迎えに行ったのに!」
「えへへ。いいんです。ちょっと考え事もしたかったので」
若菜は大事そうに何かの袋を抱えていた。
それをギュッと抱いている。
「私も着替えたら家事手伝いますね! ごめんなさい、なにもしなくて」
「いーのいーの。できる人がするってことで」
「そうだよ、若菜。とりあえず着替えてこいよ」
「雅貴も、今日はごめんね。……うん、着替えてくる」
◇
若菜はどうやら、エプロンを買ってきたようだった。仕事着から部屋着に着替え、その上から羽織るエプロン。白地に白のフリルが可愛らしい。
もしその姿で料理していたら、後ろから抱きしめたくなるほどに。
「可愛いよ、若菜」
「うん、よく似合ってる」
「えへへ。そうですか? 嬉しいなぁ」
若菜はその場でくるんと回ってみせた。動くたびに、揺れるエプロンのレース。その下に見えるのは、部屋着のショートパンツ。白い生足がいかんせん艶かしい。
「そうだ! ビール買ってきたんですよ。良かったら夕飯にいかがですか?」
「重たかったでしょ。本当、今度から呼んで? 迎えにいくから」
「ありがとうございます。そうしますね」
ーーん? 笑いながらも、笑顔がひきつっている気がする。空元気なんて、若菜らしくない。それに、何かいつもと雰囲気が違う気がする。
「若菜、なんかあったろ? どうした?」
「うっ、ううん、何でも……ないよ?」
目を合わせない若菜。嘘か下手なところは若菜の可愛らしいところでもあるが、女子に絡まれたところに鉢合わせたもんだから、俺はどうにも心配になってしまう。
そんな俺の視線に気づいた若菜は、先制を打ってきた。
「ほんとに大丈夫だよ。ありがとうね、雅貴」
「……なら、いいんだけど……」
◇
「わあ、美味しそう。焼き魚にお味噌汁。十穀米にサラダ。最高にヘルシーですね♡」
「お気に召して何よりだよ、若菜ちゃん。遠慮せずに食べてね」
「はいっ」
「じゃあ、若菜が買ってきてくれた缶ビールも飲みますか」
若菜はその言葉でピシッと固まった。
俺にはわかる。隠しても無駄だ。
やっと異変の理由がわかった。
でも先輩には気取られたくない俺は、とりあえず平静を保ってみる。
ーープシッ!
缶ビールを開けて、乾杯だ!
「「「かんぱーいっ!」」」
ーーゴクッゴクッゴクッ! ケホケホ……!
「大丈夫? 変なところ入っちゃったかな?」
「若菜、ペース早すぎ。どうした?」
それでも若菜は、1本飲み干さん勢いでゴクゴクと飲む。俺はさすがにビールを取り上げた。
「コラ! 若菜~?」
「わ、私、酔いたくて……。今日は酔いたい気分なんです。あの……あの……。お風呂を出たら、どちらかに、構ってもらいたくて。その……いろいろと……」
ーーこれは、水澤さんに仕込まれてきたな。
しかも絶対、ビールの前に事前に一本飲んでやがる。酒の力を借りない限り、若菜がこんなこと、言うはずない。
でも、据え膳喰わぬは漢の恥っていうだろ?
当然……
「「じゃあ、俺と」」
先輩と意気がぴったり合った。
まぁ、そうなるわな。
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