上 下
28 / 41

第28話 噂話は蜜の味

しおりを挟む

「ねぇ、聞いた? 星海さんの話」
「えっ、なになにー?」
「今3股してるらしいよー?」
「やばくないなにそれぇー」

「ねぇ、どういうことか、私にも教えてくれる?」
「「「葵…………」」」
「若菜が何だって?」
「「「あの、その…………」」」
「早く言いなさいよ!」

 俺たちがいつもどおり電車で出勤し会社に着くと、何故か若菜と仲がいい水澤さんが同僚女子と揉めていた。滅多に怒らない水澤さんが珍しい……。なんて思っていたら。友達想いな若菜はやっぱり走って行った。

「若菜……!」


「葵? どうしたの? 大丈夫?」
「いや、今若菜のことをこの子たちから聞いてさ」
「私のこと?」
「そうだ! ちょうどいいから教えてよ、星海さん! 3股かけてるってほんと? ネズミの国ランドで見た人がいるんだって」

「さ、3股⁉︎」

 ーー俺もだけど、若菜も絶対に驚いたはずだ。
 あって2股だろうと考えてた俺たち。
 甘かった。多分、進藤が頭数に入っていそうだ。

「それ……は……」

 若菜も言うに言えないだろう。半分は当たってるんだから。ったく、誰だよ事の発端は。誰が言い始めたんだよ。
 俺が助けてやりたいけど、俺が入ると余計に揉めそうな気がする。状況が悪化しかねない。

 ーークソッ、どうしたらいいんだ。
 俺たちの詰めが甘かった。こういう時、どうすればいいか話し合っておくんだった。

「先輩方、おはようございます。どうしたんですか?」

 そんな時、現れたのは渦中の人であろう進藤だった。

「進藤くん、おはよ! 実はネズミの国ランドで星海さんが3股してるの見た子がいてねー」

「はい? それ僕ですけど?」

 ーー!? 進藤はあっさり認めやがった。どうするんだ?

「僕の妹が、ネズミの国ランドに行きたがってて。ーーで、あんまりパーク内詳しくないのでついてきてもらったんですよ。し・か・も! ちょうどその話をしていた時にその場にいた吉野先輩と、鈴木先輩にもですよ! 僕嬉しくって。憧れなんで。同性ですけどあのお二方。ね? 若菜先輩、鈴木先輩?」
「う、うん。そうなの。でもどちらかと言えば連れて行ってもらった感じかな? 久しくネズミの国ランドに行けてなかったから嬉しかったんだよね」
「俺もそう。ちょうどゴンドライベントやるって聞いてさ、行きたくて、意気投合したってワケ」

 進藤は、こちらを見てニコッと笑った。
 あの笑みは、あとは任せてくださいって言っているようだった。

「写真見ますー? 僕の妹、小5なんですけど、んまー! おマセさんで! 今時の子ってこうなんですかね? 先輩?」
「「うーん、どうだろーねー」」

 進藤は、改めて噂話をしていた女子たちを見る。

「それで。3股疑惑は解けたんですよね? 僕、社内がそういう噂で満ちてて誰かを排斥したり、働きづらくなるの大嫌いなんですよね。謝ってもらえますか? 若菜先輩に」
「星海ちゃん、ごめんね。まさか、進藤くんの妹さんも一緒だなんて思わなかったから」
「いいんですよ。そう見えても仕方ないと思いますから」

 女子たちはそそくさとその場を後にした。

「進藤くん、ありがとう」
「進藤、見直したよ」
「へへへ。お役に立てて嬉しいです」

「そーれーでー? 一件落着なのはよかったけど」

 その場に唯一残った若菜の親友、水澤さんは若菜に理由を尋ねる。

「どーゆーコトか、説明、してくれるわよね? 
 ちょっと祐樹くん。私たち半休取るから! 午後出社って伝えといて!」
「かしこまりです」

 水澤さんは、若菜を連れてどこかへと消えて行った。

 ◇

「進藤、ありがとうな。助けてくれて」
「いいんですよ。……うーん、でも違うな。僕は別に、鈴木先輩を助けたかったわけじゃなくて、若菜先輩がたとえ正しい噂話だろうと、苦しんでほしくなかっただけですから。まぁ、若菜先輩争奪レースには参加する前から落馬しちゃいましたけどね」
「進藤……」
「好きなんですよ、若菜先輩が」
「うん。知ってる。だからこそ、ごめん。あの場を収めるのは、本来俺の立場だった」

 進藤は、ぐいーっと伸びをした。

「まぁ、仕方ないですよ。コーヒー1杯で手を打ちますよ? 先輩?」
「もちろん、奢らせてもらいます」
「あ、あと。吉野先輩にも今の件伝えといてくださいね? それは先輩の役目ですから」
「いろいろと、すまない。ありがとう」

 進藤は2、3歩先を歩いて、くるんと振り返った。

「いいんですよ。僕の想いは変わりませんから、僕なりに守れたっていう誇りが持てましたから」

 ーー最初はクセが強そう、とか思ってたけど、進藤はめちゃくちゃいいヤツだった。進藤があの場にいなかったら、若菜は集中砲火されていただろう。

 想像しただけで、ゾッとする。
 優しい若菜はきっと、耐えられなくて退社すると言いかねないから。

「おはよ。昨日はどーも! どしたの? 改まって集まっちゃって」
「おはようございます、吉野先輩」
「…………」
「鈴木?」

 ーー俺はポツリポツリと、今起こった出来事を先輩に話した。すると先輩は、なるほど、ファインプレーだね! と進藤の背中を叩いた。

「只者じゃないとは思ってたけど、フォローが上手いよ。ど? 今からでも営業職にジョブチェンジするのは。歓迎するよ?」
「光栄ですけど、僕は若菜先輩がいる事務職がいいんです」
「なるーーほど、ね。でも、助かったよ。本当にありがとう。おいで! コーヒー奢ってあげる。鈴木も来いよ!」

 ーーあぁ、情けない。後輩に守られ、先輩に配慮され。最近の俺ってなんなんだろう。

 ーーパァン!

「うっし!」

 俺は両手で両頬を叩いて喝を入れた。
 うじうじするのは性に合わない。
 ーー挽回すれば、いい話だ。

 俺を見て、先輩はクスリと笑った。

「その意気だよ、鈴木」

 ーー内心も読まれてる。
 こういうところが、俺が吉野先輩に憧れているところだ。
 それに進藤からも、学ぶことがたくさんあった。
 未弱な俺は、まだまだだ。
 頑張っていこう。若菜のために。


 ーー不甲斐なくてごめん。
 若菜、今度こそ、俺が守るから。

「吉野先輩、進藤。ありがとうございます。人生って勉強っすね」
「なんだ鈴木、そんな達観視して」
「そうですよ先輩。一応僕たち、同い年なんですから」
「ええっ! 進藤って俺の2個下なの? ほんとに?」
「吉野先輩……それってどっちの意味です? 喜ぶほう? 悲しむほう? 正解はどっちデスカ」
「……いやー、はははは」
「笑って誤魔化さないでくださいよ」

 ーー頼もしいな、ほんと。
 同僚に恵まれて、良かった。

 俺は先を行く2人の背中をかなり強めにバシン、と叩く。

「色々勉強になったんで、今日は俺の奢りで」
「どうするか、進藤。ちょっと外出してマキアーノとかフラペチーノにするか?」
「それいいですねぇ! 僕はフラペチーノで」

「缶コーヒーです!」
「「ざんねーん」」


 ーーこんなやり取り、久々な気がして。
 俺は何となく学生時代みたいな、懐かしい気持ちになった。



 ーー若菜、今度こそは、俺が守るから。
 今日は俺の勉強デーだ。26歳とはいえ、君を守るためには、学ぶことはまだまだたくさんあるんだな。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

久方の雲、花ぐはし桜

彩女莉瑠
恋愛
書店勤務の沓名綾乃は25歳。 今まで恋愛経験はなかった。 本に埋もれて自分は1人で死んでいくのだと思っていたのに……。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...