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第15話 事件は突然に side若菜
しおりを挟む「あれ……ここは……」
見慣れた天井。
さっきまで私は会社にいたはずなのに、なぜか自分の部屋で寝ていた。
「ゆ、夢……?」
「お、星海ちゃん、起きたか?」
ーーえ? 聞き覚えのある声。それも、大好きで仕方なかった……、
「よ、吉野先輩?」
私は急に起き上がろうとして、腕にも身体にも力が入らず、またへにょりとベッドに転げてしまった。
「無理しないで大丈夫だよ。星海ちゃんは会社で倒れたんだ。さっきまで人事部の養護室で寝ていたけれどね、熱が38度あったから、俺がここまで連れてこさせてもらった。勝手に上がって、悪かったね」
ーーそうだ、私、営業課長に台車を届けようとして、倒れたんだ。
だんだんと、思い出してきた。
「吉野先輩、ご迷惑をお掛けしました」
「大丈夫だよ。今日の午後、ちょうどフリーでね」
「ありがとうございます」
そうだ、と吉野先輩は言う。
「ほんっっっっっっとに申し訳ないんだけど、外に干してあった洗濯物にパジャマがあることに気がついてね。汗をとてもかいていたから、着替えさせてもらったよ」
「ええっ⁉︎」
改めて衣服を確認する私。上下ともにグレーのTシャツとグレーのショートパンツに着替えていた。
ーー下着姿、見たってことだよね?
「あ、あの……」
「誤解を解いておきたいんだが、俺は下着姿は見ていないよ。意識がなかったかもしれないけど、パジャマを渡したら『自分で着替えます~』って、サクサク着替えていったから、慌てて廊下で待ってたよ」
ーーああ、穴があったら入りたい……。
「本当に、ご迷惑お掛けしました……」
「いーえ。大丈夫。……ただ……」
「ただ……?」
吉野先輩は言い淀む。
「スカーフは外させてもらった。その下の、絆創膏もね」
「ーー!」
私は咄嗟に首を抑える。
絆創膏とスカーフで隠してあったのは、雅貴が付けた、キスマーク……。
「それ、つけたの。……彼氏?」
ーー彼氏……。雅貴とは、お試し期間中との間柄だ。正直に彼氏って言っていいものなんだろうか。でも、嘘はつきたくない。
「あの、一応、彼氏です」
「……そう……」
「まだお試し期間中ですけれど」
「? どう言う意味?」
私は経緯を説明する。しかも、意中の人だった、当の本人に。
「私、ずっと好きな人がいたんです。告白しようとも思ってました。……でも、告白前に玉砕しちゃって……。それで泣いていたら、雅貴がお試しで付き合おうって言ってくれて」
説明を聞いた吉野先輩の表情は、かなり曇った。
「……こんなんなら、手をこまねいてないで早く告白するんだったな……」
「え?」
あまりに小さい声で、よく聞こえなかった。
すると、吉野先輩は私に向き合って言う。
「あのさ、星海ちゃん。この状況を利用して申し訳ないんだけど……良かったら、俺と付き合って欲しい」
「……え?」
ーーどうして……?
先輩は、佐々木先輩が好きなわけで。
給湯室で見た限り、あんなに幸せそうな笑みを佐々木先輩に向けていたのを見るのは初めてだったわけで。デートの約束だって、してたはずなのに。
「どうして……私、なんですか?」
「星海ちゃんのことが、ずっとずっと、好きだったからだよ」
憧れていた先輩からの告白。
私は咄嗟に、枕に顔を埋めた。
恥ずかしくて、嬉しくて。
……でも、素直には喜べない。
私には、雅貴がいるから。
すると吉野先輩はクスリと笑う。
「すぐに断らないあたりから推測するに、可能性はゼロってわけじゃなさそうだね」
「……」
私は、何も答えられなかった。
「何も答えないってことは、イエスってことでいいのかな。ちょっとは、期待、していいってことだよね? 星海……いや、若菜ちゃん」
『若菜』……何度そう呼んで欲しいと、願ったことだろう。今、夢にまでみたことが、実際に起きている。とても信じられない。
「1つだけ、お願いしていいかな」
「なん……ですか?」
「その、首のキスマーク、見ていたくないんだ」
私は咄嗟に手で隠す。
恥ずかしい。見えたら大変だと思って、絆創膏までつけていったのに。
「上書き、していいかな?」
「え? 上書き?」
質問を返した時には、もう遅かった。
吉野先輩は私を優しく抱き寄せて、首に顔を寄せて、キスマークの上に上書きした。
「んっ……」
自然と、声が出る。
「妬けちゃうな。どれほど鈴木に、その声を聞かせたの?」
「わ、私……そんな……」
吉野先輩はクスリと笑う。
「告白したとはいえ、無理に略奪しようとは思わないよ。今日から俺のことも、意識して欲しいって、思っただけだから」
「先輩……」
「でも、聞けば鈴木もお試し期間中っていうことだし、少しは期待、してもいいかな」
「あの……」
狡い私は、すぐに答えられない。
吉野先輩のこと、ずっとずっと好きだった。
数日前に、号泣するほどに……。
でも今は、雅貴がいる。
精神的に不安定な私を、支えてくれて、優しくしてれて。お試しでもいいって言ってくれて。
今の私には、とても、どちらと付き合うかなんて、選べない。
吉野先輩はポンポン、と私の頭を撫でた。
「無理……させちゃったね。熱もあるし。今日のところは、ゆっくり休んで」
「はい……。送ってくれて、ありがとうございました」
「いいえ」
ーーピンポンピンポンピンポーン!
静寂を突き破る、インターホンの音。
「雅貴?」
私はなんとなく、そう感じた。
「全く。荒い押しかけ勧誘みたいなインターホンの押し方して。
俺はこのまま、帰るよ。熱下がらなかったら月曜日も無理しないようにね。若菜ちゃん」
ーー若菜ちゃん……。あんなに憧れていた先輩にそう呼ばれても、雅貴のことを思うと素直には喜べない。
「はい。ありがとうございます、先輩」
「直樹って呼んでくれると、嬉しいんだけど」
「直樹……先輩?」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、月曜日も無理して出勤しなくていいからね」
「はい。ありがとうございます」
そして、雅貴が来て。
何やら揉めてる声がする。
雅貴と先輩が玄関で一悶着してるのかもしれない。
◆
「でね……それで……」
私は先輩との間に起こった全てを、包み隠さず雅貴に話した。
「雅貴、引いたよね? 私、雅貴と付き合ってもらってるのに、先輩のことすぐに断れなかった。……ごめん……なさい……」
「……なんだよ……!」
ーーそうだよね。怒って当然だ。あんなに良くしてくれたのに。
「なんだよ、心配して損した」
「え?」
「俺はすぐにフラれると思ってたんだ。だって、若菜がどれくらい吉野先輩を好きだったか、俺は知ってるから」
「雅貴……怒ってないの?」
雅貴は、私の頭をクシャクシャっと撫でる。
「当たり前だろ? 俺は今まで圏外だったのに、今は先輩と同じ土俵に乗れてるってことだ。俺的には、一歩前進!」
ーーそう言ってもらえると嬉しいけど、罪悪感が、どんどんと、雪みたいに降り積もっていく。私は、どうしたら……。
「ま、今は一旦置いておいてさ。風邪、治すことに集中しろよ? 何か買ってきて欲しいものあるか?」
「ううん、ない。あ、でもお茶飲みたいかも。冷蔵庫から、出してくれる?」
「ん。わかった……でも、その前に」
「その前に?」
雅貴は私の首元に顔を埋めた。
ちゅうっと吸われる、私の首筋。
ゾクゾクって、身体が震える。
「あ……」
「上書きの上書き」
「今はまだ俺の、カノジョだから。お茶も口移しで飲ませてやろうか」
ーーくっ、口移し?
「だ、だ、大丈夫。自分で飲めるよ」
「ざーんねん」
雅貴は、クスリと笑ってみせた。
ーーどうしてそんなに、優しいの……?
「なんで……そんなに、優しいの?」
「若菜が好きだからに決まってるだろ?」
「知ってるくせに。キスするぞコノヤロー」
「え……、えと……」
クスリと雅貴は笑う。
私は多分変態だと思う。
ーー昨日みたいな、キスしてほしいって、思ったから。
揺れ動く、私の心。
急展開すぎる状況に、身体の熱も、心の熱も。
おさまらない。
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