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エドガーのその後 2
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クローラ公爵家にデイジーが来てから、一週間ほどが経った。
彼女の勉強に対する反抗心は強く、中々思うように進んではいなかった。
「いやですわ! どうして私に命令するのっ! エドガーさまに言いつけてやるんだから」
デイジーの部屋の前を通りかかると、彼女の大声が聞こえて来た。
「早く出て行って!」
また何か問題でもあったのかもしれない。
彼女の叫び声が聞こえなくなると、一人のメイドが部屋から出て来る。
クローラ公爵家に長年勤めていて、実績も信頼も厚いメイドだ。
僕のことに気が付いたのか、近付いて来て頭を下げる。
「エドガーさま、私には手に負えません。私では、デイジーさまに教えることは、とてもじゃないですが不可能です」
メイドは頭を下げながら言ってきた。
実はこの発言を聞くのは、初めてではなかった。
初めては、デイジーと年齢の近いメイド。その次は、男爵家から付いてきたメイド。
その後も次々とメイドたちは、デイジーに教えるのは無理だと言った。
今目の前にいるメイドが、匙を投げるのであれば、もう公爵家に彼女に教えられるメイドはいないということだ。
ああ、困った。
令嬢教育の経験が豊富な貴族であれば、デイジーも何とかなるかもしれない。
だが。
男爵に、任せてくれと言った手前、他家に教育を任せるわけにはいかない。
「はぁ......思うようには行かないものだな」
思えば、今のデイジーは過去の僕だ。
父から見れば、過去の僕は彼女のように見えていたかもしれない。
過去の行いを恥じながら、後悔する。
父だけではなく、アシュトン公爵家のローラ、アレックス王子にも迷惑をかけてしまった。
後で会う機会があれば、謝罪しなければならないな......。
僕は、両手でピシッと音をたてながら顔を叩いた。
そんなこともよりも、今は目の前の問題だ——。
◇
「いやですわ」
デイジーの部屋へと入り、勉強しようと言ってみた結果がこれだ。
「デイジー、どうして勉強をしたくないんだ?」
「だってつまらないのですもの。私に勉強は合いませんわ」
全てのメイドが匙を投げた今、彼女の勉強係は僕しかいなかった。
男爵に責任を取ると言ったのだ、これは公爵家が、僕が何とかしなければならない問題だ。
「デイジーは僕とは結婚したくはないのか?」
「私はエドガーさまと結婚したいですぅ~! エドガーさま以外となんて、考えたくもありませんわ!」
「それなら勉強はしなくてはならないよ。公爵家に嫁ぐのであれば、必要なことなんだ。僕もやるから、一緒に頑張ってみようじゃないか」
「いやです」
ぷいっ、と顔をそらしながら言った。
反応や仕草は可愛らしいが、それだけでは公爵夫人となることは出来ない。
心を鬼にして、接しなければ。
「デイジー、勉強が終わる頃にはとても美味しいデザートが出来ているかもしれないよ」
デイジーは僕の言葉に、目を輝かせた。
「本当ですのっ! エドガーさま、早く食べに行きましょう! 勉強なんてしている場合ではありませんわ!」
「それはダメだよデイジー。勉強をしない人には、デザートは出ないんだ」
「ええっ!」
「僕と父上が、おいしーいデザートを食べている所を、デイジーはただ見ていることになる」
「ダメですわ! そんなのダメですわっ!」
部屋から出て行こうとしていた彼女を、何とか説得する。
お菓子で釣るようで、心苦しく申し訳ないが、心を鬼にしなければならない。
「もう、エドガーさまったら意地悪ですわ。分かりましたわ、少しだけです。少しだけ勉強をしますわ」
やっとデイジーは、勉強をしてくれる気になった。
ここまでとても長かった......。
それからは僕が彼女に勉強を教えていた。
貴族として必要となる知識、王国の歴史。
教えることは、とても多い。
「エドガーさま~、デザートはまだですの?」
「もう少しじゃないかな。きっと今頃、デイジーのために作っているよ」
「それは楽しみですわっ!」
勉強の途中、何度かこういうやり取りがあった。
さらに少し時間が経つ。
「まーだーでーすーのー」
デイジーはさすがにしびれを切らしたのか、デザートを我慢出来なくなっているみたいだ。
この辺かな。
「よし、勉強は終わりにしよう。おいしいデザートを食べに行こうか」
「わーい!」
嬉しそうにはしゃいでる彼女を連れて、デザートを食べに向かう。
◇
カチャカチャ
食器とフォークをぶつけて、音を立てている。
「デイジー、食事中は音を立ててはいけないんだ」
「あら、そうですの?」
デザートを食べる時も、勉強を忘れない。
しっかりとしたマナーを、身につけることが出来るようにする必要がある。
デイジーはわがままではあるけれど、素直でもある。
教えれば教えるだけ、その身に知識をしっかりと吸収していく。
「美味しいですわ」
ゲフ
「......」
ため息が出そうになるのを、なんとか耐える。
「デイジー、レディは人前でげっぷはしてはいけないんだよ」
デイジーは少しずつではあるが、着実に進んでいる。
「あら、そうですの? それは失れ ゲフッー......」
進んでいる......はずだ。
だけど、これは長い戦いになりそうだ——。
彼女の勉強に対する反抗心は強く、中々思うように進んではいなかった。
「いやですわ! どうして私に命令するのっ! エドガーさまに言いつけてやるんだから」
デイジーの部屋の前を通りかかると、彼女の大声が聞こえて来た。
「早く出て行って!」
また何か問題でもあったのかもしれない。
彼女の叫び声が聞こえなくなると、一人のメイドが部屋から出て来る。
クローラ公爵家に長年勤めていて、実績も信頼も厚いメイドだ。
僕のことに気が付いたのか、近付いて来て頭を下げる。
「エドガーさま、私には手に負えません。私では、デイジーさまに教えることは、とてもじゃないですが不可能です」
メイドは頭を下げながら言ってきた。
実はこの発言を聞くのは、初めてではなかった。
初めては、デイジーと年齢の近いメイド。その次は、男爵家から付いてきたメイド。
その後も次々とメイドたちは、デイジーに教えるのは無理だと言った。
今目の前にいるメイドが、匙を投げるのであれば、もう公爵家に彼女に教えられるメイドはいないということだ。
ああ、困った。
令嬢教育の経験が豊富な貴族であれば、デイジーも何とかなるかもしれない。
だが。
男爵に、任せてくれと言った手前、他家に教育を任せるわけにはいかない。
「はぁ......思うようには行かないものだな」
思えば、今のデイジーは過去の僕だ。
父から見れば、過去の僕は彼女のように見えていたかもしれない。
過去の行いを恥じながら、後悔する。
父だけではなく、アシュトン公爵家のローラ、アレックス王子にも迷惑をかけてしまった。
後で会う機会があれば、謝罪しなければならないな......。
僕は、両手でピシッと音をたてながら顔を叩いた。
そんなこともよりも、今は目の前の問題だ——。
◇
「いやですわ」
デイジーの部屋へと入り、勉強しようと言ってみた結果がこれだ。
「デイジー、どうして勉強をしたくないんだ?」
「だってつまらないのですもの。私に勉強は合いませんわ」
全てのメイドが匙を投げた今、彼女の勉強係は僕しかいなかった。
男爵に責任を取ると言ったのだ、これは公爵家が、僕が何とかしなければならない問題だ。
「デイジーは僕とは結婚したくはないのか?」
「私はエドガーさまと結婚したいですぅ~! エドガーさま以外となんて、考えたくもありませんわ!」
「それなら勉強はしなくてはならないよ。公爵家に嫁ぐのであれば、必要なことなんだ。僕もやるから、一緒に頑張ってみようじゃないか」
「いやです」
ぷいっ、と顔をそらしながら言った。
反応や仕草は可愛らしいが、それだけでは公爵夫人となることは出来ない。
心を鬼にして、接しなければ。
「デイジー、勉強が終わる頃にはとても美味しいデザートが出来ているかもしれないよ」
デイジーは僕の言葉に、目を輝かせた。
「本当ですのっ! エドガーさま、早く食べに行きましょう! 勉強なんてしている場合ではありませんわ!」
「それはダメだよデイジー。勉強をしない人には、デザートは出ないんだ」
「ええっ!」
「僕と父上が、おいしーいデザートを食べている所を、デイジーはただ見ていることになる」
「ダメですわ! そんなのダメですわっ!」
部屋から出て行こうとしていた彼女を、何とか説得する。
お菓子で釣るようで、心苦しく申し訳ないが、心を鬼にしなければならない。
「もう、エドガーさまったら意地悪ですわ。分かりましたわ、少しだけです。少しだけ勉強をしますわ」
やっとデイジーは、勉強をしてくれる気になった。
ここまでとても長かった......。
それからは僕が彼女に勉強を教えていた。
貴族として必要となる知識、王国の歴史。
教えることは、とても多い。
「エドガーさま~、デザートはまだですの?」
「もう少しじゃないかな。きっと今頃、デイジーのために作っているよ」
「それは楽しみですわっ!」
勉強の途中、何度かこういうやり取りがあった。
さらに少し時間が経つ。
「まーだーでーすーのー」
デイジーはさすがにしびれを切らしたのか、デザートを我慢出来なくなっているみたいだ。
この辺かな。
「よし、勉強は終わりにしよう。おいしいデザートを食べに行こうか」
「わーい!」
嬉しそうにはしゃいでる彼女を連れて、デザートを食べに向かう。
◇
カチャカチャ
食器とフォークをぶつけて、音を立てている。
「デイジー、食事中は音を立ててはいけないんだ」
「あら、そうですの?」
デザートを食べる時も、勉強を忘れない。
しっかりとしたマナーを、身につけることが出来るようにする必要がある。
デイジーはわがままではあるけれど、素直でもある。
教えれば教えるだけ、その身に知識をしっかりと吸収していく。
「美味しいですわ」
ゲフ
「......」
ため息が出そうになるのを、なんとか耐える。
「デイジー、レディは人前でげっぷはしてはいけないんだよ」
デイジーは少しずつではあるが、着実に進んでいる。
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