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11話 王子アレックス

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「ハッ!」

 手綱たづなを力いっぱいににぎりしめ、あぶみをいつも以上に踏みしめる。

「もっと、もっと早くだっ!」

 意思が伝わったのか、足元の愛馬はスピードを上げていく。

「王子、お待ち下さい! われらがついて行けませぬ」

 後ろからは、護衛の兵たちの声が聞こえてくる。
 その声を置き去りに、風と一体化したかのように疾走しっそうする白馬と、それにまたがる王子。

 後続を走る兵士たちを、どんどん引き離して風のように大地を駆けていく。

 僕は、君を——。


 ◇


 彼女のことは、最初から知っていた。
 互いの身分のこともあって、王都で開催されたパーティーで、よくあいさつをしていた。

 美しいだけなら数多くいるが、その中でも彼女は群を抜いて、目立っていたのを覚えている。
 それでも当時は、婚約者のいる令嬢には感心すらなかった。




 初めてまともに会話をしたのは、彼女の公爵領でのことだ。
 あれは、王子としての責務を果たした帰路、公爵領を通過していた時の出来事。

 街道わきに流れる小川に彼女は、ローラはいた。
 ただ領民がいるだけなら、見向きをせずに通り過ぎていた。
 だがそこにいたのは、領民ではなく場に相応ふさわしくないドレスを見にまとった女性。

 それも小川のわきに座り込むようにして、そこにいた。
 人の気配がない場所に、ただ一人で座っている異様な光景。

 無意識のうちに馬の足を止め、次の瞬間には声をかけていた。

「どうして泣いているのだ」

 彼女は後ろを向いてはいたが、泣いていると一目で分かった。

「ど、どなたですの」

 声をかけられたことに驚いた様子で、振り向いてくる。

 ドキッ

 自分でも胸が高鳴るのが分かった。
 奇麗な茶髪の髪の毛に美しく可愛らしい容姿、そしてそれらに似合わない目から涙を流していた。

 見覚えのある女性だった。
 泣いていたのは、公爵令嬢のローラ。

 それがまともに会話をしたきっかけだった——。


 ◇


 小川で出来事の後、少し後悔をしていた。
 同情心からとはいえ、僕から直接誘うのはあまりよろしくない行為と言える。

 パーティー当日、僕はもっと後悔をした。
 来ないものだと思っていたので、会場にいる彼女を見た時、ああ彼女もかとため息をついた。

 僕が王子であるから、身分だけを見て来たのだろう。
 あの小川での出来事もきっと、最初から仕組まれていたに違いない。

 だけど、そうではないことにすぐに気づいた。
 彼女は違う。ローラは違った。

 ローラは、王子というフィルター越しに僕を見ていない。
 一人の男性として、貴族として扱ってくれているのだと、話をしているうちに感じた。

 それからは嬉しくなってしまい、僕らしくない発言をしてしまった。
 それほどまでにローラとの時間は楽しいものだった。



 ◇


 ローラとは文通を始めた。
 王子である身分上、なかなか王都から出ることも難しく、それは彼女も変わらない。

 僕から誘うのは恥ずかしかったけれど、ローラとの出会いを無駄にしたくなかった。
 公爵家の令嬢であれば、すぐにでも次の婚約が決まってしまうに違いない。

 だから僕はズルをしてしまった。
 あれほど嫌った、王子という身分を利用したのだ。

 僕から誘いがあれば、多少の時間は稼げるかもしれない。
 そんな気持ちが今思えば、あったのかもしれない。

 文通自体はとても楽しく、僕らしさを出すことも出来た。
 ローラとの文通を通して、彼女のことを知るうちに、込み上げてくる何かを感じる。

 その正体を確かめるためにも、僕はローラを茶会に招待した。
 そしてやっと、その正体が分かった。
 僕はローラに恋しているのだと。

 茶会では、王子らしくはなくはしゃいでしまったのを覚えている。
 それほどまでに、ローラと語り、共有する時間は楽しかった。

 茶会が終わると、僕はデートに招待をした。
 向こうがどう思っていたのかは分からないけれど、僕からしたらデートだった。

 昔からのお気に入りの湖。
 そこならきっと、ローラも気に入ってくれると思った。

 そこで僕の気持ちを受け明けた——。
 向こうも同じ気持ちなのを期待して......。

 ローラとの将来はきっと素晴らしいものになると、未来を思い描きながら、僕は告白をした。



 ◇


『あなたとは一緒になれません』

 なんだこれは。
 僕は、目で見たものを理解することが出来なかった。

「これは、何だ?」

「アシュトン家令嬢のローラさまからのお手紙になります」

 執事が僕からの質問に答える。
 そんなことは分かっている。
 何なのだこれは。

 ローラからの返事が届いた。
 それも想定していたものとは、大きくかけ離れた内容が書かれた。

 周囲から聞こえてくる物音が、全て雑音へと変わる。
 今まで見えていた周囲の光景が、色あせたものへと変わっていく。

 急に、体から力が抜けたのが分かる。

「な、なぜだ......」

 執事に見守られながら、一人脱力する。

「これは、本物なのか」

「ええ、蝋封ろうふうにはアシュトン家の印が刻まれています」

「そうか......」

 認めたくない事実に、執事から聞かされた無残な返答で、現実なのだと認めざるを得なかった。
 消えそうな声で、そう呟いた——。

 これは現実なのか——。
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