438 / 439
第三部:第三十七章 ヴァストール王国と英雄
(一)凱旋①
しおりを挟む
(一)
戦後二日間、カラール砦に駐留している騎士団には待機命令が出ていたが、レンドバール軍の撤退が確認された事により、第二と第八のふたつの騎士団が先に王都に帰還することが決定した。
「えー、居住区のお店、まだ行ってないところ有ったのに」
ビスカーラがぼやいた。
結局、治癒後の外出が禁止されていて、ようやく前日の午後に解除されたばかりだっただけに、いまひとつ納得がいかない様子を見せる。
「またこれから、王都まで移動しなきゃいけないんですから、いい休暇だったと思ってあきらめてください」
ラーソルバールはベッドの上で荷物を詰め込みながら、同室となった年上の相棒をなだめるように言う。当のラーソルバールはというと、前日の午前中にシェラと一度居住区の観光よろしく外出し、甘味を口につつ無事を喜び合った。ちなみにその時ビスカーラにも土産を買ってきたのだが、その日の夕食前に平らげてしまったらしい。
他の友人達の安否だが、フォルテシアやミリエルも戦後一度だけ会う機会が有り、無事は確認した。
同窓生達とも廊下などですれ違うたびに、無事を喜びあったりもしたが、残念ながらリックスや勲章仲間とは顔を合わせることは無かった。それでも戦死者は少なかったと聞いているので、無事を信じている。
ふと、西側に付けられた窓から外を覗くと、近隣の村から避難していた人々が居住区から出て行くのが見えた。人的被害は出ては居ないが、無人となっていた間の村に何も無かったとは言い切れない。
「帰っていく人達がまた笑顔で生活できるといいな」
ぼそりとつぶやいた言葉は、必死に荷物を詰め込むビスカーラの耳には届いていない。
村へ帰ろうと門へ向かう人々を見て思う。今回、自分は騎士として国民を守るという仕事が少しは出来ただろうか。これで褒めて貰えるだろうか、と。
「ねえ、かーさま?」
ひとり言のような問い掛けは、青い空へと向けられた。
翌五月一日、居住区の住人達に見送られながら、ラーソルバール達はカラール砦を後にした。
そして天候にも恵まれ、往路と同じく三日をかけて無事に王都へと戻ってきた。
騎士団の帰還予定は既に王都に伝わっていたのだろう。西門を潜ると、先に帰還となった第二騎士団は住民達の大きな歓声に迎えられた。
色とりどりの花びらが、地上から建物の窓からと次々に投げかけられ、美しく舞いながら降り注ぎ、王都の風景をより鮮やかに見せる。
「お疲れ様!」
「有難う!」
そうした感謝の言葉に混じって、個人の名前も時折聞こえてくる。
手を振って応える者、恥ずかしさに頬を染めながら視線を前方から逸らさない者。千差万別の対応で勝利の凱旋行進は続けられる。
ラーソルバールの所属する第五中隊は第二騎士団の前よりに位置しているため、まさに興奮状態と言った人々の熱烈な声が飛ぶ。
「ランドルフ様っ!」
「どの方が、ミルエ……」
「ヴァストール万歳!」
「……ああ、……ディアの聖女様……」
人々の声の中でラーソルバールにとってあまり歓迎したくない言葉が混じっている気がした。好むと好まざるとに関わらず、自らの名が国民に浸透しつつあるのを実感する。まだ姿絵などが出回っていないので、顔が知られていないだけましだろうか。
ジャハネートが第一戦功だと真顔でオーガンズ子爵に語っていたので、下手をすればまた英雄もどきに祭り上げられてしまう気がしている。
「ほら、ミルエルシ! 胸を張れ。戦功を挙げた奴はもっと堂々としていろ」
思いもよらず、ギリューネクから言葉を投げかけられた。
「あ、はい!」
ラーソルバールは慌てて背筋を伸ばして、笑顔で手を振りながら周囲の声援に応える。
その様子を見ていたビスカーラは不思議そうに首を傾げた。
「あれ、ギリューネク隊長……」
「……んあ? なんだ?」
「ああ、いえ、何でもないです!」
恐らく、ラーソルバールに個人的に声を掛けた事に違和感を感じたのだろう。
実際、ギリューネクとの関係は戦後やや改善している。一方的に突っかかられる事は無くなったし、無視するような態度もとらない。かなり強固な壁は存在するが、当初のような敵対関係という程では無くなっていた。
「くく……今頃気付いた?」
ドゥーが口元を押さえつつ、ビスカーラを見て笑った。
「え、何? どういうこと?」
「黙ってろ!」
ひとり声を上げるビスカーラに、ギリューネクの叱咤が飛んだ。
戦後二日間、カラール砦に駐留している騎士団には待機命令が出ていたが、レンドバール軍の撤退が確認された事により、第二と第八のふたつの騎士団が先に王都に帰還することが決定した。
「えー、居住区のお店、まだ行ってないところ有ったのに」
ビスカーラがぼやいた。
結局、治癒後の外出が禁止されていて、ようやく前日の午後に解除されたばかりだっただけに、いまひとつ納得がいかない様子を見せる。
「またこれから、王都まで移動しなきゃいけないんですから、いい休暇だったと思ってあきらめてください」
ラーソルバールはベッドの上で荷物を詰め込みながら、同室となった年上の相棒をなだめるように言う。当のラーソルバールはというと、前日の午前中にシェラと一度居住区の観光よろしく外出し、甘味を口につつ無事を喜び合った。ちなみにその時ビスカーラにも土産を買ってきたのだが、その日の夕食前に平らげてしまったらしい。
他の友人達の安否だが、フォルテシアやミリエルも戦後一度だけ会う機会が有り、無事は確認した。
同窓生達とも廊下などですれ違うたびに、無事を喜びあったりもしたが、残念ながらリックスや勲章仲間とは顔を合わせることは無かった。それでも戦死者は少なかったと聞いているので、無事を信じている。
ふと、西側に付けられた窓から外を覗くと、近隣の村から避難していた人々が居住区から出て行くのが見えた。人的被害は出ては居ないが、無人となっていた間の村に何も無かったとは言い切れない。
「帰っていく人達がまた笑顔で生活できるといいな」
ぼそりとつぶやいた言葉は、必死に荷物を詰め込むビスカーラの耳には届いていない。
村へ帰ろうと門へ向かう人々を見て思う。今回、自分は騎士として国民を守るという仕事が少しは出来ただろうか。これで褒めて貰えるだろうか、と。
「ねえ、かーさま?」
ひとり言のような問い掛けは、青い空へと向けられた。
翌五月一日、居住区の住人達に見送られながら、ラーソルバール達はカラール砦を後にした。
そして天候にも恵まれ、往路と同じく三日をかけて無事に王都へと戻ってきた。
騎士団の帰還予定は既に王都に伝わっていたのだろう。西門を潜ると、先に帰還となった第二騎士団は住民達の大きな歓声に迎えられた。
色とりどりの花びらが、地上から建物の窓からと次々に投げかけられ、美しく舞いながら降り注ぎ、王都の風景をより鮮やかに見せる。
「お疲れ様!」
「有難う!」
そうした感謝の言葉に混じって、個人の名前も時折聞こえてくる。
手を振って応える者、恥ずかしさに頬を染めながら視線を前方から逸らさない者。千差万別の対応で勝利の凱旋行進は続けられる。
ラーソルバールの所属する第五中隊は第二騎士団の前よりに位置しているため、まさに興奮状態と言った人々の熱烈な声が飛ぶ。
「ランドルフ様っ!」
「どの方が、ミルエ……」
「ヴァストール万歳!」
「……ああ、……ディアの聖女様……」
人々の声の中でラーソルバールにとってあまり歓迎したくない言葉が混じっている気がした。好むと好まざるとに関わらず、自らの名が国民に浸透しつつあるのを実感する。まだ姿絵などが出回っていないので、顔が知られていないだけましだろうか。
ジャハネートが第一戦功だと真顔でオーガンズ子爵に語っていたので、下手をすればまた英雄もどきに祭り上げられてしまう気がしている。
「ほら、ミルエルシ! 胸を張れ。戦功を挙げた奴はもっと堂々としていろ」
思いもよらず、ギリューネクから言葉を投げかけられた。
「あ、はい!」
ラーソルバールは慌てて背筋を伸ばして、笑顔で手を振りながら周囲の声援に応える。
その様子を見ていたビスカーラは不思議そうに首を傾げた。
「あれ、ギリューネク隊長……」
「……んあ? なんだ?」
「ああ、いえ、何でもないです!」
恐らく、ラーソルバールに個人的に声を掛けた事に違和感を感じたのだろう。
実際、ギリューネクとの関係は戦後やや改善している。一方的に突っかかられる事は無くなったし、無視するような態度もとらない。かなり強固な壁は存在するが、当初のような敵対関係という程では無くなっていた。
「くく……今頃気付いた?」
ドゥーが口元を押さえつつ、ビスカーラを見て笑った。
「え、何? どういうこと?」
「黙ってろ!」
ひとり声を上げるビスカーラに、ギリューネクの叱咤が飛んだ。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
私がいつの間にか精霊王の母親に!?
桜 あぴ子(旧名:あぴ子)
ファンタジー
サラは幼い頃から学ばなくても魔法が使えた。最近では思っただけで、魔法が使えるまでに。。。
精霊に好かれる者は、強力な魔法が使える世界。その中でも精霊の加護持ちは特別だ。当然サラも精霊の加護持ちだろうと周りから期待される中、能力鑑定を受けたことで、とんでもない称号がついていることが分かって⁉️
私が精霊王様の母親っ?まだ、ピチピチの10歳で初恋もまだですけど⁉️
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる