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第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在
(四)戦後処理③
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「さて、娘達の回答は参考にするとして……。皆の者、レンドバールとの交渉はどうするのが良いか?」
国王はにやりと笑った。
その日の夜、ヴァストールの首脳達は賠償請求内容を決定するため頭を突き合わせる事になったが、その交渉テーブルにレンドバールを引きずり出すための指示書が
カラール砦のオーガンズ子爵へと送られた。
これからオーガンズが撤退するレンドバール軍の下に使者として赴き、即時にレンドバールに対し交渉のテーブルにつくよう求める事になる。
明け方を待たずに国同士の駆け引きが始まる事だろう。
ラーソルバールは、というと。
敵軍撤退の報を受け安心してそのまま座っていたが、戦闘で負った打ち身や裂傷の痛みが増してきて、早めに治療しなければと思い始めた。
とはいえ、自分で治癒魔法で治すほどの余力は残っておらず、救護院の治癒に頼らざるを得ない。致し方なくビスカーラと共に救護室へ向かうことにしたのだが、歩行もままならないビスカーラとは異なり、軽傷のラーソルバールの処置は後回しにされてしまった。
だが今度は、治癒の順番を待っている間にオーガンズから呼び出しを受けてしまい、しばらく拘束されるはめに。そうして戻ってきた頃には状況は一変していた。
「賑やかだなあ……」
救護室の椅子に腰掛けながらぽつりと漏らす。
各部隊の損害状況は既に取り纏められ、報告書の提出も終わっているのだろう。食堂は既に宴会場と化しており、少し離れた救護室にまでその喧騒は届くような状態に。
レンドバール軍が戻ってくる可能性が無いとは言えないため、酒は一人一杯までと決められている。だが戦果を語り、死んだ者への弔いをしていれば、酒など無くとも自然に声も大きくなるのは無理からぬことだ。
時折聞こえる大きな笑い声に、ラーソルバールは治癒を待つ他の兵達と顔を見合わせて苦笑いをする。
周囲を見回せば、この場にいる者達も、早くあの場に駆けつけたそうな顔をしている。軽傷で、体力的にも余裕があるという証だ。
既にこの部屋にビスカーラの姿は無い。彼らとは違い、治癒が終わったとはいえ、今日ばかりは安静にしていなくてはならないだろう。
食事を済ませたら、同室となっている彼女に迷惑をかけないためにも早く部屋へ戻らなくてはいけないな、と思ったのだが……。決意をしてすぐ、それを揺るがすように小さく腹が鳴った。
「お、早く治してもらわないとな」
腹の音が聞こえたのだろう。隣に座っていた騎士がラーソルバールを見てからかうように言った。
「生きている証拠です。いじめないでください……」
顔を赤くしてうつむくと、騎士は自らの腕や足にある裂傷や打ち身を眺めて「そうだな、この程度の怪我で済んで幸運だった」と言って、ラーソルバールに微笑みを向けた。
そうだ、生きているだけでも幸運なのだ。
モンセント伯爵の攻撃だって、他の兵士達の攻撃だって、ほんの少し対処を間違えていたら、ここで腹を鳴らしている事も無かっただろう。
「痛みも生きている証ですね」
生きていることに感謝をしつつラーソルバールそう言って微笑むと、部屋に居た怪我人達の視線を集めた。
「違いない」
誰かがそう応えると、部屋中が笑い声に包まれた。
「嬢ちゃんが灰色の悪魔を狩ったんだって?」
順番待ちをしていた年配の騎士が尋ねてきた。
「はあ……。それこそ運が良かったんです。一歩間違えれば私が死んでいました」
表情を曇らせつつ応じたが、隣の騎士は気にするなと言わんばかりに肩を叩く。
「運も戦場には大事な要素だ。さすがはエイルディアの聖女様といったところだな」
「いやいや、敵さんにしたらカラールの悪魔かもしれんぞ?」
誰かが大きな声で叫んだ。
「おお、悪魔を狩った悪魔ってことか!」
怪我人だらけの救護室だが、もう重苦しい雰囲気はどこにも無かった。
国王はにやりと笑った。
その日の夜、ヴァストールの首脳達は賠償請求内容を決定するため頭を突き合わせる事になったが、その交渉テーブルにレンドバールを引きずり出すための指示書が
カラール砦のオーガンズ子爵へと送られた。
これからオーガンズが撤退するレンドバール軍の下に使者として赴き、即時にレンドバールに対し交渉のテーブルにつくよう求める事になる。
明け方を待たずに国同士の駆け引きが始まる事だろう。
ラーソルバールは、というと。
敵軍撤退の報を受け安心してそのまま座っていたが、戦闘で負った打ち身や裂傷の痛みが増してきて、早めに治療しなければと思い始めた。
とはいえ、自分で治癒魔法で治すほどの余力は残っておらず、救護院の治癒に頼らざるを得ない。致し方なくビスカーラと共に救護室へ向かうことにしたのだが、歩行もままならないビスカーラとは異なり、軽傷のラーソルバールの処置は後回しにされてしまった。
だが今度は、治癒の順番を待っている間にオーガンズから呼び出しを受けてしまい、しばらく拘束されるはめに。そうして戻ってきた頃には状況は一変していた。
「賑やかだなあ……」
救護室の椅子に腰掛けながらぽつりと漏らす。
各部隊の損害状況は既に取り纏められ、報告書の提出も終わっているのだろう。食堂は既に宴会場と化しており、少し離れた救護室にまでその喧騒は届くような状態に。
レンドバール軍が戻ってくる可能性が無いとは言えないため、酒は一人一杯までと決められている。だが戦果を語り、死んだ者への弔いをしていれば、酒など無くとも自然に声も大きくなるのは無理からぬことだ。
時折聞こえる大きな笑い声に、ラーソルバールは治癒を待つ他の兵達と顔を見合わせて苦笑いをする。
周囲を見回せば、この場にいる者達も、早くあの場に駆けつけたそうな顔をしている。軽傷で、体力的にも余裕があるという証だ。
既にこの部屋にビスカーラの姿は無い。彼らとは違い、治癒が終わったとはいえ、今日ばかりは安静にしていなくてはならないだろう。
食事を済ませたら、同室となっている彼女に迷惑をかけないためにも早く部屋へ戻らなくてはいけないな、と思ったのだが……。決意をしてすぐ、それを揺るがすように小さく腹が鳴った。
「お、早く治してもらわないとな」
腹の音が聞こえたのだろう。隣に座っていた騎士がラーソルバールを見てからかうように言った。
「生きている証拠です。いじめないでください……」
顔を赤くしてうつむくと、騎士は自らの腕や足にある裂傷や打ち身を眺めて「そうだな、この程度の怪我で済んで幸運だった」と言って、ラーソルバールに微笑みを向けた。
そうだ、生きているだけでも幸運なのだ。
モンセント伯爵の攻撃だって、他の兵士達の攻撃だって、ほんの少し対処を間違えていたら、ここで腹を鳴らしている事も無かっただろう。
「痛みも生きている証ですね」
生きていることに感謝をしつつラーソルバールそう言って微笑むと、部屋に居た怪我人達の視線を集めた。
「違いない」
誰かがそう応えると、部屋中が笑い声に包まれた。
「嬢ちゃんが灰色の悪魔を狩ったんだって?」
順番待ちをしていた年配の騎士が尋ねてきた。
「はあ……。それこそ運が良かったんです。一歩間違えれば私が死んでいました」
表情を曇らせつつ応じたが、隣の騎士は気にするなと言わんばかりに肩を叩く。
「運も戦場には大事な要素だ。さすがはエイルディアの聖女様といったところだな」
「いやいや、敵さんにしたらカラールの悪魔かもしれんぞ?」
誰かが大きな声で叫んだ。
「おお、悪魔を狩った悪魔ってことか!」
怪我人だらけの救護室だが、もう重苦しい雰囲気はどこにも無かった。
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