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第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在

(四)戦後処理②

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 戦勝という言葉に、国王と軍務大臣、そして居合わせた他の大臣達も声を上げて喜ぶと安堵の声を漏らした。
 次の瞬間だった。
「ぷっ……はっはっはっはっ!」
 宰相メッサーハイト公爵は突然笑い出した。
「いかがした?」
 何事かとばかりに怪訝な表情を浮かべ、国王は尋ねる。
「あ、いえ、申し訳ありませんでした。報告書の内容を見て思わず……くっくっく……」
 笑いを堪えきれぬというように、口元を手で覆う。
 その様子を見て、国王は呆れたようにひとつ吐息を漏らすと、玉座から宰相に向かって手を伸ばした。
「読み上げは良いから、それをワシに寄こせ。全く何をそんなに笑うことが有ろうか……」

 奪うように報告書を受け取ると、上から目を通す。
「戦勝が喜ばしいのは分かるが……。……ふむ……。はっ……わっはっは!」
 文面を読んでいた国王も同じように笑い出した。
 二人が笑い出した理由が分からない大臣達は、戦勝の喜びも忘れて二人の様子を伺った。
「ナスターク……」
「はい……?」
「はははっ……お主は、この書面に手を加えておらんな?」
「……はい。開封すらしておりませんでしたので……」
 国王の質問の意図が分からない軍務大臣は、不手際でもあったのかと恐る恐る答えた。
「書いたのがオーガンズであれば、手心も加わっておらんということか」
「何か……問題でも?」
 王の表情を見る限り、怒っている様子はないのが余計に不思議でならない。

「いや……。あの娘が、この戦の立役者だそうだ。住民に戦火が及ばぬよう前もって砦への避難指示を出し、作戦を立案をし、戦場では灰色の悪魔を討ち取ったそうだ」
 笑いを堪えるようにしながら、国王は大臣達に報告書の内容を告げる。そのあまりにも衝撃的な内容に、居並ぶ大臣達も言葉を失った。
「あの娘……とは、もしやラーソルバール嬢でありますか?」
 信じられぬとばかりに聞き返すと、国王と宰相は同時に首を縦に振った。
「昇進は当然としても、慣例に倣えば一度に二階級以上というわけにもいくまい?」
「左様で御座いますな。騎士官位だけではなく爵位の方でも考慮せねば功に報いる事はできませんな……」
「まあ、そこは追々決めるとして……。まずは戦後交渉か」

 まず初戦は勝利した。
 報告書の内容どおりであれば、敵の糧食は焼き払われ遠征軍が戦闘を継続する事は不可能と見て良い。国内事情を鑑みても、再び戦線を維持できるほどの補給物資を捻出する事は不可能だろう。
 となれば、レンドバールの再攻勢は無いと見てよい。「攻められたのだから、仕返しをしてやってもいいんだぞ」と、侵攻をちらつかせることで、交渉テーブルに引きずり出す事は容易にできる。
 では、交渉に際し、賠償として何を要求するか。
「おお、そうだ。例の候補者達に出した問題の回答はどうなっている?」
「はい、それは……」
 婚約者候補達に出した賠償問題の回答。
 軍務大臣が念の為にと持参した書面内容は以下の通りとなる。「属国化」と答えた者が一名。「金銭と領土割譲」という短い回答が四名。「王族一名以上を人質としての引き渡し」と答えた者が一名。
 ファルデリアナは「第二王子の身柄の引き渡しおよび、領土の割譲」と回答していた。
 最後にエラゼルだが「第二王子の身柄の引き渡しおよび、オロワール地区の割譲」と地域を限定しての回答だった。

「して、ラーソルバール嬢は何と回答しておりますでしょうか?」
 各候補者の回答の読み上げが終了するのを待って、宰相は書面を手にする国王に尋ねた。
「『第二王子の身柄の引き渡しおよび、オロワール地区の割譲』とあるな」
「ほう、エラゼル嬢と全く同じですな。その理由は記載されておりましょうや?」
 宰相は興味津々とばかりに身を乗り出した。
 ラーソルバールが理由としたのは以下のような内容だった。

 現在レンドバールは震災からの復興途中で、国家財政に余力が無い状態であるにも関わらず、今回強引に出兵した。それによって更に財政は厳しくなったのは言うまでもなく、金銭での賠償は不可能と判断。
「第二王子を人質」としたのは、レンドバールからの侵略を防ぐ盾とする事が第一。
 次にオロワール地区。レンドバール側としては、荒れ地で資源も期待できない上、作物が育ちにくく街や村などが存在しないので、手放しても大きな痛手にならない地域だが、ヴァストールとしては非常に有用であると考えられる。
 現在、我が国と隣国ナッセンブローグ王国は国境を接しているのが山岳地帯のみであり、通商は険しい山道か海路を使用している。だが、オロワール地区を手にする事によってカラール砦経由で平地の移動が可能となるため、ナッセンブローグが警戒心を抱かぬよう心を配れば、両国の国交に良い影響を与え国益につながる。

 奇しくもこの理由までもがエラゼルとほぼ一致していた。
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