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第二部:第三十三章 その手に掴むのは

(一)王宮に咲く華①

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(一)

 大陸暦八七八年の年が明けた。
 年が明けたことで、地震の影響で控えられていた社交界の動きも、国王主宰でもある新年会から解禁になると見られている。

 日が傾く頃になると、各所から続々と馬車が王宮へと集まり始めた。
 王都住まいのミルエルシ家は急ぐことなく、手配していた馬車が到着次第、王宮に向かう予定になっている。
「そういえばお嬢様、私の他にも使用人を雇うとなると、失礼ですがこの家では手狭になるとか思われます……。思い出が詰まった家でしょうから、そのままと仰るなら、それに従いますが」
 鏡の前で、ラーソルバールの髪をとかしながらエレノールは尋ねた。
「ええ、それは大丈夫。既に父上と物件は決めてあるので……」
 少し寂しそうな顔をして、ラーソルバールは答える。エレノールの言うように、ここで生活し、育ってきた記憶が染み付いている。何の感傷も抱かないというわけではない。
「購入資金なども御入用ではないのですか?」
「ん……、実はちょっと大きな収入が有りまして……」
 苦笑しつつも鏡を通して、エレノールの顔を見る。館を購入できるような収入とはなんだろうと、エレノールは首を傾げ手を止めた。

 大きな収入、とは「見舞金」という名目で王宮から下賜されたものを指す。
 エラゼルと二人、理由も分からず城に呼び出されて、国王の署名入りの書状と、何やら重そうな箱を手渡された時には、何が起きたかと顔を見合わせて驚いた。箱の中に入っていたのはミスリル貨や白金貨。金貨にしておよそ八百枚という大金だった。
 これは婚約者候補の排除を目的とした暗殺を企図して取り潰しとなった、ジェムザスという伯爵家の私財の一部から拠出されている。伯爵家には不正蓄財もあったようで、かなりの金額が国へと没収されたらしい。その中から、デラネトゥス家とミルエルシ家に分配された、いわゆる慰謝料のようなものである。

 途中まで説明したところで、エレノールは「え……」と言ったまま口を大きく開け、絶句した。父に説明した時と似たような反応だっただけに、ラーソルバールも苦笑するしかなかった。
「……金額にも驚きましたけど、お嬢様が王太子殿下の婚約者候補に選ばれて居たなんて、初めて聞きました」
「国家機密みたいなものだから内緒ですよ……。でも、最終的に婚約者になるのは私じゃないから、そこは大丈夫」
「いや、大丈夫って……もう……。これからはお嬢様が何をしても驚かないようにしないといけませんね」
 呆れたように空笑いすると、エレノールは大きくため息をついた。
「で、話は戻りますが、頂いたお金で中古物件を買うことにしたんです。そこはカレルロッサ動乱で処罰されたある子爵家の王都別邸だったんですが、空き家になった経緯からも縁起が悪いって事で、安かったんですよ」
「商人も、邸宅を買ったのが、ラーソルバールお嬢様だと分かったら驚いたでしょうね」
「んー、最初はこんな小娘が買えるのか、って対応だったんだけど、本気だと分かって貰うためにお金を見せた後で名乗ったら、手のひら返したように低姿勢になって……ついでに少し値引きしてくれました」
 笑い話のように語るラーソルバールだが、それが真意ではないとエレノールは感じていた。
「何か無理されていませんか?」
「…………ん、無理っていうか……。本当はこの家で父上みたいに、誰も雇わずに村の人たち主体で運営したかったの。だけど、あれは相互の信頼関係があってこそ……。私のような経験の無い小娘がいきなり領主として現れたら、受け入れて貰うどころか反発されるんじゃないかって……」
 苦しくて吐いた弱音。
 思わずエレノールはラーソルバールを後ろから、ぎゅっと抱きしめた。
「心配なんていりません。新しい領地の方々もきっとお嬢様の事が大好きになりますよ!」
「ありがとう……。そうなるように頑張る……」
ラーソルバールは声を震わせ、小さな声で応えた。
「あ、泣かないで下さいね。今泣いたら真っ赤に腫れた目で会に出席する事になってしまいます! さあ、あとは髪を整えたら完成ですよ!」
 ラーソルバールを気遣いならがらも、どこか楽しそうにしているエレノール。本当に好きで側に居る事を選んでくれたのだ、と感じずにはいられない。

「ドレスも良くお似合いだし、完璧です!」
 手際よく髪を整え終えると、エレノールは満足そうに胸を張った。
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