上 下
384 / 439
第二部:第三十二章 積み重ねたもの

(三)雪は静かに舞う③

しおりを挟む
 二人が着座したのを見計らって、ジャハネートはちらりと大臣を見る。それに気付いたのか、大臣はゴホンとひとつ咳払いをしてから、温和な表情を消した。
「話というのは、先日の暗殺未遂件、ふたつの事なんですが……。お二人とも、いつも厄介な事件に巻き込まれてばかりで……、そういう運命にでもあるんですかね? と、厄介事を頼んだ事もある人間が言えた台詞じゃないんですが……。」
 半ば冗談にも聞こえるような言葉だが、その表情は憂いに満ちている。二人を心配しているという事だろう。
「まず、人間の方。暗殺を企図したのは、とある貴族という事が判明しました。表向きは別件で処断されますが、余罪に他家の令嬢暗殺未遂が加えられるので、分かる人には分かるでしょう……。やはり、候補者選びで有力と言われる貴女がたが邪魔だった、ということです。結局は派閥争いに関係するのですが、婚約者に選ばれた場合、デラネトゥス、ミルエルシ両家ともどこの派閥にも属さず扱いにくいうえ、新しい派閥が出来て自派閥の切り崩しも起きるのではないか、という危惧があったようです」
「だからと言って、自派閥の御令嬢が選ばれるとは限らないでしょうに……」
 ラーソルバールは呆れたように言うと、ため息をついた。
 所詮、暗殺を依頼した貴族も派閥の中で使い捨てられただけだろう。派閥の上層部から明確な指示があったかどうかは分からないが、その尻尾を掴む事ができるとは思えない。あくまでも「個人的に危惧した」というのが落としどころか。
「この件は、両家の御当主にも文書で通知が届くことになっているので、説明はこの辺で済ませます。そしてもう一方の件ですが……」
 そこまで言ってから大臣は頭を掻き、ジャハネートの顔を見た。

「ここから先は、軍務の管轄じゃないからね。と言っても、アタシも事件関係者として調査に協力しただけなんだが……」
 ジャハネートは、やや不満げな表情を浮かべながら足を組んだ。
「いや、協力が嫌だった訳じゃない。結果が気に入らなかっただけさね」
「と、仰いますと?」
 エラゼルは含みのある言い方が気になったようで、表情を伺うように視線を送る。ジャハネートもそれを嫌う事なく見つめ返すと、肘掛を台にして頬杖をつき、眉間にしわを寄せた。
「奴らの体内から、変化に使われたと思われる特殊な鉱石が出てきた。といっても、それ自体は出涸らしになっていたから、どんな魔法や呪術が使われていたかも分からない。そして忌々しい事に、暗殺者共がそれを入手した経路も分からなかった……」
「何やら、門石の件と似ているような気がしますが……?」
 説明に苦笑いしながら、エラゼルはラーソルバールの顔を見る。門石のように、過去の事例のようなものがあるか、と暗に聞いているのだろう。
「歴史書を読む限り、人を悪魔に変えるなんてのいうは、古からあちこちで研究されているよ。どこまでが真実で、どこからが虚構か分からないけれどね。力を追求する中で、人間はどうやったら悪魔の力を取り込むことができるか、って研究するのはありがちな話でしょう? でも、今までは成功例は無かったんじゃないかな。みんな結局は必要なものが足りなかったから……」
「必要なもの?」
 ラーソルバールが最後に濁した言葉の真意を測りかね、エラゼルは聞き返した。
「資金と、経験と……人的資源」
「なるほど……」
 人的資源、すなわち実験台だ。非人道的な研究だけに、生贄になる存在が無くては成り立たない。成功するまでにはどれ程の命が費やされれるかも分からない。
 研究資金と、経験、すなわち過去の失敗を基にした資料の蓄積と研究。そして実験台となる人間。
「それが可能な所は、ひとつしかないよ」
「ああ、分かっていた。どうせあの国の仕業だろうさ。資金は言うまでもないし、資料や人材は国内はもとより侵略した国からも集められる。そして最後の人的資源だが……侵略した国や西方戦線の虜囚を使えば、まあいくらでも居るな……」
 ラーソルバールの答えで納得したかのように、ジャハネートは口元を歪める。エラゼルも唇を噛むと、拳を握り締め身体を震わせた。
「戦争にでも使うつもりなんでしょうかね?」
 背筋が寒くなるような言葉を大臣は口にした。それは突飛な発想では無く、最も現実的な予見。この後、重い空気のまま四人は会話を続けたが、制限時間に達したところで、二人は部屋を出た。
「片付け手伝おうか!」
 気持ちを切り替えるように、ラーソルバールは友に笑顔を向けた。

 会場に戻る頃には陽も翳り、気温も下がったことで、吐く息も一段と白くなる。そして、大会の後片付けが終わる頃、空から白いものが舞い始めた。
「ああ、寒かったもんね……」
 この冬、王都での初雪だった。
 風も無くただ静かに降る雪は、灯り始めたランタンの光に照らされ、少しだけ神秘的に、景色を変え始めていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...