上 下
378 / 439
第二部:第三十二章 積み重ねたもの

(一)悪魔③

しおりを挟む
 ラーソルバールの真っ赤なドレスが、ランタンの光に照らされて鮮やかに夜を彩る。そのドレスがふわりと舞うたびに、ラーソルバールの剣がいくつもの閃光を放つ。右から左へ、そして左下から斜めに切り上げ、真っ直ぐに切り下ろす。次第に剣を捌ききれなくなって、悪魔の黒い肌に裂傷が出来始める。
 元は人間、その意識がラーソルバールの剣を僅かに鈍らせる。
「迷うな! アンタの後ろには守るべき人が居るんだろ!」
 抱えている甘さをジャハネートは見抜いていたのか。
 その言葉で、ラーソルバールは思い出した。ここで迷えば、エラゼルも、仲間達も、公爵家の人たちをも危険に晒す。殺さずに済まそうなどと考えている余裕は無いのだ、と。
 一際速く、ラーソルバールの剣が閃く。悪魔は反応できず腹部を切り裂かれ、次の瞬間には、胸部を貫かれて、青黒い血が夜の庭園に舞った。
「感……謝……す……」
 絶命間際に僅かな言葉を残し、半悪魔と化した男は膝をつき、そして地に崩れた。
 ラーソルバールは残された言葉の意味に疑問を持ったが、すぐに消化した。恐らく半悪魔の状態で留まり、人間としての肉体や精神が残ることで、大きな苦痛の中にあったのだろう、と。
 死を受け入れ、そこから解放される事への感謝だったのかもしれない。

「役立たずが……。手傷を負わせる程度もできぬのか」
 ラーソルバールの頭上から苦々しげな言葉が投げかけられた。宙から自らの手下が倒れる様を見ていた悪魔は、苛立ちを隠そうともしない。
 直後にエラゼルによってもう一体が倒されると、怒りをぶつけるように、ラーソルバールに手を向け、無詠唱で火球を放った。
 至近距離での発現された魔法だけに誰も制止に入れなかったが、ラーソルバールは冷静に剣でそれを斬り、魔法をかき消して見せる。この技術はファタンダールに最初に対峙した時、危機感から無意識に行っていたものだが、今は剣の力も借り、十分に制御できるようになっていた。
「魔法を消しただと?」
 驚く悪魔をジャハネートは笑い飛ばし、叫ぶ。
「愚かだね、アンタ。去年のあの子達を倒すつもりでいたんだろうけどさ、二人共何度も死線を潜り抜けて格段に成長してる。アンタ如き相手じゃないんだよ。おまけに、アタシもいるしね!」
 ジャハネートの言葉に対しての反応は薄く、悪魔は無言のまま。倒した二人のような人工的な悪魔ではなく、男の身体は本物の悪魔に取り込まれつつあるという事だろう。
 完全に取り込まれれば、勝ち目は無いかもしれない。しかし、攻撃を加えようにも、宙を舞う相手では手段が限られる。下手に魔法を使って魔法戦にでもなれば、騎士ばかりで魔法に特化しておらず、モルアール一人が背負い込むには分が悪い。
 魔法か、それとも飛び道具か。ジャハネートが迷った時だった。
 ラーソルバールはジャハネートに僅かに視線を送った後、地を蹴って大きく跳躍した。脚部に魔力を流し込み強化したのだろう。ラーソルバールは通常の跳躍を倍する高さに到達し、剣が届く位置まで迫る。
 死角から繰り出した右下から切り上げるような斬撃は、剣で受け止められたものの、浮遊する悪魔の空中姿勢を崩すには十分だった。直後、ジャハネートが呼吸を合わせたように跳び、後方から迫る。悪魔は背後に意識を向けて剣を差し出したが、間に合わず、右の翼を切り裂かれてしまった。
「上出来!」
 ジャハネートがもう一撃を加えようとした瞬間だった。悪魔の左の翼を何かが貫通した。
「何だ!」
 悪魔が声を上げる。突然の出来事に悪魔は動揺し、ジャハネートの攻撃で剣を弾かれてしまった。
 翼を貫いたもの、それは脛甲に付属していたラーソルバールの短剣。
「ひひっ、さすが公爵家。短剣ひとつにまで魔法付与《エンチャント》してあるんだから……」
 空中での姿勢を崩し、ラーソルバールは背を下に落下を始める。直後、エラゼルの声が響く。
聖なる矢ホーリーアロー!」
 不意を突かれ、両翼を切られた悪魔の背に、光の矢が強い衝撃を与える。
 空中での出来事を見つつ、ガイザは急いでラーソルバールの落下地点に入ると、片膝を付きながらも何とか抱きとめる事に成功した。
「ありがとう……」
 落下による強打を免れ、ほっとしたようにガイザに礼を言う。
「もう少し、軽いと楽なんだがな」
「助けてもらってなんだけど、余計なお世話だよ」
 二人は顔を見合わせて笑った。

 エラゼルの魔法の直撃が効いたのか、悪魔も体勢を崩したまま落下し、地面に叩きつけられた。悪魔は何とか起き上がろうとしたが、そこに待っていたかのようにジャハネートの剣が襲い掛かり、抗う事もできずに胸を貫かれることになった。
「すまないね、今回は騎士道とか無視させてもらったよ」
「ガ……グ……」
「でもね、アンタはやっぱり愚かだ。変なものに手を出しちまって……。まだ人間としての意識はあるのかい? それとも異界のものに食われちまったかい? 最後に……魂はどこに行くのかね……」
 憂いを帯びた瞳が、消え行く命を見つめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...