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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに

(四)合同訓練②

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「何度やっても慣れないな」
 訓練のため本番のように殺し合いをする訳では無いが、これから先に戦闘が待っている事に違いは無い。遊びの感覚は無く、独特の緊張感に僅かに体が震える。
「青軍、一班は予定地点まで行軍開始する!」
 訓練開始の合図と共に、各班は予定通りの動きを始める。
 周囲も緊張した面持ちで行軍を始めた。
 誰もが伝統の「運動訓練」を受けたくない、という切実な願いを持っている。

「一班は街道を行く囮で、私達三班はそれを離れて追いかけるんだそうです」
 副班長になったシェラは班に戻ってくるなり、班員に伝える。その戦略は二班の班長であるエミーナの発案によるものだ。
 演習場には街道を模した整備された道が、両陣営の本陣を繋ぐように伸びている。直線ではなく迂回する形に作られているが、そこを通れば消耗は避けられるという利点はある。だが、非常に目立つため、伏兵の餌食になりやすいという欠点がある。
 大軍を動かす際や、敵軍が居ない場所での移動には街道を用いるが、敵軍との衝突が見込まれる場合、素直にそこを通る必要は無い。
 今回は疲労を減らし、最も時間の掛からない街道を通って、早期に決着をつけようという狙いが有るようだ。
 索敵は後方から進む三班が引き受ける事になっているが、三班が途中で敵と遭遇した場合は、敵を引き付けつつ後退し、本陣まで戻るという予定でいる。
 問題は、今回班長になったエラゼルが周囲の意見をどう纏め、どういう戦略でくるのか、というところだろう。
 一班を危険にさらす理由は、ラーソルバールという強力な一手があるから。それがエミーナの狙い。一つ間違えば、一斑を丸々犠牲にするという危険なもの。実際に戦争になった場合には、各個撃破の対象となるため、ほぼ使用できない奇策の部類だ。もしそれを本番で応用するとしたら、一斑にあたる部隊に精鋭を揃える他はない。

 一斑の二年生達は、一年生の疲労具合を確認しつつ、行軍を続ける。
 一年生達は自分達の班に、戦女神と呼ばれる人物が居るとあって、やや緊張した面持ちで二年生の後をついて歩いている。通常であれば、そういった存在に依存するように気が抜けてしまうのだろうが、開始前に「最も危険で重要な役割だ」とその本人から言い聞かされているので、怠惰な様子を見せる者も居ない。
 だが、張り詰めた精神は持続が難しい。次第に見えてきた疲労感に行軍速度も緩む。
「班長、疲労を見せる者も居ます。一旦休息を挟みませんか?」
 ラーソルバールの呼びかけに応じて、班長は後ろを振り返る。
「よし一斑、停止! 安全を確認しつつ、街道脇の木陰で休息とする」
 まだ暑い夏の日差しが、演習には辛い。鎧の下の服は汗で濡れ、生温い風さえも心地よく感じる程だ。森の中の行軍だったら、もう少し暑さを凌げるだろうが、足元に気を配りながらの移動も体力を奪うため、一概にどちらが良いとも言えない。
「ふぅ」
 ラーソルバールも腰を下ろすと、大きく息を吐いた。温くなった水筒の水で最低限の水分を補給すると、ハンカチで額の汗を拭う。
 ラーソルバールは演習場を歩くたびに思い出す。
 巨大なオーガと遭遇した戦慄と、アルディスやエフィアナと居た時間を。
 アルディスとエフィアナは何処に居るのだろうか、と時折思い出しては胸の痛みに吐息を漏らす。戻ることの無い時間と、あの心地よかった兄妹のような関係と。

 思い出に浸っていても、前へは進めない。頭を振って、意識を訓練へと戻す。
「さて、そろそろエラゼルと遭遇する気がするんだよね……」
 ラーソルバールは班長に聞こえるようにつぶやいた。
 班長は、隣のクラスの男子生徒で、ルッシャー男爵家の次男坊らしい。同じ男爵家という事で、ラーソルバールとしては妙に親近感がある。だが、同じ男爵家とはいえミルエルシ家ほど貧乏ではないだろう、というのがラーソルバールの見解だ。

 実際はラーソルバールが思う程、ミルエルシ家は貧乏では無い。父の司書としての稼ぎも悪くなかったが、王太子の剣の師となってからは、さらに収入も増えている。更にはラーソルバール自身の活躍による褒賞金やら謝礼やらで、かなりの金額がミルエルシ家に入っている。
 多少は使ったが、残りの金のほとんどは父に管理を委ねている。父は嫁入りする時の持参金だと言っているが、嫁入りさせるつもりがあるのかどうかは不明である。無論、王太子の婚約者となれば、話は別だが……。

 突然、休憩時間を終わらせるように、森の中から人が現れる。
「報告します! 進軍方向右手の森より、敵部隊の進軍あり! 攻勢に備えられたし」 
 三班の索敵要員が危険を告げた。
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