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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに

(三)城からの使い③

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「不安そうだな。しばらく一緒に寝るか?」
 エラゼルがにやりと笑った。
 本当はエラゼルが寂しがり屋なだけではないかと、思うようになってきた。
「大丈夫、と言いたいところだけど、昨日から物凄く動揺してる。私はエラゼルみたいな教育を受けている訳でも、心構えが有った訳でもないから……」
 ラーソルバールは父からこの話を告げられた時から、ずっと精神的に落ち着かないままで居た。
 エラゼルの顔を見て、話す機会を得たことで少しだけそれは解消されたが、その現実を受け入れたくないという気持ちが強い。
 まだ王太子の婚約者に決まった訳ではない、と自分に言い聞かせる。あくまでも候補なだけであって、気にせず今まで通り過ごせば良いのだと。そう思うことで辛うじて平静を装っていられる。
「きっと、同じ通知を受け取った者達は、歓喜したのだろうな」
「そうだよね。王太子殿下の婚約者なんて、望んだってなれるようなものじゃないからね」
「どこぞには望んでいない者もいるようだが?」
 エラゼルはラーソルバールの考えも性分も分かっていながら、あえてからかう。それが出来るのは、ふたりの信頼関係が有ってこそだと分かっているのだろう。
 例え、ここで嫌だと言っているラーソルバールが、最終的に婚約者の座を射止めたとしても、エラゼルはそれを素直に祝福するつもりでいるし、遺恨を残すことも無い。
 ただ友として喜び、分かち合う、それで良いと思っている。
 果たして以前の自分であったら、そのような考えができただろうか、と振り返る。

「……うん、そんな大役よりも、私は騎士になりたい……」
 ラーソルバールはうつむき加減にそう言うと、冷めかけた茶の入ったカップを弄ぶ。
 母と約束したのは騎士になるということ。それは自分の夢でもある。仮に王太子妃、王妃になったとしても、違う意味で国民の命や生活を守る立場になるが、それは自身の望む形ではない。
「これから、王太子殿下の婚約者を争う間柄だというのに……」
 半ば呆れ気味に吐息をし、エラゼルは優しく微笑みかける。
「うん、よろしくね。と言っても私は全力で逃げたいけどね……。なんて、誰かに聞かれたら不敬罪で捕まっちゃうかな?」
「ふふふ……。ラーソルバールは素直で正直だな」
「むぅ、何か馬鹿にされている気がする……」
「いや、うらやましいのだ。私は今まで感情を押し殺している事が多かったから、ラーソルバールのように素直にはなれないし、人間的な感情の機微に疎いのかもしれない」
 だから愛とか、恋などと言われても、それがどういう感情の動きなのか理解が出来ない、と言いたいのかもしれない。そう語ったエラゼルの表情が寂しげで、哀しく見えた。
 たまらずラーソルバールは立ち上がり、エラゼルの横に立つと、大事な友をぎゅっと抱きしめた。
「そんな事無いよ。昔は苦しそうだったけど、今のエラゼルはとても素敵な人。微笑んだだけで、男女問わずに皆が貴女の事を好きになるくらいに。私は貴女が大好きだし、貴女の友になれて幸せだと思っている。貴女が私を裏切らないと言ってくれたように、私も貴女を絶対に裏切らないから……」
「……ああ、ありがとう。私も候補に選ばれた事で少し動揺していたのかもしれない」
 エラゼルの瞳に僅かに涙が滲む。
 ラーソルバールはエラゼルの心の弱い部分に触れてしまったという後悔の念と、心の内をさらけ出してもらえた嬉しさとない交ぜになって、彼女を抱きしめる腕に力が入った。
「エラゼル、ごめんね。私のせいで余計な事を考えさせちゃって……」
 彼女自身が婚約者候補に選ばれたこと、そこに「ラーソルバール・ミルエルシ」の名が列記されていたことをどう思っているのか。それを聞きたいと思っていたのだが、意図せず彼女の心の隙間を覗いてしまった事に。申し訳なさを感じ、涙が溢れた。
「いや、気にしなくて良い。私の弱さなど、ラーソルバールは既に知っているだろう。お前が友で良かったと思っている。散々苦しめたであろう私の友になってくれて有難う……」
「うん、お互い進む道が変わっても、私はずっと貴女の友で居ます……」
 運命の糸が二人を弄んだとしても、互いを信じる心に揺らぎは無い。友として歩き始めた月日は短くとも、生死を共にしながら歩んできた大切な人。

 ヴァストール王国に名を残すことになる二人の決意が、この先運命に揺り動かされて行くことになる。
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