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第二部:第二十九章 歩みは止めず

(三)再びのガラルドシア③

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「シェラ、街で気付いた事あった?」
「ん? 誰かさんを引っ張るのに夢中で、あまり気にしてなかった」
「それならいいよ」
 苦笑するシェラにラーソルバールは笑顔を向ける。
「私達は帝国の様子を偵察に来たわけじゃないんだけど、肌で感じたことが有ったら持ち帰った方がいいんじゃないかと思ってるの」
「そうだね。アシェルタートさんの表情もそれ?」
「多分ね」
 気持ちを落ち着けるように、ラーソルバールは小さく息を吐く。周囲の事から導き出したもの、それは良い予想ではない。
「さっきのモルアールと話した街の異変の正体。私の考えだけど、この領内から兵士と軍需物資を供用したんじゃないかと……」
「西方戦線にか?」
「多分……」
 ヴァストールとの国境近くではそれらしい兵は居なかった。ヴァストールとの戦端を開かない現状、帝国が複数に戦線を同時に抱えるような愚を犯すとも思えない。となれば、兵や物資が送られる先は西方戦線しかない。それが意味するところは。
「押されて苦戦しているか、仕上げにかかっているかの二つにひとつなんだけど……」
「仕上げだろうな。機を見て一気に戦力投入した、と」
 先程までとは表情を一変させ、シェラは沈黙を守ったまま、二人の会話を聞いている。小さくラーソルバールが頷くのが見えた。
「そんで、西方が終われば、次の国。いよいよヴァストールか……」
「軍にも損害は出ているだろうし、戦費もかかっているから、国力回復のために次の開戦までの間隔は開く、というのは私の希望。けど、今ここで勝てば、士気の高いまま次へと考えるかもしれない」
「どっちだと思う?」
 押し黙っていたシェラが口を開いた。
「さあ……。私はバハール皇帝じゃないから……。先代の皇帝のように戦いを避けて自国を富ませるような人なら、良かったのにね」
「皮肉にも先代のおかげで国力が上がった分、逆に戦争しやすかったということね」
 シェラがため息をつく。
「疲弊して、西方戦線も終わらない今だったら、仕掛ければ勝てる可能性はあるんだろうがな……。だが、大義名分がなけりゃ、ヴァストールが侵略戦争を仕掛けたとしか思われない」
 侵略戦争と見なされれば、他国の対応も冷ややかになり、例え帝国に勝ったとしてもその未来は明るいものではない。
「私が帝国の立場なら、そうさせないように国力を回復させている間にヴァストールに嫌がらせをする。それも、帝国が痛くない方法で。ファタンダールのような手ではなくもっと大きな手」
「……あ! 帝国の属国と化したレンドバール王国を動かす事?」
 シェラの導き出した答えにラーソルバールは黙って頷く。
「まあ、そうだろうな。レンドバールをぶつけて、疲弊したところを持っていこうって考えるか。その場合はレンドバールの完全併呑も視野に入れられるな」
 モルアールの予想はラーソルバールの考えるところと一致する。
「問題はその手をいつ打ってくるのか?」
「さあねえ。遠くない辺りだと……」
 言いかけたところで、部屋の扉を叩く音がしたので、ラーソルバールは遮音魔法を消すようにモルアール合図を送る。
 モルアールは頷くと、室内を覆っていた魔力を霧散させた。

「はい! 今開けます」
 魔法の効果が切れたことを確認すると、ラーソルバールは大きな声で返事をし、扉へと駆け寄る。扉を開けると、そのには伯爵家のメイドが立っていた。
「やっぱりこっちの部屋の方が、景色がいいじゃねえか」
 誤魔化すように、モルアールが声を上げると、シェラがそれに合わせようと窓に歩み寄る。
「ええー、そんなに違わないんじゃない?」
「……ああ、すみません。何でしょうか?」
 二人の動きを横目で見つつ、何気ない態度でメイドに尋ねる。
「湯浴みのお支度が整いましたので、どうぞご利用くださいとのことです」
 それだけを伝え、メイドは頭を下げ去っていった。その足音が聞こえなくなると、三人は顔を見合わせ、苦笑いした。
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