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第二部:第二十九章 歩みは止めず

(三)再びのガラルドシア①

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(三)

 ラーソルバール達を乗せた馬車は、国境を越えて帝国領へと入った。
 帝国に入る際に、前回と同様にシルネラの身分証明書を使用したが、今回はシルネラ経由ではなく、ヴァストールから直接帝国領へ入国している。それは二度目の入国であるため、入国時の審査が楽になることを知っていたためだ。
 初回にシルネラ経由で入国した際、身分証明には帝国の入国印が押されており、その後に犯罪歴の記入も無い。故にヴァストールからの入国であっても、慣例的に審査は簡易で済むようになっている。

 ヴァストール国内の治安もかなり回復していたため、何も問題は発生せず順調な旅となっている。更に道中は全て早馬車を使用したため、余裕を見込んで立てていた予定よりも一日早く、ガラルドシアに到着してしまった。
「どうする? 早く着いちゃったから、街の宿に泊まろうか」
「何言ってるの、顔には『早く伯爵邸に行きたい』って書いてあるよ」
 シェラが茶化すように言って笑う。
「いや、だって手紙には明日着くって書いたんだし」
 やや恥ずかしそうに横を向き、誤魔化すように持ってきた荷を馬車から降ろす。
「じゃあ、向こうからの手紙には何て?」
「……いつでもおいでください、と……」
 シェラの顔を見ようとせず、赤くなりながら答えた。

 ちなみに、ルクスフォール家との手紙のやりとりは、色々と手間がかかっている。両者の手紙は一回シルネラを経由しているのだ。
 帰国後、シルネラのホグアード宛に手紙を書き、ギルドにルクスフォール伯爵家とラーソルバールらの手紙仲介を依頼している。これは、ラーソルバールらが「シルネラ国籍を有している」という建前があるからだ。
 ボルリッツや、正体に気付いていそうな伯爵夫人はともかく、他の人間にはまだ「シルネラのルシェ」でなくてはならない。
 もちろんシルネラ経由とはいえ、帝国貴族との手紙のやり取りというのは、国家間の緊張が増している中、自由にできるものとは考えていない。
 色々と疑われぬよう、世話になったルクスフォール家に手紙を出すという旨は、軍務大臣には報告しているし、その中身の検閲もしてもらっている。
 そのため、手紙の内容は至って事務的なもので、恋文などとは程遠いものになっていた。

「はいはい、行くよー!」
 シェラとフォルテシアに両脇を抱えられ、ラーソルバールは引きずられるように伯爵邸へと続く道を連れて行かれる。ガイザは三人の後ろから、その姿を見て堪えきれず声を上げて笑った。
「みんな仲いいねぇ」
 ディナレスはモルアールと顔を見合わせ笑う。
 しばらく顔を合わせる機会が無かったとは言え、危険な任務をこなした仲間同士。再会してすぐに以前のような雰囲気に戻っている。それだけに学校の異なる二人には、エラゼルの不在は寂しく感じられた。
「あの調子だし、街の様子を見ながらゆっくり歩こうか」
 モルアールは久しぶりのガラルドシアを楽しそうに眺める。天気も良く、商店の呼び込みの声が賑やかに聞こえた。

 諦めたラーソルバールは途中から自分の足で歩き始めたが、両脇の二人は伯爵邸に到着するまで腕を離すことはなかった。
 門に付くと警護の二人は、一行をすんなりと館まで案内してくれた。

「皆様、ようこそいらっしゃいました」
 一行到着の報に、すぐに執事のマスティオが出迎え、深々と頭を下げる。
 貴族でも無い一介の冒険者相手にやりすぎではないか、とラーソルバールは苦笑する。もっとも、正体がばれていればその限りではないが。
「未来の伯爵夫人相手だからだよ」
 考えを見透かしたように、シェラが耳元で小さく囁く。その言葉に、ラーソルバールは顔を赤く染め頬を膨らませると、シェラの耳を引っ張った。
「いたた……」
「コッテ・ララ様、どうかなさいましたか?」
「い……いえ、なんでもありません」
 マスティオの言葉に背筋を伸ばして答えると、シェラは隠すようにつままれた耳を押さえた。
「では、こちらへどうぞ……」
 一行は予定よりも一日早い到着にも関わらず、待たされる事無く邸内へと通された。
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