323 / 439
第二部:第二十七章 違う場所
(三)公爵家の令嬢②
しおりを挟む
食事を終え、午後に入ると農業学の授業が始まった。
現在、ヴァストール国内で生産されている作物の種類から始まり、何をどの程度輸入しているのかという話に及んだ。
地味な内容に、騎士学校、修学院問わず居眠りを始める者が続出する。だが、そんな中でも、ラーソルバールとエラゼルは「必須」と言っていた通り、楽しそうに授業を聞いていた。
授業が終わり休憩時間に入ると、不満を漏らす生徒が多かった。エラゼルが想定していた通り「貴族がこのような授業を受ける必要があるのか」というものだった。
「愚か者共め」
エラゼルは自席から動かず、不満を漏らす者達を睨みつけていた。
「エラゼル、そんな怖い顔していないで……」
隣に座るラーソルバールは、エラゼルをなだめようと小声で話しかける。
「将来、あの愚か者共が親の跡を継ぎ、当主としてこの国を支えるべき存在になるかもしれぬのだぞ。笑って済ませられるものか……」
今にもペンを折りそうな程、怒りを込めてペンを握るエラゼル。ラーソルバールとしても、その気持ちは分かるのだが、他家の子女に無理強いする訳にもいかない。
「土地柄、農業に頼らない場所もあるのだろうけど、それでも知っておくべきではあるよね」
やんわりと矛先を逸らそうと言ったつもりだったが、エラゼルの怒りは収まらなかった。
「ファルデリアナめ……、自分の取り巻きが愚かな事を言っているという自覚が無いのか。それとも同じ考えなのか」
「さ、エラゼル。次の土木学を終えたら剣術訓練だよ。鬱憤はそこで晴らせばいいでしょ」
「む……」
溢れる怒りを抑えて、配られたばかりの概説書に視線を落とす。
(エラゼルのような人ばかりだと、国の未来も明るいんだろうけどね……)
思えども、口にはしないラーソルバール。この一言が、恐らくエラゼルの怒りの炎に油を注ぎかねない事を、十分に理解していた。
次の授業が終わったとき、エラゼルの怒りは、ため息へと変わっていた。
「はあぁ……」
あまりに深いため息に、ラーソルバールはもはや苦笑するしかなかった。
エラゼルは授業中「これが治水工事の基礎となる考え方か」と、声を抑えつつもラーソルバールに興奮気味に語っていただけに、その落差を見るに言葉も出なかった。
原因は、やはり「土を掘ることを知って何の役に立つのか」といった声が聞こえたからである。
「もういい、剣術訓練へ行くぞ!」
「はいはい」
立ち上がり、校庭へと向かうエラゼルからは今にも歯軋りが聞こえてきそうな程だった。床を蹴る靴音が、エラゼルの心の内を雄弁に語っていた。
「あら、剣しか能のない騎士学校の生徒さん達が、浮かれてやってまいりましたわ」
「その剣も、どうせ修学院《ウチ》の生徒に負けるのです。可哀想に……」
校庭にやってくるなり、そんな言葉が出迎えた。
苛立ちが爆発寸前だったエラゼルだが、口さがない言葉を聞き流し、指示された通りに列に並ぶ。
「本日は、交流初日という事もあり、腕を披露し合い、互いを良く知る良い機会にしてもらいたい。それで……」
剣術訓練を監督する教師が告げる。
「先生、どのような形でやりますの? 修学院の生徒に剣で負けてしまっては騎士学校の生徒さんの立場がありませんわ」
ファルデリアナが教師の言葉に口を挟む。
「ファ……」
エラゼルが我慢ならないとばかりに食ってかかろうとするところを、ラーソルバールが肩に手を置き止める。
「どういう形式が良いと?」
公爵家の娘に配慮するように、教師は尋ねた。
現在、ヴァストール国内で生産されている作物の種類から始まり、何をどの程度輸入しているのかという話に及んだ。
地味な内容に、騎士学校、修学院問わず居眠りを始める者が続出する。だが、そんな中でも、ラーソルバールとエラゼルは「必須」と言っていた通り、楽しそうに授業を聞いていた。
授業が終わり休憩時間に入ると、不満を漏らす生徒が多かった。エラゼルが想定していた通り「貴族がこのような授業を受ける必要があるのか」というものだった。
「愚か者共め」
エラゼルは自席から動かず、不満を漏らす者達を睨みつけていた。
「エラゼル、そんな怖い顔していないで……」
隣に座るラーソルバールは、エラゼルをなだめようと小声で話しかける。
「将来、あの愚か者共が親の跡を継ぎ、当主としてこの国を支えるべき存在になるかもしれぬのだぞ。笑って済ませられるものか……」
今にもペンを折りそうな程、怒りを込めてペンを握るエラゼル。ラーソルバールとしても、その気持ちは分かるのだが、他家の子女に無理強いする訳にもいかない。
「土地柄、農業に頼らない場所もあるのだろうけど、それでも知っておくべきではあるよね」
やんわりと矛先を逸らそうと言ったつもりだったが、エラゼルの怒りは収まらなかった。
「ファルデリアナめ……、自分の取り巻きが愚かな事を言っているという自覚が無いのか。それとも同じ考えなのか」
「さ、エラゼル。次の土木学を終えたら剣術訓練だよ。鬱憤はそこで晴らせばいいでしょ」
「む……」
溢れる怒りを抑えて、配られたばかりの概説書に視線を落とす。
(エラゼルのような人ばかりだと、国の未来も明るいんだろうけどね……)
思えども、口にはしないラーソルバール。この一言が、恐らくエラゼルの怒りの炎に油を注ぎかねない事を、十分に理解していた。
次の授業が終わったとき、エラゼルの怒りは、ため息へと変わっていた。
「はあぁ……」
あまりに深いため息に、ラーソルバールはもはや苦笑するしかなかった。
エラゼルは授業中「これが治水工事の基礎となる考え方か」と、声を抑えつつもラーソルバールに興奮気味に語っていただけに、その落差を見るに言葉も出なかった。
原因は、やはり「土を掘ることを知って何の役に立つのか」といった声が聞こえたからである。
「もういい、剣術訓練へ行くぞ!」
「はいはい」
立ち上がり、校庭へと向かうエラゼルからは今にも歯軋りが聞こえてきそうな程だった。床を蹴る靴音が、エラゼルの心の内を雄弁に語っていた。
「あら、剣しか能のない騎士学校の生徒さん達が、浮かれてやってまいりましたわ」
「その剣も、どうせ修学院《ウチ》の生徒に負けるのです。可哀想に……」
校庭にやってくるなり、そんな言葉が出迎えた。
苛立ちが爆発寸前だったエラゼルだが、口さがない言葉を聞き流し、指示された通りに列に並ぶ。
「本日は、交流初日という事もあり、腕を披露し合い、互いを良く知る良い機会にしてもらいたい。それで……」
剣術訓練を監督する教師が告げる。
「先生、どのような形でやりますの? 修学院の生徒に剣で負けてしまっては騎士学校の生徒さんの立場がありませんわ」
ファルデリアナが教師の言葉に口を挟む。
「ファ……」
エラゼルが我慢ならないとばかりに食ってかかろうとするところを、ラーソルバールが肩に手を置き止める。
「どういう形式が良いと?」
公爵家の娘に配慮するように、教師は尋ねた。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる