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第二部:第二十六章 価値

(四)絆のしるし①

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(四)

 寮に戻ってきてから二日目の朝、軍務省から呼び出しが掛かった。
 寮母に呼ばれ応接室にむかうと、ひとりの女性騎士がソファに腰掛けていた。
「マレーレさん! お久しぶりです」
「お久しぶり。小さな英雄さんに名前を覚えていただけて居たなんて、光栄だわ」
「からかわないで下さい」
 ラーソルバールは頬を少し膨らませ、抗議をしてみせる。
「からかっている訳じゃないのよ。貴女に関しては騎士団や軍務省、貴族とで色んな呼び名があるみたいだからね。『小さな英雄』っていうのは騎士団や軍務省で使われているものよ」
「駐シルネラ大使にも『エイルディアの聖女』とか言われてたしね」
「あら、そうなの!」
 シェラまでがからかうので、ラーソルバールは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「でも、貴女はそれだけの事をしているのだから、胸を張っていいと思うわ」
「そんな大それた事はいていませんし、どうも誉められるというのは、慣れないもので……」
「謙虚ね」
 マレーレは、くすっと笑った。
「今日は貴女方がどういう理由で呼ばれたのか、私は知らされていないのだけど、また何かやったという事かしら?」
 笑顔を崩さず二人を見つめた。

 間もなくフォルテシアとエラゼルがやって来たので、部屋をあとにして表へ出る。
「遅かったな……」
 既に馬車に乗り込んでいたガイザが顔を出す。男子寮には先に連絡が行ったのだろうか、ひとりだけ早く仕度を終えて、さっさと乗り込んでいた様子だった。
「お待たせしてすみませんね」
 ラーソルバールは悪戯っぽい笑顔を浮かべて、ガイザに応える。
「急いで乗ってください、大臣がお待ちですよ」
 御者を務める職員に急かされて、女性五人は慌てて二台の馬車に分かれて乗り込む。
「では、向かいます」
 マレーレの合図と共に馬車は動き出し、二日前に通ったばかりの道を、再び城へ向かって進む。

 軍務省に到着すると、手続きも無くマレーレに案内されるまま大臣室に通された。
「おお、よく来てくれた」
 大臣が出迎えてくれたが、室内には既にモルアールとディナレスが居心地悪そうに腰掛けていた。マレーレは案内を終えると、部屋に入る事も無く去っていってしまった。
「挨拶は不要だ。まあ、そこに座ってくれたまえ」
 大臣に言われるがままに、ソファに腰掛けるとすぐに、目の前にティーカップが運ばれてきた。
 茶を運んできた職員が退出するのを見届けると、大臣は口を開いた。
「早速だが、結果から言おう……。まず例の石と資料だが、破棄ではなく使用しないという前提で厳重に保管される事が決まった。この存在を知っているのは、私や陛下を含め、数少ない人間のみとなっている。先日居合わせた者達には、処分したと伝えてある。君たちはアレの危険度が分かっているのだろうから、あえて事実のみを伝えよというのが、陛下のご命令だ」
 ラーソルバールとしては、意見具申した甲斐が有ったと、ほっと胸を撫で下ろした。その表情を見やり、エラゼルは微笑をたたえる。
 あれは世に出してはいけないもの。エラゼルもその認識は共通している。
 便利なものではあるが、処分または封印されてしかるべき物であり、古代の負の遺産だと言っても過言では無い。
 長距離の移動をするのは面倒だし、闇の門を利用すれば楽になるのは理解できる。だが、それを平常稼動できるのは、平穏な時代に限られる。入口と出口で互いに承認され、利害が一致する状況でしか使用できない物だ。不用意に出口を開けば、災いの元にしかならないのだから。そしてその存在こそが災いを招く種となるというのも、歴史を振り返らずとも理解できるものだった。
「そして、君達に対する報酬だが、今回の件を表立たせる訳にもいかないので、爵位も勲章も渡すことができない苦しい事情があることは理解して欲しい。金銭と、お礼の品という事で許して欲しい」
「もとより隠密行動ですから、そこは理解しているつもりですが?」
 エラゼルはあえて口に出した。勲章など要らないから、手厚い見返りをよこせ、と言外ににおわす。平民出身の者達への配慮のつもりなのだろう。
 大臣は無言でひとつ大きく頷き、それに応えた。
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