301 / 439
第二部:第二十五章 任務の終わりと成果
(四)小さな戦い②
しおりを挟む
「旦那様、本日は単語良い品を四つ仕入れたとの報告が上がっております」
目の前の人物に告げると、男は恭しく頭を下げた。この男は執事であり、報告をした相手こそデンティーク子爵その人である。
「おお、そうか! では、食事を終えたら早急に見に行こうか。良くやった」
豪華な食事を前にしながら、報告に喜色を浮かべる。この部屋に居るのは二人だけで、食卓を共にする者は居ない。
子爵は中肉中背での中年で、やや髪が薄いことを除けば外見は普通である。だが、その下品な笑みは他人に不快感を与えるに十分だった。
「今回も足が付くような品ではないのだな?」
「はい、シルネラの冒険者から仕入れたとの事ですので、問題無いかと。それと、単語不要品はいかが致しましょうか」
「特に処分せずとも良い。使えそうならいつもの連中に売れ」
「畏まりました……」
執事は軽く頭を下げると、子爵を残し音もなく退出していった。
エラゼルの合図を待つ間、特にする事も無く、ラーソルバールはベッドに腰掛けて呆けていた。
「フォルテシアはお父様と一緒だから心配ないとは思うけど、私達に会えなくて困ってるだろうなぁ。今頃どうしてるかな……」
彼女が奔走し、ジャハネートの協力を仰いでいるとは想像もしていない。ただ、迷惑をかけ申し訳ないな、という思いが募る。
せめてこの場所が知りたいとは思うが、外の様子を伺おうにも、窓は高い位置に有るうえに小さい。普段から明かり取り程度にしか使われていないことが分かる。
ここに入れられてからどの程度の時間が過ぎたのだろうか。二刻か三刻か、何もない空間が感覚を鈍らせる。どうやって出ようか、体内魔力を集中させ、扉を蹴り飛ばしたら開くだろうかと考えて時が流れる。
静寂の中、僅かに歌のようなものが聞こえてくる。それはエラゼルの声。彼女の暇つぶしか、歌うことで周囲の反応を窺っているのか。聞き慣れた声に、ラーソルバールは少し落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、エラゼル……」
彼女には聞こえないだろうが、小さく感謝の言葉を口にした。
エラゼルが歌うのを止めてしばらくの後、廊下を歩く足音が聞こえて来た。それは石を敷き詰めた廊下に硬い靴底が当たる音。
(……不規則な音……二人?)
耳を澄まし、扉に耳をつける。武器は所持しているのか、鎧は? 彼らの行く先はどこか、扉を開けるとしたら何処か。
足音に混ざった金属音はしない。手ぶらなのだろうか、それとも小型のナイフでも持っているのか。
足音が止み、鍵を開ける音が聞こえてくる。だが、この部屋ではない。音だけでは判別出来ないが、恐らくは向かいの部屋。
扉が開く音が響く。
「さあ、旦那様の所へ行こうか」
「離して下さい!」
男の声の後にシェラの声が響いた。
「うるさい! 黙ってついてこい!」
「嫌っ!」
シェラ叫んだ直後だった。鈍い音がしたかと思うと、悲鳴と共に、大きな物音が響いた。
「シェラ!」
もう待ってなど居られない。抵抗すれば男達は何をするか分からない。エラゼルの動きに合わせる余裕もなく、予定通りにはいかない事を思い知らされる。
扉を叩いてみたが、素手でどうにかなるものではないとすぐに分かる。ましてや手枷をされた状態では尚更だ。
それならば、他の方法を。
「ファリアル・エン・リルファイ……」
一歩後退して、新しい教書に出ていた魔法を唱え始める。数度練習したが、一度も成功したことは無い。それでも、ここの状況を打開するにはこれしか無い。
「小さな光よ集まりたまえ……」
光の粒子のようなものがラーソルバールの右手に集まり、輝きを増す。魔力の暴走を抑えるため、雑念を払い、精神を集中する。
「我が力とひとつになり、鋭き刃となれ! 輝く刃!」
詠唱が終わった瞬間、右手から光の束が放たれると、細い曲剣のような形状に変化しながら、勢い良く扉と壁の隙間に吸い込まれるように消えた。瞬間、何かを切断するような男が聞こえると、扉が僅かに開く。鍵が切断された証左だった。
ラーソルバールは魔法の成功を喜ぶ間もなく、扉の取手を掴んで部屋の外へと飛び出した。
目の前の人物に告げると、男は恭しく頭を下げた。この男は執事であり、報告をした相手こそデンティーク子爵その人である。
「おお、そうか! では、食事を終えたら早急に見に行こうか。良くやった」
豪華な食事を前にしながら、報告に喜色を浮かべる。この部屋に居るのは二人だけで、食卓を共にする者は居ない。
子爵は中肉中背での中年で、やや髪が薄いことを除けば外見は普通である。だが、その下品な笑みは他人に不快感を与えるに十分だった。
「今回も足が付くような品ではないのだな?」
「はい、シルネラの冒険者から仕入れたとの事ですので、問題無いかと。それと、単語不要品はいかが致しましょうか」
「特に処分せずとも良い。使えそうならいつもの連中に売れ」
「畏まりました……」
執事は軽く頭を下げると、子爵を残し音もなく退出していった。
エラゼルの合図を待つ間、特にする事も無く、ラーソルバールはベッドに腰掛けて呆けていた。
「フォルテシアはお父様と一緒だから心配ないとは思うけど、私達に会えなくて困ってるだろうなぁ。今頃どうしてるかな……」
彼女が奔走し、ジャハネートの協力を仰いでいるとは想像もしていない。ただ、迷惑をかけ申し訳ないな、という思いが募る。
せめてこの場所が知りたいとは思うが、外の様子を伺おうにも、窓は高い位置に有るうえに小さい。普段から明かり取り程度にしか使われていないことが分かる。
ここに入れられてからどの程度の時間が過ぎたのだろうか。二刻か三刻か、何もない空間が感覚を鈍らせる。どうやって出ようか、体内魔力を集中させ、扉を蹴り飛ばしたら開くだろうかと考えて時が流れる。
静寂の中、僅かに歌のようなものが聞こえてくる。それはエラゼルの声。彼女の暇つぶしか、歌うことで周囲の反応を窺っているのか。聞き慣れた声に、ラーソルバールは少し落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、エラゼル……」
彼女には聞こえないだろうが、小さく感謝の言葉を口にした。
エラゼルが歌うのを止めてしばらくの後、廊下を歩く足音が聞こえて来た。それは石を敷き詰めた廊下に硬い靴底が当たる音。
(……不規則な音……二人?)
耳を澄まし、扉に耳をつける。武器は所持しているのか、鎧は? 彼らの行く先はどこか、扉を開けるとしたら何処か。
足音に混ざった金属音はしない。手ぶらなのだろうか、それとも小型のナイフでも持っているのか。
足音が止み、鍵を開ける音が聞こえてくる。だが、この部屋ではない。音だけでは判別出来ないが、恐らくは向かいの部屋。
扉が開く音が響く。
「さあ、旦那様の所へ行こうか」
「離して下さい!」
男の声の後にシェラの声が響いた。
「うるさい! 黙ってついてこい!」
「嫌っ!」
シェラ叫んだ直後だった。鈍い音がしたかと思うと、悲鳴と共に、大きな物音が響いた。
「シェラ!」
もう待ってなど居られない。抵抗すれば男達は何をするか分からない。エラゼルの動きに合わせる余裕もなく、予定通りにはいかない事を思い知らされる。
扉を叩いてみたが、素手でどうにかなるものではないとすぐに分かる。ましてや手枷をされた状態では尚更だ。
それならば、他の方法を。
「ファリアル・エン・リルファイ……」
一歩後退して、新しい教書に出ていた魔法を唱え始める。数度練習したが、一度も成功したことは無い。それでも、ここの状況を打開するにはこれしか無い。
「小さな光よ集まりたまえ……」
光の粒子のようなものがラーソルバールの右手に集まり、輝きを増す。魔力の暴走を抑えるため、雑念を払い、精神を集中する。
「我が力とひとつになり、鋭き刃となれ! 輝く刃!」
詠唱が終わった瞬間、右手から光の束が放たれると、細い曲剣のような形状に変化しながら、勢い良く扉と壁の隙間に吸い込まれるように消えた。瞬間、何かを切断するような男が聞こえると、扉が僅かに開く。鍵が切断された証左だった。
ラーソルバールは魔法の成功を喜ぶ間もなく、扉の取手を掴んで部屋の外へと飛び出した。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
騎士団宿舎に住む黒猫
teeto
ファンタジー
会社に遅れそうになり、近道の公園を通り過ぎたら、黒い大きな穴に落ちてしまった。落ちた先は、何故か男の上。
慌ててドアから逃げたら何故か知らない森の中。そして迷ってしまった。
突然現れる恐怖に立ち向かい、此処が異世界だと知る。
見た目で魔族と勘違いされる女主人公と、主人公を保護した"黒い獣"と呼ばれる名の知れた騎士との異世界ファンタジー。
言葉の通じない異世界で"魔族"やら"黒猫"と呼ばれ、子供扱いされる25歳の社会人が頑張って生きる物語です。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる