上 下
279 / 439
第二部: 第二十四章 胸の内にあるもの

(一)ひとつの区切り①

しおりを挟む
(一)

「現実というものは、想像とは全く違う結末を迎えるものなのだな……」
 エラゼルはファタンダールの死体を見下ろし、感情を抑えたように淡々と言葉にした。
「そうだね……」
 ラーソルバールは短く答えると、死体の近くにしゃがみこんだ。二人の思う事は同じ。自分達の手で決着を付けたかった、ということ。
「案外、これは我々を欺くためのもので、本人は何処かで嘲笑っているやもしれぬ」
 煮え湯を飲まされ続けた相手だけに、眼前の出来事を素直に信じられない。だが、エラゼル自身、口で言うような事は無いと十分に理解している。
「でも、これでようやく一区切り、かな……」
 ラーソルバールは自分に言い聞かせるように呟いた。
 区切りであって終わりではない。この男によって辿るべき道を変えられてしまった人々が居る。そう、会って「全て元に戻せ」と言ってやりたいと、何度思ったか知れない。
 自分には全てを元の道に戻す力などは無い。だが、少しずつでも戻す手助けをしよう。それが、これからの自分の役目だ。
 エラゼルと視線を合わせ、無言で頷く。この相手との因縁はここで終わりだ、と。

「オーガにやられたのか?」
 近くに転がるオーガの死体を見やり、モルアールが誰にとは無く問いかける。
「うーん、一因ではあるかもしれないけど、直接の死因は毒かな」
 ディナレスは救護院の授業で、死体から死因を読み取る知識を学んでいる。主に流行り病による死者の拡大を防ぐためのものだが、毒薬や中毒性のある物を食した場合などの見分け方も併せて教えられており、その知識が役立つ形になった。
「良く分かるものだ……」
 感心したようにフォルテシアが覗き込む。
「毒、という事は、誰かによって殺害されたという事か?」
 王になるとまで言った男が、自殺するなどとは考えられない。だが、自分達以外の誰かを見た訳でもないし、逃げた盗賊達の仕業とも思えない。だが、確実に何者かがこの死に関与している。モルアールは背筋に寒いものを感じた。
 男を利用していた帝国が、不要になった為に切り捨てたと考えるのが正しいのだろうが……。

「嬢ちゃん達の仕事はこれで終わりか?」
 黙って見ていたボルリッツは、頃合いを見計らったようにラーソルバールに問いかける。
「あとはこの男が何をしていたか、です」
「そうか……、分かった。もう少し付き合うか。……と、それはさておき、さっき、エリゼ嬢ちゃんがラーなんとか叫んでたのはどういう意味だ?」
 ボルリッツはエラゼルの顔を見る。
「ん? そんな事を言ったか?」
 エラゼルも不思議そうに首を傾げる。咄嗟の事だけに本当に覚えていないのか、演技なのか分からないような反応に、ラーソルバールは思わず苦笑してしまった。
「暗くなる前に出来ることはしておきたいが、今は少しだけ休もうか」
 ガイザの言葉に皆が頷く。疲労に加え、全員が軽くはない怪我をしており、今は使命感だけで動いている状態だった。
 ディナレスも既に治癒を行う余力は無く、騎士学校の面々は日頃の魔法訓練の成果を試されるかのように、治癒魔法を繰り返す事になる。

「逃げた連中が戻ってくるかも知れねえ。ちょっと見てくるわ」
 怪我の治療もそこそこに、ボルリッツは土壁の切れ目へと歩いて行った。
「いいの? 一人で行かせて」
 シェラはボルリッツを視線で追いながら、尋ねる。
「信用して大丈夫だし、盗賊相手に負けるような人じゃないよ」
 疲れを隠すように、ラーソルバールは微笑みながら友に答える。
 刀傷はほぼ無いものの、シェラはモルアールの転倒に巻き込まれて頭部を石畳に打ち付けているため、そちらの方が心配だった。その事を口にした時には、自分は何もしていないから、と他人の怪我のばかりを方を気にしてたので、大丈夫かとは聞き辛い。
「そう……。ああ、そうだ、これでようやくラーソルもあの人と向き合う事ができるね」
 シェラは少々悪戯っぽく笑った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...