上 下
278 / 439
第二部:第二十三章 剣が語るもの

(四)友と国を守るための剣③

しおりを挟む
「まだだ……。まだやり直せる……」
 ファタンダールの腕から血が滴り落ちる。
 他にも体の各所に裂傷がある。魔法の暴発対策をしていたとはいえ、さすがに無傷という訳にはいかなかった。全身に痛みがあるが、まだ動ける。
 調査に使っていた部屋は、先程の石壁で損壊した可能性があるが、まだ盗賊達の小屋に行けば、治癒薬や門石があるはず。
 小娘達が追ってくる様子もない。
 大丈夫だ……、そう思った時、ファタンダールは足元に、引きずられたような血の痕とともに、盗賊の死体が転がっているのを見つけた。
「何故こんな場所に?」
 疑問に思った瞬間だった。突然、石壁の背後から大きな腕が伸びてくると、避ける間もなくファタンダールの脚を掴んだ。
 直後に、ゴキッと鈍い音がして脚部に激痛が走る。
「ぐぁぁぁ!」
 骨が折れた。ファタンダールは自覚した。
 そして視界に入った光景に愕然とする。腕の主は下僕であったオーガ。顔面を焼かれたオーガは、這うように動きながら物音を頼りに獲物を探していたのだった。
 そう、エラゼルが盗賊の障害にと、止めを刺さずに放置したオーガである。このオーガは視界を失い、ファタンダールを主人と認識することができずに、ただの獲物として捕らえたに過ぎない。
「離せ、この下等生物が!」
 痛みが走り精神も集中できない中、ファタンダールが怒りに任せて腕を振り下ろすと、風が唸りを上げてオーガの指を切り落とした。続けざまに腕を振り上げると、風は再び刃となって、憐れなオーガの首と胴体を切り離した。

「こんな所で死ねるか……私は王になる男だ。ヴァストールも帝国も全て手に入れる……」
 オーガの腕から解放されたファタンダールは、脚をひきずりながら、盗賊達の小屋を目指す。その背後を一匹の蛾がふわりと舞った。
「おやおや、貴方の真意はやはりそこでしたか……」
「……! 誰だ!」
 突然の声に、ファタンダールは声を荒げる。先程の小娘たちではなく、成人した男の声、それも聞き覚えのあるもの。
「誰だとは、心外ですね」
「その声はカディアか! 何処にいる!」
 ファタンダールは声のする方を見るが、誰も居ない。
「おや、今までお気付きでなかったのですか? 大魔法使いを自称される貴方が」
「何?」
 挑発され、苛立ちを隠そうともせず空を睨む。その視界の端で蛾が踊り、鱗粉が僅かに風に揺れた。
「私の使い魔であるこの蛾で、時折貴方を監視していました。貴方と話しているのもこの蛾を通しての事。そして先程までの様子も見ていました。ですから……、帝国に害を為そうとする貴方の時間はここで終わりにしなければなりません。……では、さようなら」
「何だ……と……! ……ぐぁ……」
 喉を押さえながらもがく様に天を仰ぎ、ファタンダールは何も無い空間を掴むように手を伸ばすと、そのまま絶命し地に倒れた。
 掴みたかったのは己の夢か、死へと誘う蛾だったのか……。
 石壁を迂回し、ファタンダールの行方を追っていたラーソルバール達が、その遺体を発見したのは、死後間もなくのことである。

「やれやれ、閣下に報告せねばならないな……」
 帝都にある建物の一室で、少し冷めかかった茶を口に運ぶと、カディアは憂鬱そうに椅子から立ち上がる。蛾を通して見た男の最後に、何の感慨も無い。
「これから先、奴の尻拭いをしなくて済むだけマシか……。いずれにせよ、今しばらくはヴァストールに手出ししない方が、閣下のご意向に沿えるかな……」
 カディアは大きくため息をついた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...