上 下
263 / 439
第二部:第二十二章 暗き森への誘い

(三)闇の産物③

しおりを挟む
「思っていたよりも、怪物どもと遭遇する機会が無いな」
 エラゼルがそう言って大仰に首を傾げる。隣を歩くラーソルバールが暗い顔をしているのを見かねたのだろう。
「うん、良い事だね……」
「ただ、この森が生む陰湿な波動は、人の心の闇を増大させかねない。一度、空が見える場所に出たほうが良いな」
 エラゼルは右手をラーソルバールの頭に乗せ、優しく撫でる。
「ん?」
 驚いてエラゼルを見やると、その微笑みに目を奪われてラーソルバールは足を止めた。
「無理をするな」
 頭の上の手はするりと首元に流れ、ラーソルバールの顔を胸元に引き寄せる。気を抜いていたので、ラーソルバールはバランスを崩して体ごとエラゼルに倒れ掛かってしまった。
「一回、素直になってみたらどうだ? それから考えても良いではないか」
 誕生日はエラゼルの方が少し遅いが、身長はエラゼルの方が僅かに高い。精神的にも、もしかしたら上なのかもしれない。
 年の然程変わらない姉のような優しさに、ラーソルバールは自身でも感じていた心の闇が少しだけ晴れた気がした。
「ん、そうかもしれないね……」
 ラーソルバールは両の手を伸ばし、エラゼルをぎゅっと抱きしめた。
「……お前らは友達なのか、恋人なのか、良く分からんな」
 二人の様子を見ていたモルアールが、からかうように笑う。
「失敬な、何を言っておる。私は何年も、この愛しい恋人を追いかけ続けて来たのだぞ」
 ラーソルバールの頭を両腕で抱えたまま、後ろにぐいっと振り向くとニヤリと笑う。
「……は、恋人ではなく宿敵ではなかったのか?」
 エラゼルの冗談にフォルテシアが真顔で応じるのを聞いて、横に居たシェラが腹を抱えて笑い出す。それにつられてラーソルバールを含め、全員が笑いだした。

 それから僅かな時間の後、ようやく月明かりに照らし出された遺跡を発見する事ができた。そこは木々の屋根も無く少し開けた空間になっており、闇に疲れた心に僅かなゆとりを与えてくれた。
「空が……、月が見えるね」
「ああ、石畳が岩場に敷き詰められているおかげで、木々も生えないんだろう」
 嬉しそうにシェラとガイザが空を見上げる。やっと森の闇から解放されたという安心感からか、どっと疲れが出る。
 遺跡の後方には岩で出来た小高い丘があり、この付近一帯が岩盤が露出した場所だと教えてくれる。

「野営できそうなところを探そう。ああ、虫や蛇には気をつけてね」
 ラーソルバールに促され、月明かりの下で周囲を探索する。と、ガイザが何かに気付いたように、周囲を伺う。
「水音がするな」
 手綱をモルアールに渡すと、月明かりを頼りに音のする方向へ一人で歩いていく。
「おい、一人で行くな」
 モルアールの声にも耳を貸さず進んだ先には、岩から染み出る湧き水があり、その近くには湧き水で出来た泉があった。泉からは僅かな流れができており、森へと続いていた。
「明かりを貸してくれないか? 周囲に生き物の足跡が有るか確認したい」
 この水を頼りに生きている生物がいるはず。それが怪物なのか、危険な獣なのか。見定めなくては安心して野営など出来るものではない。
 ランタンを手にしたシェラがやってきて泉の周囲を照らす。
「んー、人型の生き物の足跡は無さそうだけど、色んな生き物の足跡があるねぇ。狼とかいるかも……」
「まあ、枯れ木を集めて焚き火でもすれば何とかなるんじゃないかな。ここは、あとで水汲みに来よう」

 他の五人はモルアールの灯火《ライト》の魔法で遺跡を見て回り、周囲に人の痕跡がない事を確認する。しばらくの探索の後に何もない事を確認すると、それぞれが野営の準備を始める。
 二手に分かれ焚き火をして食事の仕度をする傍ら、野営用のテントを設営をする。
「明日も、今日みたいに何も無いといいんだが」
「討伐依頼をこなしている感じじゃないね。もっとも、明確に何を退治するとは書いて無いけどね」
「あくまでも遺跡の調査が名目だからな」
 食事をしながら、思い思いに口にする言葉は何気ないものだった。
「恐らく、当たりの遺跡には帝国兵の見張りが居ると思う」
「当然だろうな」
「ラーソルも、エラゼルも平気な顔をして……良くそんな物騒な事が言えるね」
 フォルテシアが苦笑いする。
 彼女もこの旅で口数が増えたようだ。その半分以上が、常識から外れた二人を見守る一番の常識人としての言葉だという事に、誰も気付いていなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

異世界行ったら人外と友達になった

小梅カリカリ
ファンタジー
気が付いたら異世界に来ていた瑠璃 優しい骸骨夫婦や頼りになるエルフ 彼女の人柄に惹かれ集まる素敵な仲間達 竜に頭丸呑みされても、誘拐されそうになっても、異世界から帰れなくても 立ち直り前に進む瑠璃 そしてこの世界で暮らしていく事を決意する

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...