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第二部:第二十二章 暗き森への誘い

(一)恋に揺れる③

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「そんな怖い顔をされると困ってしまうな」
 そんなに怖い顔をしていたのだろうか。アシェルタートの言葉で、ラーソルバールは我に返り、慌てて平静を取り繕う。
「会ってすぐ話すような事じゃないのも分かっているんだが、どうもこういうのは慣れていなくて」
 気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるアシェルタート。
「いいえ……お気になさらず」
 ぎこちない笑顔を浮かべて答える。
「ああ……今の話は、君の仲間とした仕事の話に一切の影響を与えないので、安心して欲しい。そこのところは弁えているつもりだ」
「いえ、お気遣い感謝致します」
 ラーソルバールは頭を下げる。
 少なくとも、与えられた任務に支障が無いと分かり、安心して良いはずなのに、胸が苦しいと感じるのは何故だろう。彼に嘘をついているからなのか、それとも押し殺している感情のせいなのだろうか。

「では、馬の件だったね。厩舎まで案内しよう」
 そう言って立ち上がったアシェルタートだが、その表情に動揺が見られる。ラーソルバールに悟られまいと、視線を外すと、扉の方を向く。
 ガツッ!
 一歩目を踏み出した瞬間に、テーブルに足をぶつけた。
「……っつ!」
「だ、大丈夫ですか?」
 相当大きな音がしたので、ラーソルバールも心配になって声をかける。
「ああ、大丈……夫……。ちょっと……不注意だった」
 言葉とは裏腹に、隠し切れずにかなり痛そうな素振りを見せるので、ラーソルバールは悪いと思いつつも笑ってしまった。それでも笑い声を抑えると、僅かな間の後で口を開いた。
「怪我を治したり、痛みを緩和する魔法でも覚えていれば良かったのですが……」
 騎士学校で治癒魔法を習ってはいるが、例の如くあまり得意ではない。ともすれば暴発させてしまいそうなので、この場で使用する訳にもいかない。
「いやいや、お恥ずかしいところを見せてしまった」
 苦笑いを浮かべつつ足をさすると、ラーソルバールの顔を見る。
「……やはり君には笑顔が似合うな。うん、笑顔が戻って良かった」
「こんな時に笑ってしまうなど、失礼極まる事で、大変申し訳ありません」
 今までの作り笑顔を見抜かれていたと知って、情けなさに手で顔を覆う。
「いや、君が何を抱えて辛そうな顔をしているのか、僕には分からないし、力になれないかもしれない。でも、君には笑顔で居て欲しい」
 一瞬、ラーソルバールに笑顔を向けると、足をひきずるようにして扉のほうへ歩き出す。その様子を見て、ラーソルバールも慌てて立ち上がると、その後を追う。
「私はシルネラの人間です。貴方にご迷惑がかかるかもしれないので、迂闊な事はできません。……貴方のご好意を安易に受け入れる訳にはいかないのです」
 国の名こそ違えど、今のラーソルバールが抱える偽らざる言葉だった。その言葉にアシェルタートは足を止める。
「僕が伯爵家の息子でなかったら良かったのかな……」
「え? 今、何か仰いましたか?」
 ぼそりと小さな声でアシェルタートが呟いた言葉を、ラーソルバールは聞き取る事が出来なかった。
「いや、何でもない」
 ラーソルバールに背を向けたまま、アシェルタートは扉を開け部屋の外に出る。
「どれ程度の滞在になるかは知らないが、何日かに一度は報告に来てくれ。そして、帰国する前には必ず顔を出して欲しい」
 一歩遅れて歩くラーソルバールを顧みる事無く、確かな口調で語りかける。その言葉は領主の息子としての本分を果たそうとしているようでもあった。
 後姿からは、どのような表情をしているのか読み取る事はできない。ラーソルバールは小さく息を吸うと、僅かに間を置いてから答えた。
「分かりました。お約束致します」
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