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第二部:第二十一章 帝国を歩く

(一)帝国の土③

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 一行は乗合馬車の降車所から歩いてすぐの所に宿を見つけると、日が沈んだことも考慮して宿泊を即決する。その直後にやってきた客に対して、宿の主人が満室であることを告げたのを見て、迷わずに決めて正解だったと理解した。
 夕食は宿の主人に聞き、近くにある飲食店を選んだのだが、予想通り料理の種類も少なく、味も腹が満たされれば良いという程度のものだった。
 畑もできない、植物も少なく動物の生息にも飼育にも向かない、川や湖もない。料理に期待する方が間違えていると改めて思い知らされた。
 ただ、酒だけは充実していたようだった。歩く酒樽とも揶揄されるドワーフ達の為に揃えている事は分かるが、店内にはその姿は無い。彼らとて食に無頓着であるはずがない。他に良い店が有るということなのだろう、と笑い合った。

 翌朝、さっさと支度を済ませると、大荷物のまま街を歩く。道行く人に良い工房を尋ねていくつかに絞り混む。
「冒険者の聞き込みってこんな感じ?」
 そんな冗談を言いながら、目的の場所に辿り着く。
 カウンターに出てきたドワーフの店主は、初めのうちは無愛想に対応していたが、メイスを手にしたディナレスの喜ぶ様を見て、僅かに笑顔を見せた。
「この後、何処へ行く?」
 不意にドワーフの主人が尋ねる。
 店内には一行の他には誰も居ないので、自分達に向けられた言葉だと分かる。
「常闇の森へ」
「そうか……。此処から西へ向かうと、岩の森という場所の脇を通る。森から現れる獣や怪物共には注意しな」
「貴重な情報ありがとうございます!」
「儂らのように、山の裏手に棲み着いたコボルト共の退治を常にしておれば、何の問題も無いのだろうがな」
 店主は髭を揺らして笑う。予想に反して饒舌に語った理由がディナレスであること本人は気付いていない。
「そういや、お前さん達は帝国のモンじゃなさそうだな」
「ええ、シルネラから来ました」
「そうか……」
 そう一言呟くと、ドワーフの店主は考え込むようにして沈黙する。
「何か?」
 気になったラーソルバールが問いかける。
「……ひとつ頼まれ事をしてくれないか?」
 静かに響くような声だった。
「日数に余裕がないので、出来ることは限られますが……」
「ああ手間は取らせん。常闇にの森に向かう道中で、すぐに済む話だ」
 今までの表情とは一転し、店主は寂しそうな目をする。
「ここは以前、エランドアという王国の一部だった」
「ええ、存じています。六十五年前まで有った小国ですね。首都はカラリア……。帝国に滅ぼされたと記憶しています」
「その年で良く知っているな……。儂らはお前さん達よりも長命な種族でな、昔カラリアに住んでおった。そしてエランドアの人々が好きだった。優しくて気さくでな」
 昔を思い出すように、静かに寂しそうに語る。
「この街はカラリアから逃げてきた者が繁栄させた。皆がいつかはカラリアに戻りたいと思って必死で生きてきた。帝国に破壊し尽くされ廃墟と化した地では、それは叶わんと分かっていても、だ。だが、無情にも何も出来ぬまま時が流れた。人間達は寿命が尽きてもう誰も残っておらん。死んでいった皆の想いが、カラリアに花を捧げたい、というものだった」
 皆が黙って話を聞いていた。誰もが他人事で済まされないと分かっているからだ。
「この街では生花が売られる事は殆んど無い。だから儂なりに作った物がある、これをカラリアの門跡に埋めてきて欲しい」
 店主が机の中から取り出したのは、いくつかの見事な銀細工の花だった。
「素晴らしい」
 銀細工を見たエラゼルが絶賛する。
「ひとつは報酬だ。残りは全てカラリアに捧げてくれ」
 頭を下げる店主の哀しみが痛いほど伝わってくる。故郷を想う気持ち、亡くなった人々の願い、無にするわけにはいかなかった。
「報酬は要りません。その心を届けて参ります」
 エラゼルの目に僅かに浮かんだ涙が、陽光を孕んで小さく輝いた。
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