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第一部:第十六章 動乱

(三)戦いの中で②

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 鎧の兵士から発せられた声。
 声を低くし誤魔化してはいるが、間違いなく聞き慣れた声だ。
 剣を持つ手が震えた。
「…アル兄! なんで!」
 剣を弾き返し問いかけるが、鎧の中からの返事は無い。
 ラーソルバールは動揺し、攻撃をするための手が動かない。
「アル兄なんでしょ!」
 悲痛な叫びにも答えは無く、鎧の男からは更に鋭い攻撃が繰り出される。
 受け止めながら感じる違和感。

 気のせいだろうか、剣には殺気を感じない。
 まるで、ラーソルバールに「お前には危害は加えないから、そこをどけ」と言っているかのようだった。
「……なんでよ、どうして!!」
 訳が分からずに剣を振るって防戦しながらも、ラーソルバールは溢れてくる涙を抑えることができなかった。
 正しい事を正しいと言う、騎士になるべき見本のような人。子供の頃から誰よりも自分を理解してくれた兄のような人。
 そのアルディスが何故、鎧を纏い、宰相暗殺に加担するのか。
 ラーソルバールには何もかもが理解できなかった。

「…私は絶対にどかない! アル兄は間違ってる!」
 答えが無くても、伝えたい。きっとアルディスなら分かってくれるはず。
 そう願ったラーソルバールの言葉には沈黙で応じ、その代わりに剣が振り下ろされる。
 泣きながら剣を振るうラーソルバールに対して、他の兵士からも容赦の無い攻撃が繰り出される。
 ラーソルバールはそれらを全て捌きながら、左手で涙を拭う。
「ねぇ、黙ってないで何か言ってよ!」
 答えが無いのは分かっている。でも、それでも聞かずには居られなかった。
 そうだ、いつものようにアルディスが間違った事をしたなら、きっとエフィアナなら止めてくれるはずだ。ラーソルバールは思い出した。
「エフィ姉! エフィ姉はどこ!」
 声を上げても返事は無い。
 拭ったはずの涙も、後から後から溢れ視界を歪め、頬を濡らす。
(嫌だよ、こんなの。助けてよ…、エフィ姉……)
 泣きながら振るう、その剣に力は無い。
 ただ泣きじゃくる子供のように、答えのない剣に怒りをぶつける。
 自分には何も出来ないのか。アルディスを正す事も、大臣を助ける事も、皆の期待に応える事も。小さい自分を見せ付けられた気がした。
 それよりも、答えをくれないアルディスに対しての悔しさ、悲しさが募る。

 ガン! 大きな音を立て、ラーソルバールの前に居たもうひとりの兵士が、ジャハネートに弾き飛ばされた兵士の巻き添えで転倒する。
 一瞬、視界が開ける。
 その出来た隙間から、学生が胸を突かれて倒れるのが見えた。
「……!」
 ラーソルバールは声を発する事ができなかった。
 悔しさが募る。また自分は誰かが傷つき倒れていくのを救えないのか。
 倒れたのは大柄な生徒。ドラッセに違いない。
 見た目は怖いけど無骨で優しそうな人。演習で会った程度で、ほんの少ししか接点は無いけれど、それでも見知った人だ。
 エフィアナが「騎士に向いてる」と褒めた人だ。そんな人がこんな所で倒れるなんて、有っていいはずが無い。
 手を伸ばして今にでも助けに行きたい。きっとまだ間に合うはずだ、行かなきゃ。
 その心を、眼前の剣が遮った。
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