上 下
169 / 439
第一部:第十五章 その流れる先は

(一)救護院①

しおりを挟む
(一)

 私とエラゼルを乗せた馬車は、大きな建物の前で停車した。
 二人で馬車を降り、建物を見上げる。
 この街に住む者として、建物の存在を知っては居たが、今までそれが何の施設なのか全く知らなかった。知ろうとすることも無い、言わば無縁な存在だった。
 建物は教会に隣接しているが、門柱を良く見れば小さく騎士団の紋章もある。
 これが救護院なのだろう。
「手続きは済んでいる。私がサインすれば良いだけなので、待たされる事はないはずだ」
 救護院に到着した事で、グランザーさんがほっとしたような表情を向ける。
「巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
 私はまず謝らなければいけない。
 言い損ねていたので、馬車の中でずっと気になっていたのだ。
「いやいや、謝らなければならないのは我々の方だ。夜の事件も我々騎士団が即座に対応出来なかったのが悪いのだ。本来であれば、狙われるのは我々でなければならないはずだろう?」
 先を歩くグランザーさんは足を止めた。
「それを、街のために戦わせて怪我までさせ、挙げ句に命まで狙われるとは、もはや何と謝れば良いやら…」
 申し訳無さそうにされると、こちらが困る。
「私はともかく、エラゼルを守って頂けると助かります」
「ん? 私はそのような気遣い不要だぞ」
「公爵家の娘に何かあったら一大事でしょうが……」
 頬を膨らませ、怒ったふりをしてみせる。
「公爵家? 確かデラネ………。 …っ!」
 グランザーさんが固まった。
「気にしないで頂きたい。私はただの騎士学校の生徒です」
 そう言いながら、エラゼルは私の頭に軽く拳骨をくれた。
「はあ」
 納得したような、してないような微妙な顔をした後、グランザーさんは止まっていた足を動かす。
 グランザーさんが入り口の扉を開けると、そこは清潔感のある不思議な空間が広がっていた。
 教会に隣接していた事もあり、もっと宗教色の濃い場所かと想定していたのだが、実際にはそうではなかった。
 正面奥に掲げられた王国旗が、教会の持ち物でない事を示している。
「お待ちしていましたよ。ミルエルシさん」
 そう言って迎えてくれたのは、父と同じくらいの年の女性だった。
「本日お世話になります。よろしくお願いします」
 どういった挨拶をして良いか分からずに、結局普段と変わらぬものになってしまった。
「では、私はここで失礼する」
 サインを終えたグランザーさんが、私達の顔を見る。
「来年の配属を楽しみにしているぞ」
 そう言って手を差し出した。
「本日はありがとうございました。またお会い出来るよう、頑張って卒業します」
 私はグランザーさんの手を握った。
 エラゼルも私に続く。
 挨拶を終えて笑顔を見せると、グランザーさんは扉を開けて帰っていった。
「さあ、行きましょうか。私はメサイナ。一月救護官です」
 絵画も彫刻も無い質素な廊下を進む。
 体の方は歩く度に、悲鳴を上げそうになる程の痛みが走る。
 エナタルトさんに施して貰った術も、先程の戦闘で台無しにしてしまったのかもしれない。
「お二人の事は騎士団の方から聞いています。街を守って怪我をしたから、治してあげて欲しいと」
 メサイナさんに案内されたのは、それほど大きくない部屋だった。
「本日治癒を施しますが、念のため今日はこちらに泊まって下さい」
「念のため?」
「治癒の効きが良くない方や、ごく稀に、治癒の反動が出る方がいらっしゃいますので」
 そう言って穏やかな笑顔を見せた。
「私も泊まっても?」
 エラゼルが質問をする。
「ええ、付き添いの方がいらっしゃると聞いていましたので、問題ありません」
 その答えにエラゼルは、ほっとしたようなような顔を見せる。
 最初から一緒に泊まる気だったのだろう。
 今気付いたが、手にはしっかりと着替えが入っていると思われる鞄を持っていた。
 心配されているのだろうが、昨年末以来、かなり私にべったりなエラゼル。
 嬉しいような、嬉しくないような、私は苦笑いをした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...