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第一部:第十二章 幕開け

(三)母の夢③

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「お嬢様……」
 私を呼ぶ声がする。
 ターシャさん?
「……ソルバールお嬢様!」
 違う。誰だろう、知っている声だ。
「ラーソルバールお嬢様!」
 目を覚ますと、目の前に居たのはエレノールさんだった。
 あれ、私は目を覚ましてベッドに座っていたはず。
 それも夢?
 すっきりしない頭に、エレノールさんが語りかける。
「お嬢様、新年ですよ!」
「あ、エレノールさんおはようございます。新年おめでとうございます」
 寝惚けた頭で返事をする。隣の部屋で寝ていたはずのエレノールさんが傍に居る。
 私にはどこまでが夢で、どこから現実なのかも分からない。
 今、この瞬間も夢かもしれない。
 新年のこのタイミングで見た夢は、今年の何かの暗示だろうか。
 いや、まだ現実と夢の区別も付いていないのかもしれない。

 悲しい夢だったので、呆けていると、エレノールさんに抱きしめられた。
「何を泣いておいでですか?」
「え、あれ……私、泣いてる?」
 目元に手を当てると、その手が濡れた。
「うん、ちょっと悲しい夢……というより、懐かしい夢を見ていたの」
「朝になったのでお迎えにあがったのですが、何やらうなされておいででしたので、思わず起こしてしまいました。お疲れでしたら、もう少しお休みになられますか?」
「ううん、いいの。ありがとう、エレノールさん」
 この姉のような人の腕に包まれて、私は少し落ち着きを取り戻した。
 自然と伸ばした手が、エレノールさんに巻きつく。
「あれ、何でだろう?」
 悲しくないのに、涙が溢れて止まらなかった。
 涙に気付いたのか、エレノールさんは優しく私の頭をなでてくれた。
 その時、私の中にある何かが溶け出し、堰を切ったように感情があふれて、私は声を上げて泣いた。
 きっと、私は何度も「かーさま」と言っていたに違いない。
 私が泣き止むまで、エレノールさんは私を優しく包んでくれていた。

「お嬢様。新年一日目です。今年もよろしくお願いしますね」
「はい。今年も、これからもよろしくお願いします」
 エレノールさんは手にしたハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「ありがとう……」
「さあ、まずは着替えてから朝のお食事です。それが済んだら、お買い物に出かけますよ」
 優しい笑顔で私を見つめるエレノールさん。昔から私の傍に居てくれた人かと、錯覚してしまいそうな程の安心感を与えてくれる。本当に出会いや、人の縁と言うものは分からないものだと思う。
 恥ずかしい姿を見せてしまったが、エレノールさんはそんな事を気にする様子も無く、身支度の手伝いをしてくれた。
 気にしないように装い、気遣ってくれていたのだろう。
「さあ、スープを温めておきますから、落ち着いたら来て下さい」
 手際よくベッドの整理をすると、エレノールさんは部屋を出て行ってしまった。
 一人では気が滅入るように思えたので、後を追うように父の待つ部屋へと移動する。
 そのには見事に朝食の用意がされ、スープが出てくるのを待つだけになっていた。
「エレノールさんはすごいなあ」
 椅子に腰掛けながら、食卓の上の物を眺める。
「朝食なので、手をかけるようなものはご用意してないですよ」
 スープを手に、エレノールさんが謙遜した。
「そんな事はないですよ、これだけでも立派なものです」
 父の言うように、パンにも野菜をはさむなどひと手間加えて有り、卵と野菜を炒めたものや、煮込んだ肉のスライスなども乗っている。それにスープ。自分ではこれを朝から作るのは無理だなと思った。
「さぁさ、お嬢様は今日は大変な一日になりますから、しっかり食べて、頑張って頂かないと」
 エレノールさんの笑顔に、へこんでいた気持ちが癒されるのを感じた。
「ありがとう、エレノールさん」
 私は感謝の気持ちを言葉にした。
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