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第一部:第十二章 幕開け

(三)母の夢②

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 私は母の夢を見て目を覚ました。
 とても懐かしい夢だった。
 大好きだった母。

 この後、母は病を患って亡くなった。
 カンフォール村で養生していたものの、結局治癒すること無く息を引き取った。
 最初は死ぬということがどういうことか分からなかった。日に日に衰えていく母を目にしていたものの、私は元気になると信じていた。だから亡くなった時もきっと眠っているだけなのだと思っていた。
 だが、母が多くの人に涙で見送られ、埋葬された時に初めて、もう会えないのだと悟った。
 悲しくて悲しくていっぱい泣いた。
 毎日、毎日…。
 泣いている私の所へ、ターシャさんがやってきて私の悲しみを和らげてくれた。
 村のみんなが家族のように、娘のように受け入れ、私をいたわってくれた。
 嬉しかった。けれど、悲しみが無くなる事はない。
 みんなが家に帰り居なくなって夜になると、寂しくてまた泣いた。
 そんな時、父が言った言葉で、私は少しだけ立ち直った。
「ラーソルは、かーさまとどんな約束をしたんだ? かーさまとの約束は守らないといけないな」
 そうだ、私はかーさまと約束をしていた。
 騎士になるのだと。

 それから私は「きし」になるため、必死に木の枝を振り回した。
 すぐに手が豆だらけ、傷だらけになり、痛くて泣いた。
 それでも、傷口が塞がると、また始めた。
 涙が出るのをこらえながら、剣に見立てた枝を手に、村を駆け回った。
 やがて見かねた村人が、手製の木剣をくれた。
 枝を木剣に持ち替え、来る日も来る日も振り回した。
 父に心配されたが、「かーさまとのやくそくだから」と伝えると、何も言わなくなった。
 父もまた病と闘っており、ベッドから出る事は稀で、私の相手をできる余裕など無かった。

 私は剣の正しい振り方も知らずに、毎日木剣を手に「きし」になろうと頑張った。
 そんなある日、旅の冒険者が私に、剣の正しい握り方と振り方を教えてくれた。
 切るものや試す相手が居なかったら、木の葉を切れとアドバイスしてくれたのを覚えている。
 野山に出る獣を追いかけるにはまだ弱かったし、小さな生き物を相手にするのも気が引けた。
 だから枝の先にある葉を狙って剣を振り続けた。

「魔力制御の練習をしなさい」
 父が時折口にする言葉だった。魔法を使うための訓練らしい。
 だが、「くりゅーすさま」は魔法など使っていない。剣で戦っていた。
 実際、絵本にはクリュースが魔法を使う描写など無かった。
 だから「きし」には魔法などいらないと思っていた。
 そんな時間があるなら、剣を振るのが正しいのだと信じて……。

 やがて剣が少しだけ上達し、木剣が葉っぱを捉えるようになり、楽しくて夢中になった。
 その頃には、もう涙は無かった。
 これでかーさまとの約束が守れる。
「きし」になれる。
 必死だった。

 ある日、村外れで木剣を振っていたら、群れからはぐれたと思われる一匹の狼と遭遇した。
 怖かった。
 それでも襲い掛かってくる狼相手に、剣を振り回した。
 爪が体をかすめて傷を作る。
 たった一匹の相手に、私は傷だらけになって立ち向かった。
 とても怖かったが、「きし」は負けてはいけない。
 私は泣きながら無我夢中で剣を振り、狼を追い払った。

 そのまま呆然としていたところを村人に発見され、大事には至らなかったが、血だらけの姿に村は大騒ぎになった。
 この時、何度「ごめんなさい」と言ったか覚えていない。
 けれど泣いて謝り続ける私を、ターシャさんが抱き寄せてくれた。
「お嬢様が無事ならそれでいいんです」
 この一言で、みんなが何も言わなくなった。
 誰もが黙って私を見つめるその様子が怖くて、私はまた泣いた。
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