105 / 439
第一部:第九章 エラゼルとラーソルバール(前編)
(二)エラゼルの姉③
しおりを挟む
(三)
「外の警備の者は何をしている!」
「バルコニーに人を回せ!」
「会場には入れるな!」
怒号が飛び交う。
その様子を見て、エラゼルはただ呆然として立ち尽くしているような娘では無かった。
騒然とする会場を、壇上から冷静に眺める。
「ロガリオ、私の剣を持ってきて」
近侍していた侍従に告げると、バルコニーを睨んだ。
「あの、赤いドレス……」
ラーソルバールは動けずにいた。
先程までは感じ取れていた気配が、騒然とした会場の音に紛れ、今は感じ取れない。
視界、息遣い、殺気、どうやって敵を見付けるか。
一瞬の遅れが命取りになる。
手負いの侵入者が、見透かしたように笑みを浮かべる。
そして懐から何かを取り出して飲み込む。
恐らくは解毒薬だろう、ラーソルバールは直感した。暗殺者の武器に毒が塗布されていたとしても不思議ではない。
腕からの毒が回る前に、対処したという所だろう。
「標的を逃したばかりか、小娘に翻弄されたとあっては我らの名に傷がつく」
ラーソルバールを指差し、嘲るように笑う。
お前を殺す、そう宣言しているに等しい。
だが、バルコニーという、そう大きくない空間にいつ何処から来るのか。
果たして、本当に最初の標的は自分なのか。ラーソルバールに迷いが生じる。
手負いの男は、毒が効いているのか、まだ思うように動けずに居る。
風が舞い、ラーソルバールの髪を揺らす。
そして夜の澄んだ空気と草木の匂いを運んでくる。
「どうした、動けないのか!」
男が挑発する。
「イリアナ様、我々も彼女を助けに……」
護衛の一人が声を上げる。
「助けになれるのなら、行きなさい。邪魔をするだけなら、ここに居なさい」
「これでもデラネトゥス家の護衛でございます! 彼女の盾にはなれましょう!」
イリアナに詰め寄るように懇願する。
「ならばレガード、彼女は大切なお客様です。必ず守り抜きなさい」
「はい、御家の名誉のために!」
敬礼をすると人ごみを掻き分け、バルコニーへと駆け出した。
会場からは、ラーソルバールを支援するように、いくつかの魔法が投げかけられた。
防御強化、魔法盾、武器強化。
だが、毒刃がかすっただけでも死に至る可能性があるこの状況では、これらがあまり意味を成さない事をラーソルバール自身が知っている。
これだけ張り詰めた状態で動けないという経験が無いため、自身でも疲労感が増していくのが分かる。
ただ待つよりのは駄目だ。誘いをかけるしかない。
ラーソルバールは一瞬、疲れたふりをして構えを解く。
その瞬間、手負いの男の視線が動いた。
(そっちか!)
感じた殺気が迫る。
その瞬間だった。
「助勢いたします!」
青年がバルコニーに飛び込んできた。
「だめっ!」
ラーソルバールに向けられたはずの襲撃者の切っ先が、青年の肩を抉った。
「外の警備の者は何をしている!」
「バルコニーに人を回せ!」
「会場には入れるな!」
怒号が飛び交う。
その様子を見て、エラゼルはただ呆然として立ち尽くしているような娘では無かった。
騒然とする会場を、壇上から冷静に眺める。
「ロガリオ、私の剣を持ってきて」
近侍していた侍従に告げると、バルコニーを睨んだ。
「あの、赤いドレス……」
ラーソルバールは動けずにいた。
先程までは感じ取れていた気配が、騒然とした会場の音に紛れ、今は感じ取れない。
視界、息遣い、殺気、どうやって敵を見付けるか。
一瞬の遅れが命取りになる。
手負いの侵入者が、見透かしたように笑みを浮かべる。
そして懐から何かを取り出して飲み込む。
恐らくは解毒薬だろう、ラーソルバールは直感した。暗殺者の武器に毒が塗布されていたとしても不思議ではない。
腕からの毒が回る前に、対処したという所だろう。
「標的を逃したばかりか、小娘に翻弄されたとあっては我らの名に傷がつく」
ラーソルバールを指差し、嘲るように笑う。
お前を殺す、そう宣言しているに等しい。
だが、バルコニーという、そう大きくない空間にいつ何処から来るのか。
果たして、本当に最初の標的は自分なのか。ラーソルバールに迷いが生じる。
手負いの男は、毒が効いているのか、まだ思うように動けずに居る。
風が舞い、ラーソルバールの髪を揺らす。
そして夜の澄んだ空気と草木の匂いを運んでくる。
「どうした、動けないのか!」
男が挑発する。
「イリアナ様、我々も彼女を助けに……」
護衛の一人が声を上げる。
「助けになれるのなら、行きなさい。邪魔をするだけなら、ここに居なさい」
「これでもデラネトゥス家の護衛でございます! 彼女の盾にはなれましょう!」
イリアナに詰め寄るように懇願する。
「ならばレガード、彼女は大切なお客様です。必ず守り抜きなさい」
「はい、御家の名誉のために!」
敬礼をすると人ごみを掻き分け、バルコニーへと駆け出した。
会場からは、ラーソルバールを支援するように、いくつかの魔法が投げかけられた。
防御強化、魔法盾、武器強化。
だが、毒刃がかすっただけでも死に至る可能性があるこの状況では、これらがあまり意味を成さない事をラーソルバール自身が知っている。
これだけ張り詰めた状態で動けないという経験が無いため、自身でも疲労感が増していくのが分かる。
ただ待つよりのは駄目だ。誘いをかけるしかない。
ラーソルバールは一瞬、疲れたふりをして構えを解く。
その瞬間、手負いの男の視線が動いた。
(そっちか!)
感じた殺気が迫る。
その瞬間だった。
「助勢いたします!」
青年がバルコニーに飛び込んできた。
「だめっ!」
ラーソルバールに向けられたはずの襲撃者の切っ先が、青年の肩を抉った。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる