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第一部:第六章 後始末と始まり

(三)騒乱の臭い③

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「どうしたの、難しい顔して」
 シェラが昼食を持って、テーブルに戻ってきた。
 食堂で噂話に耳を傾けて居ました、とは言えない。
「ん、何でもない……。シェラは戻ってくるの遅かったね」
「今日は美味しそうなメニューばっかりだったから、悩んじゃったよ」
「食いしん坊」
 顔を見合せて笑う。
 それでも曇るラーソルバールの顔を、シェラは覗き込むようにして見る。シェラの仕草が少しだけ、ラーソルバールの心を和らげた。
「ねえ、シェラは民衆に……、自国民に剣を向ける事が出来る?」
「ん?、ああ、暴動の件か」
 シェラは言うなりそのまま考え込んでしまった。
「冷めちゃうよ」
 食事に手を付けずに悩む様子に、申し訳無くなり声をかけた。
「ああ、ごめん。考え込むと手が止まっちゃうんだ」
 ようやくスプーンを手に取ると、スープを口に運ぶ。それでもやはり上の空で、手が止まる。
 僅かな時間の後、考えがまとまったのだろう。ラーソルバールの瞳を見つめた。
「命令だからと言って、私はまだ言われるがままに剣を向ける事が出来ない。正騎士の方々はどう考えて行動していたのかな」
 シェラが導き出した、今の精一杯の答えだった。
 剣や魔法の腕を磨くだけでは駄目だ、という事を思い知らされる。
 フェスバルハ伯爵の言葉でも動揺し、今も悩んでいる。騎士になるには、まだまだ心が未熟だと痛感する。
「本心と、騎士としての任務は別だと言うことだよね。そこを分けて考えられるようになることが、正騎士になるってことなんだと思う。考えてみたけど、私にはまだ無理だわ」
 苦笑いして、パンを千切った。
 騎士になるため、心も友と一緒に強く育てて行こうと決めた。
 まだ歩みは遅いけれど。

 暴動発生から五日後、小さな事件が起きた。
 イスマイアの暴動で捕縛された男一人が、服毒による中毒で死亡したのである。男が毒を隠し持っていたか、他者による殺害かの判別もつかない。
 この日から始まる予定だった本格的な聴取で、男の背後関係を知られるのを恐れたのではないか、と噂された。
 イスマイアの暴動で捕縛された者は五十七名。
 そのうち身元が確認出来なかったのは、この男のみだった。
 三十代くらいの男で身元を証明する物を一切持っておらず、捕縛後ひたすら黙秘を通していた。
 男は暴動を率先して煽っており、周囲の制止も聞かずに破壊活動を行っていたところを騎士団に見つかり逃走している。その行動の怪しさから騎士団は手分けをして男を追い詰め、捕縛したのだった。
 収監前にも所持品の検査をしたが、男は何も所持していなかったと報告されている。逃亡中に捨てた可能性も有るが、それと分かる物は発見されていない。
 服毒死についても謎で、前述のように所持品無く面会者も無し。地下牢であるため、入口はひとつで窓もない。侵入者の痕跡も無く、牢内は魔法阻害効果が施されており、収監者は魔法が使用出来ないようになっている。
 では、どうやって毒を入手したのか。
 当然、疑われたのは監守達だった。彼等は一様に無実を主張し、『強制』の魔法による証言まで承諾した。
 嘘がつけない状態で、証言をすることになったが、結果は彼等の主張通り、死因には全く無関係という事が裏付けられただけだった。
 事件の重要参考人の死は、真相を更に暗闇へと引きずり込んだ。
 他に気になった事は無いか、手がかりが何でも良いから欲しい。調査に当たった者達に、焦りが募った。
 平行して、各地で収監されている扇動者にも国から調査員が派遣された。その動機の多くは金で買収されたから、という答えが多く、実際に不満が有ったという者も、少ないながらも混じっていた。
 買収した者の容姿や服装を聞いても、共通点も無く、その正体についても掴めていない。
 収監者達の身辺調査も行われたが、やはり手がかりになるようなものは見つからない。
 一方、調査の中で怪しい人物を取り逃がした、という報告もいくつか確認された。
 誰もが諦めた頃だった。
「そういえば……」
 何度目かの聴取の終わりに、監守の一人が思い出したように呟いた。
「男が断末魔の声を上げる少し前、一匹の蛾が飛んでいるのを見ました」
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