71 / 439
第一部:第六章 後始末と始まり
(三)騒乱の臭い③
しおりを挟む
「どうしたの、難しい顔して」
シェラが昼食を持って、テーブルに戻ってきた。
食堂で噂話に耳を傾けて居ました、とは言えない。
「ん、何でもない……。シェラは戻ってくるの遅かったね」
「今日は美味しそうなメニューばっかりだったから、悩んじゃったよ」
「食いしん坊」
顔を見合せて笑う。
それでも曇るラーソルバールの顔を、シェラは覗き込むようにして見る。シェラの仕草が少しだけ、ラーソルバールの心を和らげた。
「ねえ、シェラは民衆に……、自国民に剣を向ける事が出来る?」
「ん?、ああ、暴動の件か」
シェラは言うなりそのまま考え込んでしまった。
「冷めちゃうよ」
食事に手を付けずに悩む様子に、申し訳無くなり声をかけた。
「ああ、ごめん。考え込むと手が止まっちゃうんだ」
ようやくスプーンを手に取ると、スープを口に運ぶ。それでもやはり上の空で、手が止まる。
僅かな時間の後、考えがまとまったのだろう。ラーソルバールの瞳を見つめた。
「命令だからと言って、私はまだ言われるがままに剣を向ける事が出来ない。正騎士の方々はどう考えて行動していたのかな」
シェラが導き出した、今の精一杯の答えだった。
剣や魔法の腕を磨くだけでは駄目だ、という事を思い知らされる。
フェスバルハ伯爵の言葉でも動揺し、今も悩んでいる。騎士になるには、まだまだ心が未熟だと痛感する。
「本心と、騎士としての任務は別だと言うことだよね。そこを分けて考えられるようになることが、正騎士になるってことなんだと思う。考えてみたけど、私にはまだ無理だわ」
苦笑いして、パンを千切った。
騎士になるため、心も友と一緒に強く育てて行こうと決めた。
まだ歩みは遅いけれど。
暴動発生から五日後、小さな事件が起きた。
イスマイアの暴動で捕縛された男一人が、服毒による中毒で死亡したのである。男が毒を隠し持っていたか、他者による殺害かの判別もつかない。
この日から始まる予定だった本格的な聴取で、男の背後関係を知られるのを恐れたのではないか、と噂された。
イスマイアの暴動で捕縛された者は五十七名。
そのうち身元が確認出来なかったのは、この男のみだった。
三十代くらいの男で身元を証明する物を一切持っておらず、捕縛後ひたすら黙秘を通していた。
男は暴動を率先して煽っており、周囲の制止も聞かずに破壊活動を行っていたところを騎士団に見つかり逃走している。その行動の怪しさから騎士団は手分けをして男を追い詰め、捕縛したのだった。
収監前にも所持品の検査をしたが、男は何も所持していなかったと報告されている。逃亡中に捨てた可能性も有るが、それと分かる物は発見されていない。
服毒死についても謎で、前述のように所持品無く面会者も無し。地下牢であるため、入口はひとつで窓もない。侵入者の痕跡も無く、牢内は魔法阻害効果が施されており、収監者は魔法が使用出来ないようになっている。
では、どうやって毒を入手したのか。
当然、疑われたのは監守達だった。彼等は一様に無実を主張し、『強制』の魔法による証言まで承諾した。
嘘がつけない状態で、証言をすることになったが、結果は彼等の主張通り、死因には全く無関係という事が裏付けられただけだった。
事件の重要参考人の死は、真相を更に暗闇へと引きずり込んだ。
他に気になった事は無いか、手がかりが何でも良いから欲しい。調査に当たった者達に、焦りが募った。
平行して、各地で収監されている扇動者にも国から調査員が派遣された。その動機の多くは金で買収されたから、という答えが多く、実際に不満が有ったという者も、少ないながらも混じっていた。
買収した者の容姿や服装を聞いても、共通点も無く、その正体についても掴めていない。
収監者達の身辺調査も行われたが、やはり手がかりになるようなものは見つからない。
一方、調査の中で怪しい人物を取り逃がした、という報告もいくつか確認された。
誰もが諦めた頃だった。
「そういえば……」
何度目かの聴取の終わりに、監守の一人が思い出したように呟いた。
「男が断末魔の声を上げる少し前、一匹の蛾が飛んでいるのを見ました」
シェラが昼食を持って、テーブルに戻ってきた。
食堂で噂話に耳を傾けて居ました、とは言えない。
「ん、何でもない……。シェラは戻ってくるの遅かったね」
「今日は美味しそうなメニューばっかりだったから、悩んじゃったよ」
「食いしん坊」
顔を見合せて笑う。
それでも曇るラーソルバールの顔を、シェラは覗き込むようにして見る。シェラの仕草が少しだけ、ラーソルバールの心を和らげた。
「ねえ、シェラは民衆に……、自国民に剣を向ける事が出来る?」
「ん?、ああ、暴動の件か」
シェラは言うなりそのまま考え込んでしまった。
「冷めちゃうよ」
食事に手を付けずに悩む様子に、申し訳無くなり声をかけた。
「ああ、ごめん。考え込むと手が止まっちゃうんだ」
ようやくスプーンを手に取ると、スープを口に運ぶ。それでもやはり上の空で、手が止まる。
僅かな時間の後、考えがまとまったのだろう。ラーソルバールの瞳を見つめた。
「命令だからと言って、私はまだ言われるがままに剣を向ける事が出来ない。正騎士の方々はどう考えて行動していたのかな」
シェラが導き出した、今の精一杯の答えだった。
剣や魔法の腕を磨くだけでは駄目だ、という事を思い知らされる。
フェスバルハ伯爵の言葉でも動揺し、今も悩んでいる。騎士になるには、まだまだ心が未熟だと痛感する。
「本心と、騎士としての任務は別だと言うことだよね。そこを分けて考えられるようになることが、正騎士になるってことなんだと思う。考えてみたけど、私にはまだ無理だわ」
苦笑いして、パンを千切った。
騎士になるため、心も友と一緒に強く育てて行こうと決めた。
まだ歩みは遅いけれど。
暴動発生から五日後、小さな事件が起きた。
イスマイアの暴動で捕縛された男一人が、服毒による中毒で死亡したのである。男が毒を隠し持っていたか、他者による殺害かの判別もつかない。
この日から始まる予定だった本格的な聴取で、男の背後関係を知られるのを恐れたのではないか、と噂された。
イスマイアの暴動で捕縛された者は五十七名。
そのうち身元が確認出来なかったのは、この男のみだった。
三十代くらいの男で身元を証明する物を一切持っておらず、捕縛後ひたすら黙秘を通していた。
男は暴動を率先して煽っており、周囲の制止も聞かずに破壊活動を行っていたところを騎士団に見つかり逃走している。その行動の怪しさから騎士団は手分けをして男を追い詰め、捕縛したのだった。
収監前にも所持品の検査をしたが、男は何も所持していなかったと報告されている。逃亡中に捨てた可能性も有るが、それと分かる物は発見されていない。
服毒死についても謎で、前述のように所持品無く面会者も無し。地下牢であるため、入口はひとつで窓もない。侵入者の痕跡も無く、牢内は魔法阻害効果が施されており、収監者は魔法が使用出来ないようになっている。
では、どうやって毒を入手したのか。
当然、疑われたのは監守達だった。彼等は一様に無実を主張し、『強制』の魔法による証言まで承諾した。
嘘がつけない状態で、証言をすることになったが、結果は彼等の主張通り、死因には全く無関係という事が裏付けられただけだった。
事件の重要参考人の死は、真相を更に暗闇へと引きずり込んだ。
他に気になった事は無いか、手がかりが何でも良いから欲しい。調査に当たった者達に、焦りが募った。
平行して、各地で収監されている扇動者にも国から調査員が派遣された。その動機の多くは金で買収されたから、という答えが多く、実際に不満が有ったという者も、少ないながらも混じっていた。
買収した者の容姿や服装を聞いても、共通点も無く、その正体についても掴めていない。
収監者達の身辺調査も行われたが、やはり手がかりになるようなものは見つからない。
一方、調査の中で怪しい人物を取り逃がした、という報告もいくつか確認された。
誰もが諦めた頃だった。
「そういえば……」
何度目かの聴取の終わりに、監守の一人が思い出したように呟いた。
「男が断末魔の声を上げる少し前、一匹の蛾が飛んでいるのを見ました」
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる