上 下
58 / 439
第一部:第五章 ラーソルバールの休暇(後編)

(三)帰宅②

しおりを挟む
 それにしても伯爵は良く同行を許したものだと思う。その疑問には次のような答えが返ってきた。
「伯爵様には『休暇』という形でお許し頂きました」
 そう答えたメイドの顔には、したたかな笑みが浮かべられていた。
 休暇以外の手も何か使った事は想像に難くないが、ラーソルバールはそれ以上怖くて聞けなかった。
「私も王都に行きたかったから、丁度良いんです。このお屋敷のメイドは私だけではありませんからね」
 準備が出来たところで、荷物を持ち、メイドと共に玄関ホールに移動する。そこには、カンフォール村から一緒にやってきた二人も居た。
「すみませんでした。お二人にはご迷惑をお掛けしてしまって」
「いやいや、お嬢様のため、村のためであれば全く問題有りませんよ。昨晩は美味い飯も食わせて頂きましたし」
 疲れも見せず、意外に上機嫌な二人を見て、ラーソルバールは少しだけ安心した。
「私はこのまま王都に戻ることになってしまいましたので、お二人とは途中までしかご一緒できません。私の乗ってきた馬もお預けすることになり、本当に心苦しいのですが……」
 頭を下げようとするラーソルバールを、男たちは制止する。
「またフラフラになられるよりは良いですよ」
「そうそう」
 ここが伯爵邸の中でなければ、二人は大声で笑って居たことだろう。ラーソルバールは二人の手を取り、感謝の意を表した。

 間もなく伯爵と執事が現れた。
「待たせたな」
 伯爵は登城するため、正装をしており、昨晩とはかなり雰囲気が違った。国王との謁見を予定しているためか、張り詰めたような険しい顔をしているように見える。
 だが留守を預かる家族三人は、特に昨晩と変わるところが無い。
「ラーソルバールちゃん、また来て頂戴ね」
「そう出来れば良いのですが、私にとっては、伯爵家は恐れ多くて気軽に来れるような場所ではありませんよ」
 今回は特別。事前連絡も無く、突然訪れるような事はもうしないだろう。優しく迎え入れてくれたが、かなり失礼な事をしたという自覚は有る。
 グリュエルには、いずれ剣の相手をするという約束をさせられたが、他にはラーソルバールにとってマイナスになるような要求はして来なかった。もっとも、何も要求される事は無いはずと、確信を持ってフェスバルハ伯爵の元を訪れた訳だが。
「皆様、お世話になりました。またお会い出来る日を楽しみにしております」
「次はラーソルバールの社交界デビューの時だな。楽しみにしているぞ」
 アントワールの言葉で、忘れていた事を思い出した。
 貴族階級の者は十五才になると、社交界に強制的に連れ出される。もうすぐ誕生日を迎えるラーソルバールも例外ではない。
「おおそうか。その時は我が家が後援しよう」
 伯爵がまでこの話に乗る流れはまずい。
「急ぎましょう、陛下をお待たせする訳にはいきません」
「そうだった。さあ、行くぞ」
 伯爵の言葉を受け、振り返ってお辞儀をしてから馬車に乗り込む。
 乗り合い馬車と比べ、遥かに快適な空間だが、凝った装飾が有るわけでもなく、機能美を意識して作られた物のようだった。
 道中の馬車の中で、伯爵は執事と行政について話し始めた。余計な事をして、会話の邪魔をするような事はできない。黙って外の風景を眺めているほか無かった。

 同行していたカンフォール村の二人と別れ、しばらくしてから昼食休憩となった。
 腹ごしらえが終わって、また馬車に揺られていると、ラーソルバールは睡魔に襲われた。抗うことができず、隣に座るメイドに寄り掛かるように眠ってしまった。
「昨晩は寝付けなかったようですので……」
 メイドが向かいに座る伯爵に、小声で伝える。
「色々と堂に入った所は有るが、やはり年相応ということだな」
「左様で御座いますな」
 伯爵と執事は、顔を見合せ小さく笑った。向かいで眠る少女を起こさぬように。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...