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第一部:第四章 ラーソルバールの休暇(前編)
(二)カンフォール村③
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「今からじゃ夕食の手配は出来ないから、隣の酒場で食べておくれ。私から言っておくから」
酒場で今と同じようなやり取りをするのは、さすがに辛いので、女将に任せるのが良いだろう。一瞬だけのやりとりで、どっと疲れが出るのを感じた。
「ひとつ良いかい? ラーソルちゃんって何者なんだい?」
「ここの領主様である、ミルエルシ男爵のご息女だよ」
それを聞いてもメルーナは特に驚かなかった。
行きずりの相手に家名を教えるものでも無いだろうし、余計な気を使わせない為の配慮だったかもしれない。
「なるほどねえ。貴族らしいと言えばらしいし、らしくないといえばらしくない。不思議な娘だねえ」
「綺麗だし可愛らしいし、素直だし優しいし気さくだし、無邪気でお転婆でおっちょこちょいだけど、この村の者はみんなお嬢様の事が大好きなんだよ」
女将の顔は、恋人か自分の愛しい娘を語るかのように、生き生きとして嬉しそうに見えた。余程、あの娘が好きなのだろう。メルーナはちょっとだけ吹き出しそうになりながらも、笑いを堪えた。
「貴族らしくないって言えばね、ここに来る道中、隊商が盗賊共に襲われている所に遭遇したんだが、あの娘ったら制止も聞かずに、私らを置いて切り込んで行っちまったんだよ。あん時は肝が冷えたわ……」
女将も苦笑いしているが、そういう性格だと知っているのか、慌てる様子もない。
「で、盗賊をぶちのめしたんだろ?」
「あっという間に四人もだよ? まさに疾風の如く。貴族様ってのは安全な場所にどっかり座ってるもんだと思ってたが、違うのかねえ」
「あのお嬢様だからねえ、驚かないよ」
自分の事でも無いのに、女将がどこか誇らしげに見える。
「剣も心も強いね、あの娘は」
「剣の腕だけなら、国の猛者ともやれるんじゃないか」
さすがにそこまで強くはないだろう。
先程までの話を聞いている感じでは、誇張と願望が入っていると思って間違い違いないだろう。メルーナは話半分で受け取っておく事にした。
「けどね、お嬢様は決して、心の強いすごい子なんかじゃない。普通の子だよ。奥方様が亡くなった時、まだ幼かったお嬢様は、ずっと泣いていたんだよ。まだ甘えたい年頃だっていうのに、なぜ神様はこんな酷いことをするんだ、って思ったよ」
女将が悲しそうな顔をしているので、メルーナは何も言えない。他所者の自分がこんな話を聞いても良いのだろうかとさえ思う。
それでも女将は話を続けた。
「領主様も奥方様もお優しくて素敵な方でね、村人は御二人を慕ってたんだよ。奥方様はお嬢様を凄く可愛がっておられた。だから奥方様が亡くなった時、お嬢様の悲しみは深かったと思うよ。あの可愛いお嬢様が、ただ泣き続けるのを放って置けなくて、この村の女達は全員がお嬢様の母親になるんだ、って決めたのさ」
女将は当時を思い出すようにしながら、ゆっくりと話を続ける。
「しばらくして泣くことも減って、笑顔が戻ってきた頃には、みんなが少しだけ安心したけど、きっと泣きたいのを我慢してるに違いないって思ってた。それがきっとお嬢様も分かってたんだろうね。強く振る舞って、自分の事よりも村人の事を大事にして、誰にでも優しくして……。だから、私達も全力で支えたい。お嬢様を泣かすやつは絶対許さない。そう誓ったのさ」
愛されている理由が、メルーナにも分かった気がした。
半日一緒に居ただけだが、人を惹き付ける力があるのは何となく感じていた。漠然としていたものが、今の話で理解できた。
そうこうしているうちに、荷降ろしを終えたドゥンガが宿に入ってきた。
「メルーナ、やっぱりラーソルちゃん、いいねえ。息子の嫁にし……」
「やんないよ!」
上機嫌のドゥンガに、女将の怒り顔が向けられた。
なぜ睨まれるのか理解できないドゥンガは、困った顔を浮かべると、メルーナに目で助けを求める。
だが、女将の「お嬢様愛」を聞いていたメルーナは、即座に視線を逸らすと、知らんぷりを決め込んだ。
酒場で今と同じようなやり取りをするのは、さすがに辛いので、女将に任せるのが良いだろう。一瞬だけのやりとりで、どっと疲れが出るのを感じた。
「ひとつ良いかい? ラーソルちゃんって何者なんだい?」
「ここの領主様である、ミルエルシ男爵のご息女だよ」
それを聞いてもメルーナは特に驚かなかった。
行きずりの相手に家名を教えるものでも無いだろうし、余計な気を使わせない為の配慮だったかもしれない。
「なるほどねえ。貴族らしいと言えばらしいし、らしくないといえばらしくない。不思議な娘だねえ」
「綺麗だし可愛らしいし、素直だし優しいし気さくだし、無邪気でお転婆でおっちょこちょいだけど、この村の者はみんなお嬢様の事が大好きなんだよ」
女将の顔は、恋人か自分の愛しい娘を語るかのように、生き生きとして嬉しそうに見えた。余程、あの娘が好きなのだろう。メルーナはちょっとだけ吹き出しそうになりながらも、笑いを堪えた。
「貴族らしくないって言えばね、ここに来る道中、隊商が盗賊共に襲われている所に遭遇したんだが、あの娘ったら制止も聞かずに、私らを置いて切り込んで行っちまったんだよ。あん時は肝が冷えたわ……」
女将も苦笑いしているが、そういう性格だと知っているのか、慌てる様子もない。
「で、盗賊をぶちのめしたんだろ?」
「あっという間に四人もだよ? まさに疾風の如く。貴族様ってのは安全な場所にどっかり座ってるもんだと思ってたが、違うのかねえ」
「あのお嬢様だからねえ、驚かないよ」
自分の事でも無いのに、女将がどこか誇らしげに見える。
「剣も心も強いね、あの娘は」
「剣の腕だけなら、国の猛者ともやれるんじゃないか」
さすがにそこまで強くはないだろう。
先程までの話を聞いている感じでは、誇張と願望が入っていると思って間違い違いないだろう。メルーナは話半分で受け取っておく事にした。
「けどね、お嬢様は決して、心の強いすごい子なんかじゃない。普通の子だよ。奥方様が亡くなった時、まだ幼かったお嬢様は、ずっと泣いていたんだよ。まだ甘えたい年頃だっていうのに、なぜ神様はこんな酷いことをするんだ、って思ったよ」
女将が悲しそうな顔をしているので、メルーナは何も言えない。他所者の自分がこんな話を聞いても良いのだろうかとさえ思う。
それでも女将は話を続けた。
「領主様も奥方様もお優しくて素敵な方でね、村人は御二人を慕ってたんだよ。奥方様はお嬢様を凄く可愛がっておられた。だから奥方様が亡くなった時、お嬢様の悲しみは深かったと思うよ。あの可愛いお嬢様が、ただ泣き続けるのを放って置けなくて、この村の女達は全員がお嬢様の母親になるんだ、って決めたのさ」
女将は当時を思い出すようにしながら、ゆっくりと話を続ける。
「しばらくして泣くことも減って、笑顔が戻ってきた頃には、みんなが少しだけ安心したけど、きっと泣きたいのを我慢してるに違いないって思ってた。それがきっとお嬢様も分かってたんだろうね。強く振る舞って、自分の事よりも村人の事を大事にして、誰にでも優しくして……。だから、私達も全力で支えたい。お嬢様を泣かすやつは絶対許さない。そう誓ったのさ」
愛されている理由が、メルーナにも分かった気がした。
半日一緒に居ただけだが、人を惹き付ける力があるのは何となく感じていた。漠然としていたものが、今の話で理解できた。
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なぜ睨まれるのか理解できないドゥンガは、困った顔を浮かべると、メルーナに目で助けを求める。
だが、女将の「お嬢様愛」を聞いていたメルーナは、即座に視線を逸らすと、知らんぷりを決め込んだ。
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