40 / 439
第一部:第四章 ラーソルバールの休暇(前編)
(一)通り雨のあとで②
しおりを挟む
昼を過ぎた頃、雨が降り始めた。
次第に雨足が強くなり、近付く風上の雲が黒く見える。雨が激しくなりそうなのを見越して、馬車を大きな木の下に停めて休憩することにした。
近くには森が見えるが、そこで休めば獣か怪物に襲われる危険もある。それは誰もが経験で知っている。このまま移動しようにも足場が悪くなると、馬も転倒する恐れがある。荷物も濡れては困るものがあり、無理はできない。
「通り雨ですかね」
ラーソルバールは、激しい雨を降らせる天を恨めしげに仰いだ。
「だといいね」
メルーナが微笑みながら同意した。
雨が止むのを待っている間は、する事が無い。ただ、空を眺めて雨雲が通り過ぎるのを待つしかない。
暫くすると、向こうの空が明るくなり、雨足が弱まってきた。
「行きますよ」
御者が声をかけてきた。念のために周囲を確認するが、特に気配もない。
動き出した馬車は先程よりも速度を落とし、泥をはねながら進む。止みかけの雨を見上げながら揺られていると、馬車が急に止まった。
「前方で隊商が襲われているようです」
御者の声に、ラーソルバールは身を乗り出した。こちらも気付かれている可能性も有るが、そうでないとしても見過ごす事は出来ない。
「賊ですか?」
「そのようです」
身を乗り出して目を凝らすと、隊商の護衛は四人、襲撃者は七、八人程だろうか。数の上では明らかに隊商が不利だ。
「援護に行ってきます。お二人は、この馬車を守って居てください」
「ラーソルバールちゃん! 駄目よ!」
メルーナが制止しようとするが、笑顔でそれを振り切った。
「ここで見ないふりをしたら、私は将来の夢を語れません!」
馬車を飛び降りると、遠くに見える馬車まで走る。踏み固められた土の道は、雨にも関わらず、泥濘が少ない。
大丈夫。ラーソルバールは自分自身にそう言い聞かせて剣を抜いた。雨を弾いて剣が淡く青白く揺らめく。
「助力致します!」
護衛の一人は深手を負い、既に下がっている。
二人程が地に倒れているのが見えるが、護衛か賊か判別している余裕はない。
「危ないから来るな!」
ラーソルバールに気付いた護衛の一人が、彼女を子供と見て叫んだ。
そう言い終わる頃、ラーソルバールは向かってきた賊が持っていた剣を弾き飛ばし、柄でみぞおちに強烈な一撃を加えていた。激痛のあまり賊は悶えるように、その場に倒れ込んだ。
仲間が一人倒された事により、賊達から子供という侮りは消えた。
「その小娘を捕まえろ、売れば金になる!」
賊の大男が叫んだ。賊の頭領だろうか。
頭を倒してしまえば賊の戦意は喪失し、逃亡してしまうだろう。しかし、街道の安全を確保するためには、全員捕らえる必要が有り、逃げられてしまっては意味が無い。
賊の二人が襲いかかって来たが、一度に相手をしなくて済むよう、ラーソルバールは片方の男の右脇に回り込んだ。
目の前の相手が振り下ろしてきた剣の軌道を自らの剣で軽く当てて逸らし、横に飛ぶ。そのまま反動をつけると、切りかかってきたもう一人の賊の頬を、剣の平で思い切り叩いた。
脳を揺らされた賊はよろめき、仲間同士で激突して二人とも倒れ込んだ。
ラーソルバールは、すぐに倒れている無傷な方の賊の顎を踵で強く蹴り上げて気を失わせ、護衛の援護に駆け寄る。その一瞬の出来事を目撃していた賊は、今だに数的有利だということを忘れたかのように慌てた。動揺によって出来た隙を突いて、護衛の男が賊を一人切り伏せると、両者の動ける人数は同数となった。
次第に雨足が強くなり、近付く風上の雲が黒く見える。雨が激しくなりそうなのを見越して、馬車を大きな木の下に停めて休憩することにした。
近くには森が見えるが、そこで休めば獣か怪物に襲われる危険もある。それは誰もが経験で知っている。このまま移動しようにも足場が悪くなると、馬も転倒する恐れがある。荷物も濡れては困るものがあり、無理はできない。
「通り雨ですかね」
ラーソルバールは、激しい雨を降らせる天を恨めしげに仰いだ。
「だといいね」
メルーナが微笑みながら同意した。
雨が止むのを待っている間は、する事が無い。ただ、空を眺めて雨雲が通り過ぎるのを待つしかない。
暫くすると、向こうの空が明るくなり、雨足が弱まってきた。
「行きますよ」
御者が声をかけてきた。念のために周囲を確認するが、特に気配もない。
動き出した馬車は先程よりも速度を落とし、泥をはねながら進む。止みかけの雨を見上げながら揺られていると、馬車が急に止まった。
「前方で隊商が襲われているようです」
御者の声に、ラーソルバールは身を乗り出した。こちらも気付かれている可能性も有るが、そうでないとしても見過ごす事は出来ない。
「賊ですか?」
「そのようです」
身を乗り出して目を凝らすと、隊商の護衛は四人、襲撃者は七、八人程だろうか。数の上では明らかに隊商が不利だ。
「援護に行ってきます。お二人は、この馬車を守って居てください」
「ラーソルバールちゃん! 駄目よ!」
メルーナが制止しようとするが、笑顔でそれを振り切った。
「ここで見ないふりをしたら、私は将来の夢を語れません!」
馬車を飛び降りると、遠くに見える馬車まで走る。踏み固められた土の道は、雨にも関わらず、泥濘が少ない。
大丈夫。ラーソルバールは自分自身にそう言い聞かせて剣を抜いた。雨を弾いて剣が淡く青白く揺らめく。
「助力致します!」
護衛の一人は深手を負い、既に下がっている。
二人程が地に倒れているのが見えるが、護衛か賊か判別している余裕はない。
「危ないから来るな!」
ラーソルバールに気付いた護衛の一人が、彼女を子供と見て叫んだ。
そう言い終わる頃、ラーソルバールは向かってきた賊が持っていた剣を弾き飛ばし、柄でみぞおちに強烈な一撃を加えていた。激痛のあまり賊は悶えるように、その場に倒れ込んだ。
仲間が一人倒された事により、賊達から子供という侮りは消えた。
「その小娘を捕まえろ、売れば金になる!」
賊の大男が叫んだ。賊の頭領だろうか。
頭を倒してしまえば賊の戦意は喪失し、逃亡してしまうだろう。しかし、街道の安全を確保するためには、全員捕らえる必要が有り、逃げられてしまっては意味が無い。
賊の二人が襲いかかって来たが、一度に相手をしなくて済むよう、ラーソルバールは片方の男の右脇に回り込んだ。
目の前の相手が振り下ろしてきた剣の軌道を自らの剣で軽く当てて逸らし、横に飛ぶ。そのまま反動をつけると、切りかかってきたもう一人の賊の頬を、剣の平で思い切り叩いた。
脳を揺らされた賊はよろめき、仲間同士で激突して二人とも倒れ込んだ。
ラーソルバールは、すぐに倒れている無傷な方の賊の顎を踵で強く蹴り上げて気を失わせ、護衛の援護に駆け寄る。その一瞬の出来事を目撃していた賊は、今だに数的有利だということを忘れたかのように慌てた。動揺によって出来た隙を突いて、護衛の男が賊を一人切り伏せると、両者の動ける人数は同数となった。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる