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第一部:第三章 学校生活

(三)思い出と因縁(前編)②

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 エラゼルの苛立ちが怒りに変わる頃、当の本人はその事を全く知らずに居た。
「ミルエルシさん、歴史教えて」
 同じクラスの生徒が時折やってくる。
 いいよ、と言って教えるが、聞かれるのは試験の範囲内の話。
 歴史は何本もの糸が捻れたり解れたりしているもの。点で教えても役には立たないと思っている。ひとつの出来事が有ったから、次の出来事に繋がる。しかし、最初にあった出来事に見えるものも、それ以前の出来事に由来している事が多い。
 面倒なのはそれが暦でいうと何年にあたるのか、という暗記だけだ。それも時系列が分かれば案外簡単だと、ラーソルバールは考えている。試験の結果が欲しい者達は、聞きに来た事で点数が変わったのだろうか、と時折疑問に思う。
「おかげで助かったよ」
 試験後に礼を言われる事もあるので、それなりに役に立っているのかも知れない。
 ラーソルバールは国内外問わず歴史が好きで、それが試験結果に繋がっている。だが、好きな分野の問題に答えているだけなので、解答の正誤は気にしても点数には興味は無い。
 あえて言うなら他の教科は良いか悪いかさえも、あまり気にしていない。
 当然、校内順位など見ようと思った事は一度も無かった。
 誰かの噂で常にエラゼルが凄い結果を残している、ということは知っていたが、よもや自分が敵視される存在になっているとは思いもしなかった。

 エラゼルが他人に厳しくなったのは、この頃からだった。
 歴史以外でも、他教科で納得のいかない成績に終わることがある。
 次回には取り戻すが、果てなく続くのではないかと思えるような繰り返しに疲れてきていた。エラゼルは次第に、募る苛立ちを他者にぶつけるようになってきていた。
「エラゼルは見た目は可愛いけど、近寄りがたくて怖い」
 男子生徒の会話を耳にした時だった。
「無礼者! 私はあなた方に評価されるような者ではありません」
 溜まっていた鬱憤が、噴き出した。
 これが八つ当たりだという事も分かっている。
 誰とも接点を持とうとしなかった事で、自らが作り上げてしまった環境だという事も理解していた。
 エラゼルは他の上級貴族とは異なり、子分のような存在を持つことも無く、まさに一匹狼のような存在だった。彼女から他者を攻撃する事は無いし、彼女と接点を持とうとさえしなければ全く無害な存在だけに、恨まれたりする事もない。
 反面、容姿や能力、家柄といったものが憧憬や嫉妬の対象にはなるのだが、彼女はそうした周囲の雑音を一切気に留めない。
 彼女にとって気になる相手は、ただ一人だけだった。

 エラゼルに友人でも出来ていれば、「ラーソルバール・ミルエルシとは誰か」と聞くことができただろう。
 逆に、ラーソルバールはエラゼルを知ってはいたが、特に接点を持とうと思うことが無かった。互いの立ち位置が、結果的にその機会を遅くしていたということになる。
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