上 下
14 / 439
第一部:第一章 夢への第一歩

(四)共に一歩③

しおりを挟む
「そういや、もう一人の馬鹿は?」
 思い出したようにガイザが続けた。
「フォッチョが来るわけないでしょ、昨日たまたま道で会ったら『大臣になったら、お前を妾にしてやるから、有りがたく思え』と言う位だもん、大臣狙いで、騎士には興味ないでしょ」
 言うなり、ラーソルバールはむくれた。
 即座に相手を睨んで、追い払っただろう事は、想像に難くない。
「あれが大臣になったら最悪だわ。って…ええと、フォッチョってのは、エンガス卿の馬鹿デブ息子ね」
 今度はシェラのために、説明を入れることを忘れない。かなり酷い言い様ではあるが。
「エンガス卿? あー、袖の下局長か」
 公務の消耗品購入の際に、商人から賄賂を受け取って私腹を肥やしている、という噂のある貴族である。
 今のところ証拠が上がらず、そのままとなっている。当然評判は良くない。
「二人ともラーソルにご執心でね……」
 呆れたようにガイザが話を続けると、ラーソルバールはムッとしたように起き上がった。
「会えば妾だ側室だのと……、失礼でしょ!」
「本妻ならいいのか?」
「そこじゃない!」
 そのまま笑っていたら、危うくラーソルバールから、拳骨を食らうとところだった。
「仲がいいねぇ。」
 二人を見てシェラは微笑んだ。
「そんなことない!」
 二人が同時に否定したので、思わず三人で笑ってしまった。

 ひとしきり笑って落ち着くと、シェラはハーブが僅かに香る茶を美味しそうに飲み、クッキーをつまむ。ラーソルバールも続くようにクッキーに手を伸ばした。
 ほのかに甘いクッキーは、疲れた体には特別なご褒美だった。
「さて、全部終わったし、ゆっくりお茶とお菓子を満喫しようか」
 そう言うガイザも、クッキーには目がない事をラーソルバールは知っている。
 ラーソルバールは、一個目のクッキーをお茶で流し込むと、シェラの顔を見つめた。
「何かついてる?」
 視線に気づくと、シェラは慌てて口の回りに手をあてる。
 そんな仕草を見て、ラーソルバールは満面の笑みを浮かべた。
「ううん、違うよ。いい一日だったなぁって」
 試験の他に、良い友ができた事が嬉しかった。 今日だけでなく、この先も一緒に居てくれるといいな、純粋にそう思えた。

 暫し歓談した後、鐘の音が城下に響いた。
「さて、合格発表の時間だぞ!」
 ガイザは待っていたかのように立ち上がった。
「そんなに気合入れてると、落ちた時恥ずかしいよ」
 そう言うラーソルバール自身も、待ちに待ったその時が訪れ、高揚が抑えきれずにいた。
 対照的にシェラは不安を隠すような、どこかぎこちない笑顔を作っている。
「大丈夫。シェラだって、手応えは有ったんでしょ。筆記だって良かったみたいだし。浮かない顔してると、くすぐっちゃうよ!」
 ハッとした表情で、ラーソルバールに向き直るシェラ。
「ダメダメ! 私、くすぐられるの弱いの!」
「何と! ……ひっひっひ、ほらいくよー。」
「イヤー、やめてー!」
 この賑やかさも、鐘の音が響いた後では周囲の喧騒に紛れ、人目を引くものにはならない。
 皆が不安を押し殺していたのだろうか。鐘の音が期待と不安を混合し、噴出させたようで、そこかしこから、奇声や雄叫びのようなものが聞こえ始めた。
 慌しい人の流れは、合格発表が貼り出される正門近くの学舎前へと向かっていく。
 何かを呟きながら歩く者や、自信満々に胸を張って歩く者。それぞれが試験を終え、誰もが違った思いを抱えている。
 流れに続いて歩いていくと、間もなく合格発表の掲示場所に着いた。

 掲示には四桁の数字が、いくつも列記されていた。
 受付番号三番。
 先頭から探すことで、ラーソルバールはすぐに自分の番号を見つけることができた。
 番号を見つけた瞬間、今まで手を伸ばしても届かなかった、どうしても手に入れたかった物に、ようやく指先が触れる事ができた気がした。
 こみ上げて来る喜びの感情を抑えきれず、人に気付かれぬよう小さく拳を握った。そして、共に新たな一歩を踏み出す仲間たちが、笑顔に変わる瞬間を見て胸を撫で下ろすと、明日から変わるかもしれない生活に、思いを馳せていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...