仮面と刀の暗殺者

雨野じゃく

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5/7章 終わり

第3話   僕たちの杏の過去ともう一人の僕

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振り下ろそうとした。 
しかし振り下ろせなかった。 
 
体は刀を上段に構えたまま、硬直してしまっていた。 
振り下ろしたのは妄想の僕だった。 

僕は激怒する。 

まだ僕を止めるのか僕は、なぜだ! 

僕は固まったまま、目線を正面に向けていた。 

そして杏が目の前にいることに、再び気づいた。 

杏だ。
目の前に杏がいる。 

僕は仮面越しに、杏と目を合わせ続けていた。
杏の眼差しは鋭く、真剣だった。 

僕の体を蝕んでいる刀の浸食を意識しながら、僕は尋ねた。 

「どうしたの?杏?」 
僕の声は優しく、震えていた。 

「そうじゃないよ、どうしたの湊?」 
杏はそう言った。 

僕に再び涙が溜まる。
僕は涙をこぼさないように努める。 

「どうしたのって、僕は君を殺すんだよ?」 
こめかみが痛い。

僕はこの緊張を終わらせたい。 

「どうして、君をそうさせるのは何?」 
杏は優しく、しかし叱るような声色で僕に尋ねる。
 
「………なんだろうね、…わからない。だけど苦しいのはわかるんだ。僕はこの苦しみから逃れたい事だけは、わかるんだ。」 

一粒、涙がこぼれた。 

仮面をつけていてよかったと、頭の端っこでそう思った自分がいた。
 
「…分かったわ湊。私を傷つけたいのね?」 

「違う!」 

僕は杏がほほ笑んだように見えた。 

「…違うのね?…ほら、一つ分かったじゃない。こうやって、私とお話ししましょう。そうすればきっとよくなる。」 

僕の胸が暖かくなる。 

しかし体を楽にしたい。

さっきからこの体勢が、辛い。腕を振り下ろしたい。 
僕の体は、細かく震えている。

「いいのよ湊、私は死なないわ。一度振り下ろしてしまいましょう。」 
僕の様子を見限った杏は、ほほ笑みながら言った。 

僕は気が楽になった。
その一瞬で、刀は彼女の前に振り下ろされた。 

だめだ! 

僕は腕をねじった。 
刀は地面を裂き、杏に傷はつかなかった。 

「………ほら、あなたはできる人なのよ。」 
杏は言った。 

「さぁ湊、お話ししましょう。まずは私の手錠を外してほしいわ。」 

僕は放心しながらも刀を置いた。そしてレバーを引いた。
手錠は下に流れ、杏の手は下る。

そして僕は杏の手枷を引きちぎった。
杏は手をグーパーさせている。 

「助かったわ、ありがとうね」 
そう言って彼女は両手を僕の顔に近づけて、仮面を外した。 

「やっぱりあなた、かわいい顔してるわね。悔しいけどタイプよ。」 

その言葉は僕に明かりを灯した。 

「ねぇ湊、私が何で泉にいたと思う?」
杏は僕に尋ねた。 

「………クジラに会うため、だったよね?」 

「そう、クジラに会うため。じゃあなんでクジラに会おうとしていたと思う?」 

「………死ぬため?」 

僕は杏と出会った時のことを思い出していた。
なんで殺してくれないの、と言っていた気がする。 

「そう、半分正解ね。私は自分を殺すためにあそこにいた。私ね、あのおじいちゃんと一度会っているのよ。お城で。あのおじいちゃんが夜、私の枕元に現れたの。急に現れたものだから、びっくりしておしっこ出ちゃいそうになったわ。」 

杏は微笑して言った。 

「でね、私ちょうどその頃この体の原因を知ってね、死にたくなっていたの。そしたらおじいちゃんが、助かる方法があるって、私にあの場所に来るように言ったの。クジラが目印だといってね。そしてそのあとすぐいなくなっちゃったんだ。最初は自分が幻覚を見始めたのかと思ったけど、少しでも抵抗できるならって思ってね。この運命に。」 

「運命?」 

「私ね、人を殺しながら生きているの。私の魔法は、多くの人を犠牲にして成り立っているの。」 

どういうことなのだろう。 

「私が死ぬと、国で働いている人たちから集めた生気が、私に注ぎ込まれる仕組みになっているの。だから何度も死んだわ。その貯蓄をすべて無くしてしまえばって。でも無理だったわ、いくら死んでも彼らの命を無駄にするだけだったわ。国を治めるものとして、それは一番やってはいけないことなのに。」 

「でもどうして、そんなことに?」 

「私の父と母、国王と王女が私に魔法をかけたの。いえ、もうこれは呪いね。私の国は今、貧富の差がとても大きいの。しかも意図的に作られている。私はそれが許せない。でも私も、その一因なんだって、みんなを苦しめている原因なんだって、それが許せなくて、苦しくて。私はその貧困のうえで成り立っている国のお姫様、お金だけじゃなく、この体はみんなの生きがいも奪っている。魔法によって、国のシステムによって、みんなの魂を奪っている。」 

杏は唇をかみしめた。 

「それで…、みんなから命を奪っているのが嫌で、死のうとしたんだね?」 

「そう。私はそんな体で、王女の地位を受け継いで、生きていかなきゃいけなかった。」 

人を殺しながら生きていかなきゃいけない。 

「ごめんね、私の話になっちゃったね。」 
杏は微笑んでいる。 

「いいよ、もっと聞かせてよ」 

「…じゃぁもう一つだけ。それ聞いてもらったら、もうちょっとは楽になるかも…。………それとね、わたし、自分の人生が設計されていたの。」 

「設計…?」 

「うん、設計。私が何歳の何ヵ月の何日に、まるまるをする。みたいに。王を含めた、大人たちによって。」 

「な…」 

「私が勉強することとか、趣味にすることとか、王女になることとか、結婚する相手とか、…子供の数とかまでね。」

杏の口角は上がっていたが、目は笑っていない。 

「そのことを召使の子が話しているのを偶然聞いちゃって、その時、私のすることくらい私が決めなきゃ!…って思って、恐怖と怒りがわいてきちゃって、その日から強く抵抗するようになったんだ。………壁壊したりしてね。」 

杏は最後、自分に対して笑っていた。目には涙がたまっている
僕は笑えなかった。 

「そんなの、生きながら死んでいると思わない?」 
その言葉を言い、杏は涙をこぼした。 
 
「だから死んでやろうと思ったんだ。生きるために。私が生きるために死んでやろうと思った。」 
 
杏は涙をこぼしながら微笑んだ。 

僕は何も言えなかった。 

杏は僕に駆け寄ってきた。そして顔を僕の胸にうずめた。 

「胸かしてね」 

僕は彼女を抱きしめる 

何分間かそんな状態が続いていた。 

僕は杏を助けたい。 
僕の刀で切れるんじゃないか。
杏の呪いを断ち切る事が出来るんじゃないか。

わからない。

でも 

彼女を見る。 

「杏。」 

「うん?」 

杏は僕の目を見つめる。 

「僕が君の呪いを解く。できるかわからないけれど、でも本気で、やってみたくなった。助けたくなった。挑戦したくなった。できるかわからないけど、やってみたい。」
 
僕は大きく息を吸い込む。 
 
できるかわからないけど、やってみたい?
できるかわからないけど、やってみたい、という言葉に僕は反応している。
僕はは反応している。
僕は反応している。

なぜ反応している。 
僕が反応している理由はなんだ。
僕が反応している理由はなんだ。 
なぜ。
僕はこれまでできないと思っていた。 
僕はこれまでできないと思っていた、と思っている。
僕はこれまでできないと思っていた、と思っている。
なぜ。 
なぜ僕はこれまでできないと思っていた。 
やっていないのに。 
やってみなきゃわからないじゃないか。 
 
僕は当たり前のことを悟った。
悟る事が出来た。 
 
「湊?」 
「ありがとう。今、また君に助けられたよ。」 

僕は両手で杏の肩に乗せ、彼女を離す。 

「僕は君が好きだ。君のおかげで僕は、何度も救われた。そんな君を、僕は救いたい。助けさせてもらいたい。いや、そんな大きなことは正直、僕にできるかわからない。けれど、僕は君の力になりたいんだ。」 

杏は目を見開いて、僕を見ている。 

「あ、ありがとう…。気持ちは、…うれしいわ。本当よ。でも、私の呪いは…」 

「僕が刀で、君の呪いを断ち切る。」 

杏は僕の事を見つめている。 

「………分かったわ。あなたに、助けてもらいたい。…力を貸してちょうだい。」 
杏は言った。

僕はうなづいた。 

「ちょっと待っててほしい。その、僕を、見守っていてほしい。」 

僕は杏から離れ、床に落ちた刀を拾った。
刀から出てきた闇は少ない。 

僕は床に座り、刀を膝に乗せた。
ゆっくりと呼吸をする。
そして意識を呼吸に合わせ、自分の感覚を、心を、意識を眺め始める。
ありのままに観察する。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目を開けるとそこは、白い部屋だった。 
目の前に僕がいた。
僕は刀を構えている。 
僕はただ、彼を眺め続ける。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もう一人の僕は苦しんでいた。 
僕は眺め続けていたが、彼は限界だった。 
正面にいる僕は刀を構え、僕に突進してきた。
 
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


目を開けると目の前に、杏がいてくれた。 
「おかえり」彼女は僕にほほ笑んだ。 
「ただいま」僕も彼女にほほ笑んだ。 
そして僕は刀を握った。 

部屋は青色の光に包まれた。 
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