仮面と刀の暗殺者

雨野じゃく

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4/7章 中断

第1話   僕たちの絶望と慈悲

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〈中断〉 

「湊!大変なの!広場に蛇が、子供たちが!」 
杏は焦っていた。 

「その蛇がしゃべって、いえしゃべってはいないのだけれども…、あなたを連れて来いって!」
 
「落ち着いて、杏、蛇がどうしたの?」 

「広場で子供たちとおしゃべりしていたら、大きな蛇が急に目の前に現れて、子供を一人丸呑みしちゃったの!…そしたら湊をここへ呼べって、子供はまだ生きてるって、ただ連れてこないと殺すって!」 

蛇が僕を。 

嫌な予感だ。 

「わかった、急ごう。」 

僕は立ち上がり、部屋を出た。 

その蛇はきっと…。 
 



僕が広場につくと同時に、老婆も広場についたようだった。 

広場につくと、巨大な蛇がとぐろを巻いていた。 

僕は確信した。
間違いない。 

「さっきぶりだな、湊。」 

父だ。 

さっきぶり、そうか、時間が違うのか。 
 
僕は緊張している。
僕は緊張している。
僕は緊張している。 

前ほど緊張していないと感じている。
前ほど緊張していないと感じている。
前ほど緊張していないと感じている。

喜びの感情がある。喜びの感情がある。喜びの感情がある。 
 
父が実態じゃないからか、瞑想のおかげか、父を前にしても緊張は少ない。 

「父さん、子供を返してください。」 

「…懐かしいな、戻った気か?」 

僕は父上から父さんへ、呼び方が変わっていた。
そのことを指摘されただけで、僕の緊張は跳ね上がった。 

まずい。 

「凜はこれだ。」 

そういうと蛇は口を開けた。 

口の中から映像が映し出された。 

そこには手足を縛られ、つるし上げられている凜の姿が映った。 

「凜…!」 

「戻って来い、こいつは死ぬ。今こちら側に送り込んだ子供も。いや、この子供はお前になる。」 

凜は気絶していた。彼女の身体に傷がある。 

「とう…父上…。」 

「リュウダイ、お主は何がしたい。」 

隣に老婆がいた。彼女はほほ笑んでいる。 
 
蛇は老婆を一瞥しただけだった。 

「湊、お前は戻ることになる。それは変わらない。人間には迷う時間が必要だという者もいるが、それは嘘だ。答えは決まっている。それは言い訳にすぎない。」 

僕はどうする、迷い…。
いや、答えは決まっている…のか。 
 
僕は迷っている。
僕は迷っている。
僕は迷っている。 
 
なぜ迷っている。 

凜を助けたい。 
父を恐れているのか。戻れば、父と対面することになる。 
しかし、僕はそれを避けたがっている。 

結局、僕は臆病なのか。 

ここでの暮らしを続けたい。
杏と一緒にいたい。 
しかし、帰らなければいけない。 
 
僕は帰らなきゃいけないと感じている。
僕は帰らなきゃいけないと感じている。
僕は帰らなきゃいけないと感じている。 
 
なぜ帰らなければいけない、帰る必要はないじゃないか。 
凜を助けるなら僕は死ぬ。
いやしかし、帰ったところで、僕も凜も助かる確証はない。なぜ助けなきゃいけない。 

ここに残れば、僕は強くなる。
杏もいる。 

何が僕をそうさせる。 
この感情は、僕の中から出ている。

なぜ人を助けたいのか。 
なぜ人を助けなきゃいけないのか。

自分を犠牲にして。 

分からない。僕はわからない。 

「…行ってあげて、欲しい。」 

杏が僕に言った。 

「お願い…あの子を助けてあげて…!」 
「いや、でも…」 
「あなたはここにいる間ずっと修行してた。毎日毎日、ずっと…!」 

三か月の間、僕は修行していた。 

「今、帰って、あなたのお父さんを倒して、いえ、倒すとかじゃなくて…あぁもう分からないわ。でも戻って、解決して、そしてもう一度ここに戻ってくれば…。」 

もう一度戻る…。 

「いや、それはできん。」 

老婆は言った。 

「ここに来るまでには力をためにゃいかん。それは時間がかかりすぎる。わしがもう一度力をおためている頃には、わしは死んでおるじゃろう。」 

老婆はほほ笑んでいなかった。 

帰ったら戻れない。元の生活に戻る。 

一度幸福を知ってしまったら、戻れない。 

僕は嫌だ。

僕は人殺しの日々を送り続ける生活には、もう、戻りたくない。
絶対に。 

「お願い…。あの子を助けてあげて…」 

杏は僕の足元に泣き崩れた。 
 
父に飲み込まれた少年は、僕が剣を教えていた子だった。
その中でも一番強く、呑み込みが早い。 

僕は、痛かった。 

僕は、人に流されて、人を助けるのだろうか。
それは僕の心なのだろうか。今までもそうだった。
僕は父に言われた通りに生きてきた。
この痛みに流されて、戻ってしまったら、結局変わらないのではないか。
ここで断れば、強くなる気がする。 
 
「長い」 

父の声が響いた。 

映像に映し出された凜に水がかけられ、彼女は目を覚ました。 

彼女の目の前に、カイラクの土人が現れた。 
土人は手に、ハンマーを持っている。 

凜はただ眺めている。 
 
「やめ…てください。」 
僕は言った。 

父は変わらない。 

「ここまでしてやったんだ。早くしろ。………分かった。戻らなくていい。この女はミンチになる。この子供はお前になる。それだけだ。」 
 
蛇は後ろを振り向いた。 



「待ってください…!」 


 
蛇はもう一度僕の方を振り向き、睨む。 
 
結局僕は、僕なのだ。

僕でしかない。 



「…帰らせてください。僕は、戻ります。」 

僕の言葉を聞いて、杏は僕を見上げた。 

「ごめんなさい…。」 

杏はそう言い、気絶した。 

「私の中に入れ。そうすれば戻れる。」 

そういうと蛇は、大きく口を開けた。 

「お前の足元にいるその女もだ。」 

杏は関係ない。 

「こっちに戻ってから、そのターゲットを殺せ。」 


杏がターゲットだった。 


「しかし…」 

僕は蛇越しに父の目を見る。 
 
 
「………分かり、ました。」 
僕は杏を抱えた。 
 
蛇は丸呑みするように口を開けて、僕が来るのを待っている。 
 
「ミナト」 

老婆は言った。 
「お前さんは大丈夫じゃ。向き合う相手を間違えるな。」 
僕は背後の声を聴きながら、前に進んだ。 
 


 
そして僕は、自分の足で、蛇の中へ飲み込まれていった。 
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