1%クライマー

雨野じゃく

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嫌になる積み重ね、成功

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僕が最もあこがれたのは、幼いころに見た英雄の姿である。 
この世界は上に上がれば称賛される。下にいれば、なんともない。 
その英雄は一人で険しい崖を登り切り、人類を未踏の地へ導いた。 
彼は人類を次のステージへと引き上げた。 
この世界は層の構造になっている。一番下の層は自然や人工物など、環境が悪い。 
上に行けば行くほど改善していく。 
上の環境へたどり着くには、ワールドウォールと呼ばれる崖を自力で登るしかない。 
しかし、すでにたどり着いた土地には比較的上りやすくなっている。 
上った人物が作った道をそのまま登るか、頂上から紐をたらせばいい。 
しかし新しい土地へ行くには、道なき道を自ら開拓していくしかないのである。 
英雄はそれを成し遂げた。 
そうして、世界を幸福へ導いた。 
僕は英雄にあったことがある。僕が唯一もつ記憶の中で、彼は王宮の頂上に立ち、大衆に称賛を浴びていた。彼に会いたくなった僕は王宮を裏からよじ登り、中へ入った。 
英雄と護衛が部屋に入っていくのが見えた。その部屋から護衛が出て行ったのを見計らって、僕はその部屋に入った。 
中に入ると、居心地悪そうに座る英雄の姿が見えた。 
僕の心臓が高鳴っていく。僕は彼の正面に立った。 
英雄は少し驚いたようだったが、僕を見るなり何かを察したようだった。 
英雄「もしかして、この王宮に上ってきたのかい?」 
僕はうなずく。 
英雄「その年でここを、、、おもしろい。」 
彼は笑った。 
英雄「君なら次のワールドウォールを登ることができるかもしれない。僕たちの欲求が満たされ始めたころ、僕たちは再び飢え始める。そのころには僕はもう年を取ってしまっているから、登れない。だから僕は君に期待したい。」 
そう言って、英雄は僕の頭をなでてくれた。彼は微笑んでいる。 
僕は胸がくすぐったくなった。ただ僕は彼を見ていた。 
英雄「さぁ行きなさい。怖い人たちが戻ってくるよ。」 
英雄は僕に帰るように促した。 
僕はうなずき、もと来た道へ帰ろうとした。 
僕がドアへ振り返ると英雄は言った。 
英雄「僕が君に期待しているのは本当だけど、どうか気負わないでほしい。君は自由だ。どの道を進んでもいい。進まなくてもいい。自分を感じて。」 
僕が英雄のほうを見ると、彼は悲しそうな眼をして、微笑んでいた。 
僕はまたうなずいてから、部屋を駆け足で出て行った。 
僕は今、何をしているのだろう。英雄と会ったあの日から十年。僕は今ワールドウォールを登っている。その崖に上っている真っただ中だった。 
僕はなぜ崖を登っているのだろう。 
少子高齢化が進みながらも、人口は増え続けていた。今の世界には限界がきている。ワールドウォール突破の期待が高まっている。 
しかし僕はなぜ上っているのだろう。 
毎日毎日、どうしてこんなことを命がけで行わなければならないのだろう。 
英雄が未踏の地を突破したあの日から、政府は次回の崖攻略へ向けて、クライミングを義務化した。僕たち、若者のほとんどはクライミングすることを教育されている。 
僕はただ純粋に上りたかっただけなのに。登らされているような気がする。僕の心が、見えない何かに乗っ取られている気がする。 
『進捗率1% きのうよりも1%先へ進むことができました。残りはおよそ71%と予測されます。』 
ナビが僕のクライミングの成果をフィードバックしてくれた。今日はこれまでにしておこう。 
地上へ降り、憂鬱な気持ちで宿へ帰ると看板娘のアイルがいた。 
アイル「お疲れ様、今日もすごいね。毎日毎日ちょっとずつ上ってるんでしょ?」 
僕「まぁそうだね。でも進んで戻っての繰り返しだよ。いいと思った場所が登れなかったりして。もっといい場所が見つかったりもするけど。」 
アイル「ふぅーん。ならもっとすごいじゃない。私は失敗してまた戻るなんて嫌だし。」 
僕「そうかな。」 
アイル「そうよ。私なんて最初っから諦めちゃったもん。毎日ちまちまやるのは苦手だわ。いっかいでどぉーん!って登れたらいいのに。」 
僕「アイルは最初から夢見すぎだよ。僕みたいに計画を練って、最初は崖の目の前に立つようにするところから始めればアイルにだってできるのに。ちっちゃなところから始めて、毎日小っちゃく改善していくしかないんだよ。」 
アイル「それがめんどくさいのよ。だったら私は生まれた町で生きて生まれた町でのんびりと死んだほうがましだわ。でもさ、それって大きな改善が見込める方法を無視することにならない?」 
僕「確かに。ありがとう、そのことも考えてみるよ。」 
アイル「相変わらず素直なのね」 
アイルは微笑んだ。 
アイル「でも不安にならない?本当に登りきることができるか。とか、ライバルに先を越されないか?とか。」 
僕「確かに思う。」 
アイル「まだ誰も見たことないんでしょ?頂上があることですら。」 
僕「そうだね。時々辞めたくなるよ。今日だってなんで自分は登っているんだろうって感じてた。登ることが人類のためになるって教え込まれて、いいことをしなきゃいけないから上ってるって感じた。登らされている感じがした。…でもやっぱり上りたかった。昔英雄が言ってたんだよ。進んでもいいし、進まなくてもいいって。僕は落ち込んだ時そう考えるようにしているんだ。僕は自由だって。誰かのためにやってもいいしやらなくてもいいって。そう考えた後に、クライミングのことを考えると、やっぱりやってみたくなっちゃうんだ。理由が何であれ、今の僕がそう感じているんだ。だから僕は登るんだ。」 
アイル「ふぅーん。…目に元気が戻ったね。」 
アイルは意地悪そうに微笑んだ。 
僕「ありがとう。アイル。」 
アイル「どういたしまして。」 
僕「それともう一つ、思うんだ。僕が勝手にやったことで、誰かが幸せになったらそれはそれで一石二鳥だなって。特に君のために。」 
アイル「ん?」 
僕「アイル、君をもっと幸せなところへ連れていきたい。そしてそれがかなったら、僕と一緒になってほしい。僕は君のためにも上りたいと思っているんだ。」 
アイル「…はい、喜んで。」彼女はほほを赤く染めた。 
僕は告白し、宿を出た。 
 
~ 
九か月後。 
僕は変わらない日々を過ごしていた。毎日毎日ちょっとずつの変化しかなった。 
僕は今、崖を登っている。計画では今95%のところまで来ている予定だった。 
あたりの霧が濃い。 
しかし、上の方の様子がちょっと変だった。霧が、薄くなっている。 
僕の心臓が高鳴った。 
頂上だった。 
僕はうれしさを感じたが、とびぬけた喜びはなかった。なんというか、来るべき時が来たような感じがした。 
僕は目の前の頂上を確認し、僕は足を滑らせないよう、注意深く降りた。 
『進捗率1% きのうよりも1%先へ進むことができました。残りはおよそ4%と予測されます。』 
翌日、いつもと同じように崖を登った。 
『進捗率1% きのうよりも1%先へ進むことができました。残りはおよそ3%と予測されます。』 
さらに翌日。 
『進捗率1% きのうよりも1%先へ進むことができました。残りはおよそ2%と予測されます。』 
さらにさらに翌日。 
『進捗率1% きのうよりも1%先へ進むことができました。残りはおよそ1%と予測されます。』 
そして今日 
『進捗率1% きのうよりも1%先へ進むことができました。残りはおよそ0%と予測されます。おめでとうございます。クライミング達成です。』 
 
僕は登り切った。 
 
頂上に立った僕はあたりを見渡した。 
霧が晴れ、見下ろした世界は広かった。その景色には感動した。 
しかし。 
やはり僕の達成感は、新鮮というよりも、慣れ親しんだものだった。 
 
一週間後。 
僕はアイルとともに、古びた王宮の頂上に立って、大きな称賛を受けていた。 
僕はこの景色にあこがれを持ってはいたものの、思っていたほど実感はなかった。 
僕は何だか居心地の悪さを感じた。 
そのあと部屋へ通された。護衛の人に二人にさせてほしいと頼み、出て行ってもらった。 
少し楽になったが、座った椅子で腰が痛くなりそうだった。 
あの英雄も、同じことを感じていたのだろう。 
僕は思いっきり伸びをした。 
アイル「あら、どうしたの?」 
隣に座ったアイルがつぶやいた。 
アイル「あなたに用がありそうよ」 
彼女は僕の腕をつかんで、そういった。 
僕は目を開けた。 
目の前には小さな女の子がいた。 
「もしかして、この王宮を登ってきたのかい?」 
少女はうなずいた。 
「そうか、…君ならできるかもしれない。僕は君に期待をする。けど覚えておいてほしい。君は進んでもいいし、進まなくてもいいんだ。自分を感じてほしい。」 
 
少女は、もう一度うなずいた。 
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