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64. 攻撃魔法を使ってみまして

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❋❋❋


 私は自分の手のひらを見つめながら言った。

「───あ、トラヴィス様。私、ちょっと力加減、間違えたかもしれません」
「え、本当に?」

 たった今、初めて特訓以外で“攻撃魔法”を使ったばかりの私がそう口にすると、トラヴィス様が心配そうな表情になった。

「……狙った位置のコントロールは大丈夫だったのですが……ちょっと威力が強かったかもしれません」
「そうか……」
「もしかしたら、王宮にも火が燃え移ってしまうかも」
「あー……」

 私とトラヴィス様のそんな会話を間近で耳にした“彼ら”が驚愕の表情を浮かべている。
 攻撃?  火事?  嘘だろ……?  そう言いたそうだ。
 私は目の前の彼ら───クロムウェル王国から派遣された兵たちに視線を向けると、冷たく睨みつける。

「どうしてあなた方が今更、そんな顔をするのでしょうか?  クロムウェルの国王陛下はクリフォード殿下から、ルウェルン国の王子殿下からの忠告を聞いていないのです?」
「えっ!?  忠告……?」

 怯えた表情を浮かべている兵の一人が、首を勢いよくブンブンと横に振った。

「お、俺たちはそんな話は聞いていないぞ!  コホッ…………です」
「あら?  聞いていないのですか?」

 私が聞き返すと、彼らは大きく頷く。そして我先にと口を開き色々と語り出した。
 そこには、知っていることは洗いざらい吐き出すから命だけは助けてくれ!  という、懇願が見て取れる。

「お、俺たちは、ただ国外へ逃げ出していたマルヴィナ様をつ、連れ戻せ……と」

 私の眉がピクリと反応する。

「私が……逃げ出していた?」
「そ、そうです──連れ帰ってさえくれれば、手段は選ばなくて構わない。そ、その、殴って気絶させてでも……いいから、と」

(は?)

 その言葉にはトラヴィス様が大きく反応した。
 無言だったけれど明らかにオーラが怒りに満ちている。

 私は冷ややかな目でその発言をした兵を見て訊ねた。

「へぇ?  それはまた、女性相手に随分な言い方ですね?」
「ま、魔術師たちが先行して国に入っているから……とにかく、その隙を狙え……と」

 ペラペラと喋る彼らの語る内容はだいたい想像した通りだった。

「そうですか……それであなた方は命令を受けてのこのことやって来た……と」
「……」

 彼らはそれ以上何も言えず黙り込む。
 けれどその中の一人が私に訊ねる。

「ル、ルウェルン国の王子殿下の忠告とは何だった……のですか?」
「───クロムウェル王国の者たちが追放したマルヴィナは、この国で自分の幸せを見つけて生きていこうとしている。その幸せを脅かそうとするなら、ルウェルン国は許さない──簡単に言うとそんな内容だ」

 私の代わりに答えてくれたトラヴィス様の説明を聞いた彼らがとたんに慌て出す。

「つ、追放……!?」
「き、聞いていない……俺たちが聞いたのは逃げ出したって……話だけだ!」
「話が……違う、ぞ?」

 彼らは大きく混乱していた。

「───私は妹こそが“守護の力”を授かったので、無能は要らないと言われて鞄一つで追い出された身ですよ?」
「!」
「なっ……」

 どういうことだ?
 そんな話は聞いてない!  と、青ざめた彼らは顔を見合わせる。

「そんな私が今更、本物の力の持ち主はあなたです!  と、言われてクロムウェル王国のために力を使うはずがないでしょう?  国に戻れ?  全力でお断りします」

 クロムウェルの国王は、魔術師たちにもそうだったけれど、自分に都合の良い話だけをして兵を動かしてきている。
 だから、本当のことを知らされた彼らは今、大きく動揺していた。
 そんな彼らに、私はにっこり笑顔を向ける。

「ですから私、一つ自分の中で決めていました」
「?」
「───あなたたちが私のことを連れ戻そうと目の前に現れた時は、クロムウェル王国に向けて攻撃魔法を使用すると!  よって、先程はまず、脅しとして一つ目の攻撃をさせていただいたところですね」


─────……

(すごい表情になったわね)


 ───クロムウェル王国から派遣されたこちらの兵たち。
 何故か彼らは出国してから入国し、私の元に辿り着くまでかなりの時間を要していた。
 こちらは迎え撃つ気満々で待っていたのに一向にやって来ない彼らを不思議に思っていたところ、彼らの様子を追いかけて窺っていた報告者が教えてくれた。

『彼らは確かに入国しようとしているのですが、何やら、ひたすらぐるぐると歩き続けていまして……まるで目眩しにでもあっているかのようなのです』

 その報告を受けてトラヴィス様と私は首を傾げた。
 どういうこと?
 そう思ったけれど、彼らの入国がされていることだけは何となく察した。
 また、彼らも彼らで何が起きているのか分からないまま、ひたすら歩き続けていたようで、どんど疲労だけが溜まっていく。
 そしてその後、ようやくどうにか入国することが出来たらしい彼らだけど、残念ながら私の元に辿り着いた時は既に疲労困憊、瀕死状態だった。

 よって目の前に現れた彼らは、私が攻撃魔法を使って撃退する必要などなく、あっさり男爵家の使用人たちに捕まっていた。

(あまりにもお粗末すぎて言葉が出なかったわ……)


─────……


「マ、マルヴィナ様……」
「ほ、本当に攻撃……を?」
「ええ、本当です。というわけで、今頃、王宮にいる皆さんはどんなことになっているやら」

 私がそう言うと兵の一人が色々想像してしまったのか、震えながら声を上げた。

「お、俺は、さっぱりま、魔法のことは詳しくないが、こ、攻撃魔法なんてのはそ、そんな遠くに向かって使えるものなのか!?  ケホッ…………なのですか」
「……」
「───君たちは何を言っているんだ?」

 私が答える前に、トラヴィス様が先に口を開く。
 そして、そっと私の腰に腕を回して私の身体を自分の方へと抱き寄せながら兵に向かって言った。

「マルヴィナは君たちの国───クロムウェル王国をまるっと守護出来るほどの大きな力を持っているんだ。その程度のことなら容易い話だと思わないか?」
「───!」

 彼らはハッとして、顔を見合わせる。

「と、いうことは、お、王宮は今、火事……火の海に?」
「いいえ……脅し、という意味で、今は使われていない離宮のすぐ近くに雷撃を落としました」
「ら、雷撃!?」

 兵たちがギョッとする。

「ええ、これなら遠くても攻撃可能な技でしたので。ですが、先程も言ったように力加減を間違えてしまったので、おそらく王宮にも影響が───……」

 その先は言わなくても伝わったようで彼らは恐怖に怯えた。

「ああ……国王陛下は魔術師たちまでこちらに派遣してしまったから……燃え広がると消火活動は難航するかもしれないな……」

 トラヴィス様がポソッと呟いたその言葉に彼らがハッとする。
 そう。魔術師がいれば通常よりも消火活動は容易だったかもしれない。
 けれど、残念ながらクロムウェル王国から派遣されてきた魔術師たちは今、絶賛、ルウェルン国の魔術の虜になっている。

「筆頭魔術師は王宮に残っているそうですよ?」
「ああ、それなら大事には至らないんじゃないかな」

 私とトラヴィス様の会話に彼らは複雑な表情をしていた。
 王宮やそこにいる人たちが無事かどうか心配で堪らないのだろう。

「……そういうわけでして」

 私はそこで言葉を切ると、にっこりした笑顔を彼らに向けた。
 そんな私の顔を見て全員の身体がビクッと大きく震える。

「ここまでの話を聞いて───あなた方はそれでも私を、クロムウェル王国に連れ戻したいと思いますか?」

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