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63. 破滅に向かう国 ②

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 ❋❋❋


 クロムウェル王国では、国王を始めとした皆が遂に雨が止んだことを喜んだ。

 ───これは“本物”の守護の力が発動したに違いない!
 これでこの国は安泰だ!

 ……何も知らない国民はそう喜んだ。
 事情を知らされていない貴族たちも大喜びし、本物の守護の力の持ち主のマルヴィナがようやく力を使ってくれたのだと信じ込んだ。
 同時に、偽者にも関わらず“本物”を騙ったサヴァナには“お前のせいで……”と、ますます冷たい目を向けた。

(雨が止んだのに、なんでまだまだ私が責められなくてはいけないのよ!?)

 サヴァナは自宅の屋敷に戻らせてもらえず、ずっと王宮に軟禁状態で事情聴取を受けていた。
 その為、より多くの人の視線に晒され精神的に参っていた。
 そこで、遂に雨が止んだことで皆の自分を見る厳しい目も和らぐ……
 そう信じたのに。

(もう、いや!  家に帰りたい!)

 そう思うも……

(そうだった……今、家は……)

 ルウェルンに行く前に屋敷の使用人の殆どはお父様に叩き出されてしまっていて残っておらず、お母様も出て行ってしまったから残っているのは、妻に出ていかれて毎日メソメソしている腑抜けたお父様だけ……

(ダメ……どこにいても地獄……)

 サヴァナはがっくり項垂れた。



 また、一方でマルヴィナの追放に関わり、クロムウェル王国を出てしまっていたことを知っていた者たちも雨が止んだことに安堵した。
 特に“愚かな”国王は───

「───見たか、クリフォード!  雨が止んだぞ!」
「そ、そうですね……」

 クリフォードは陛下に呼ばれて謁見室に向かうと、上機嫌の父親に出迎えられた。

「これは、おそらくマルヴィナ嬢の守護の力のおかげだろう!」
「……」
「だが……兵はまだ、向かわせたばかり……ということは、魔術師たちか?  いや、それよりも兵が予定より早く入国出来た可能性もあるか……」

 ブツブツと大きな独り言を呟く父親をクリフォードはなんとも言えない気持ちで見つめる。

(……本当にそうなのか?)

 クリフォードの脳裏には“あの日”のマルヴィナの言葉の数々が甦る。

 ───私を捨てたのはあなたたちです!
 ───私は、守護の力をクロムウェル王国のために使う気は一切ありません
 ───追放もされましたので、もちろんローウェル伯爵家とも無関係です
 ───私は無関係なので、今後、国がどうなろうと知ったことではありません
 ───クロムウェル王国なんかに未練はありませんので、どうぞ私のことはお構いなく

(あんなにも美しくゾッとする笑みで言い切っていたマルヴィナだぞ?)

 だが、自分の勝利を信じて疑わない国王陛下は嬉しそうに高笑いをしていた。

「なんであれ……これは…………上手くいった!  そういうことに違いない!  マルヴィナ嬢……いや、我が国のための守護の力が帰ってくるのだ!」
「ち、父上……」
「守護の力によって国が加護されたとなれば、我が国に怖いものなどない!  ルウェルン国が怒る?   そんなもの……怒りたければ怒るといい!」

 ハハハと笑いながら、どこまでも強気な父親を見ながらクリフォードの心はますます不安を覚える。
 で雨が止んだなら……マルヴィナがクロムウェル王国を加護したというのであれば、確かにルウェルン国を怒らせても大丈夫だろう。
 筆頭魔術師も帰国後に守護の力はクロムウェル王国を護るための力だと言っていた。

 ───だが、もしも雨が止んだのがだったとしたら?

(未練はない、構うな───マルヴィナはそう言っていたんだぞ!?)

 それに、先に出発した魔術師たちからは一切連絡がない。
 彼らはルウェルン国に入国し、王宮に着いたらすぐに状況についての報告連絡をするようにと言われていたはずだ。
 魔術師のみが使える情報伝達手段があるので、手紙が行方不明になったとは考えにくい。

「ち、父上……」
「なんだ?  クリフォード。これでもまだ文句があるのか?  余計なことは考るな!  お前はマルヴィナ嬢を妃に迎える準備でもしておけ!」
「……」
「丁重にもてなすんだぞ!?  また、逃げられたら面倒だからな!」
「……」
「さぁ、魔術師か兵、どちらの手柄かは分からんが、連れて戻ってくる日が楽しみだな!」

 やはり、父上は一切聞く耳を持たなかった。


────


 しかし、それから数日が過ぎるも、魔術師、兵ともに帰還する様子は見受けられず、魔術師からはただの一度も連絡が来ない。
 しかし、天気は雨も降らずに晴れている。むしろ、暑いくらいだ。
 だから不安を感じているのはごく一部の人間のみ。

 守護の力を手にした我らの勝利だ!  ルウェルンなどおそるるに足らず!
 と高笑いをしていた国王陛下……父上も日に日に焦りが見え始め機嫌が悪くなっていく。

「────何故、誰も戻らんのだ!  魔術師は?  兵は?  マルヴィナ嬢はどうした!?」

 定例会議の場で父上は、苛立ちながらバンバンと机を叩いて周囲にそう怒鳴るけれど、当然、答えられる者などいない。
 皆、どこか気まずそうに顔を見合わせるだけ。

「……」

 やっぱりおかしい……本当にマルヴィナは連れ戻されるのか?  クロムウェル王国に対して守護の力をかけたのか?  使ってなどいないんじゃないか?
 クリフォードがそう思った時だった。

「───失礼します。“ルウェルン国”から陛下宛に手紙が届いております」
「何っ!?  早く寄越せ!」
「……はっ!」

 父上は侍従長がおそるおそる持って来たその手紙を勢いよくひったくる。
 そして、その場で手紙を開封した。
 書かれている内容に目を通した父上は「はぁ?」と変な声を出した。
 そして、読み終えると怒りの形相でグシャッとその手紙を握り潰した。

「へ、陛下?」
「父上……?」
「ふざけるなよ……ルウェルン国の若造王子め……」

 ワナワナと身体を震わせてそう怒っていることから、手紙の送り主はおそらく、イライアス殿下。
 いったい何を書いて送って来たのだろうか……

「───“今後のことについては、じっくりと話し合いましょう”だと?  まるで我が国が負けたかのような言い回しではないか!  なんだこれは!」

(今後のことについて──?)

「何を偉そうに!  滅ぼせるものなら、滅ぼしてみろーーーー!」


 父上がそう叫んだ瞬間……突然、空が眩しく光った。

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