62 / 66
62. 未来のために
しおりを挟む「魔術師が来るなら、いっそのこと懐柔してしまえばよくないかなと思って」
「か……懐柔ですか?」
首を傾げる私にトラヴィス様は言った。
「うん。ほら、阿呆王子たちはさっさと帰国させるためにあんな手段を用いることにしたけど……」
「え、ええ」
それって、ルウェルン語を理解出来ていないのを逆手にとったりした……あのことよね?
「魔術師たちは逆に懐柔してこちら側に引き入れる……のも有りかなと思うんだ」
「え!」
「魔術師たちがいなくなれば困るのはクロムウェル王国の方だろう?」
「それはその通りですけども」
ルウェルン国の魔術師ほど優れた力は使えなくても、確かに魔術師の力はあちらこちらで重宝されている。
それを引き抜かれると確かにクロムウェルとしては大きな痛手だ。
(懐柔してこちら側に……)
そんな上手くいくものかしら?
そう思った私に向かってトラヴィス様は不敵な笑みを浮かべた。
「どうやら報告によると、魔術師たちは阿呆王子たちのことをあまりよく思ってなかったみたいなんだ」
「……サヴァナたちを?」
「そう。それに……」
「それに?」
トラヴィス様は一旦言葉を切ると軽く息を吐いた。そして今度は少し寂しそうに笑う。
「仮にも“魔術師”を名乗っている者として、魔術の奥深さを知ったら彼らはマルヴィナの捜索よりもそっちに夢中になると思うんだよね」
「!」
「まぁ、これは魔術師としての勘……というかそうであって欲しいという俺の願いでもあるけれど」
トラヴィス様のその笑みに胸がキュッとした。
堪らなくなった私はギュッとトラヴィス様に抱きつく。
(そんな顔をしないで?)
「マルヴィナ?」
「不思議ですね……トラヴィス様の言うことなら何でもその通りになってしまいそうです」
「……それは」
「それは?」
私が顔を上げて聞き返すと、トラヴィス様の顔がそっと近づいて来てチュッとキスをされた。
「!?」
「───やっぱり愛の力じゃないかな?」
「あ、愛の力ですか?」
「そう──……」
トラヴィス様は身体を離すと、ヒョイッと私を抱き上げる。
そして、とびっきり甘い微笑みを私に向けた。その破壊力満点の微笑みに私の心臓が大きく跳ねる。
「ト、トラ……」
「俺は愛しいマルヴィナのためなら、何でも出来る気がするんだよね。だから、愛の力」
「っっっ!」
(ダ、ダメ……ちょ、直視出来ないーーーー!)
トラヴィス様の浮かべたその微笑みが、あまりにも美しすぎて私は一気に恥ずかしくなってしまい顔が直視出来ない。
「あ、赤くなった。本当に可愛い……」
「~~~っ」
耳元でそんな言葉を囁かれ、そのまま抱っこされた状態でトラヴィス様の部屋に連れ込まれたら、その後はたくさんたくさん愛でられた。
───
トラヴィス様の予想は当たっていたようで、クロムウェルの魔術師たちが王宮に到着するというその日、クロムウェルの兵が動いたとの報告を受けた。
(やっぱり、私の捜索……いえ、連れ戻し部隊はあちらが本命なんだわ……!)
そう確信する。
そして、私は男爵家にいるよりもトラヴィス様の側にいるのが一番安全だろうということで、サヴァナたちの時と同様に、変身魔法を使って変装した私はこっそりクロムウェル王国の魔術師たちを出迎える場に潜んでいた。
彼らは“私”を見ても何の反応も起こさなかった。
(やっぱり誰も私だと気付かないものなのね~……って、それよりも……)
出迎えた彼らは、ずっと恐縮していて、まるで何かに怯えているように見える。
まだ、戦争が始まったわけでもないのになぜ? と不思議に思った。
(これはルウェルン国を警戒している……とかかしらね)
しかし、最初こそ、そんなピリッとした空気が流れたものの、トラヴィス様の言うように彼らはやはり魔術師と名乗るだけあって、すぐにトラヴィス様の披露する魔術の虜になっていった。
これはもちろんトラヴィス様が敢えて彼らが食いつきそうな話題や魔術を披露したせいもあるけれど、彼らの頭の中にはマルヴィナの存在なんて無くなっているのでは?
そう聞きたくなるほどだった。
───その日、結局彼らは私の姿を見破ることもなければ、人探しをしているという言葉すら発することなく、「さすが、ルウェルン国は違う!」と、大変満足そうに本日の魔術の授業を終えていた。
(ええーーーー……?)
そして帰宅途中、トラヴィス様は私に言った。
「───思った通りだった。彼らなら“こちら側”に引き抜けると思うよ」
私も頷く。だって同意しかない。
「あの魔術師たち、本気で私を探すこと忘れているように見えましたね?」
「そうだったね。やっぱり彼らはマルヴィナの捜索には乗り気ではなかったんだと思うよ」
「……それならいいのですが。でも、最初は何に怯えていたのでしょう?」
「警戒……にしては真っ青だったな……」
そこだけはよく分からなくて私たちは二人で首を傾げた。
「とりあえず、明日以降の彼らの監視と面倒は他の魔術師に頼んである」
「では、私たちはクロムウェルを出発したという兵を撃退する方に集中出来そうですね!」
「ああ。マルヴィナには指一本触れさせない」
私は思う。
彼らは大人しく引き下がってくれるといいのだけれど。
もし、そうでないのなら……
私は自分の手のひらをじっと見つめる。
(───私は一切、容赦しないわ)
だって、大好きな人とこれから生きていく未来を守りたいから───
❋❋❋
一方、クロムウェルを密かに出国した兵たちは……
「殿下の話だと、マルヴィナ様はルウェルン国の貴族、イーグルトン男爵家という所に居候しているらしい」
「まさか、逃げ出していたとはな」
「そんな調子で本当に我が国を護ってくれるのかな」
「むしろ、本当に今度こそ守護の力は本物なのか? 王家が信じられないんだが……」
兵たちはサヴァナの件もあり、いまいち王家のことを信用しきれないというのが本音だった。
それでも命令だから仕方なく彼らはルウェルン国へと向かう。
とにかくウンザリするあの雨を止ませてくれる人だと聞いたから。
「陛下によると、マルヴィナ様が国に戻ることを嫌がるようなら、殴って気絶させてでもいいから連れ戻せって話だけど」
「げー……俺だったら自分にそんな仕打ちをする国なんて守りたくないな」
「分かる分かる。それなら、ルウェルン国の方を守護したくなるだろうよ」
そうなるとクロムウェルは困るよなー……なんて冗談半分でそんな話をしていたら、兵の一人が「そういえば……」と口にする。
「でも、筆頭魔術師の話だと、ローウェル伯爵家の力は、クロムウェル王国で授かった我が国特有のものだから、他国では効かないはずだと言っていたぞ?」
「へ~、それなら、安心か~」
「俺、国境を超える時にバシッて弾かれるんじゃないかと思っちまったよ~」
「なんじゃそりゃ……結界みたいに? ハハハ、もしそうなったら凄いなぁ」
「でも、クロムウェル王国以外を守護出来ないなら大丈夫ってことだろ? なら、安心だな!」
そんな話をしている彼らは知らない。
マルヴィナの容赦しないという決意。
そして、彼女がとにかく“規格外”の力の持ち主である、ということを────……
…………それから、クロムウェル王国の兵がルウェルン国にどうにか入国をしたその日。
クロムウェル王国では、サヴァナたちの帰国に合わせるかのように再び降り始め、続いていた雨がピタりと止んだ────
254
お気に入りに追加
8,032
あなたにおすすめの小説
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

【完結】美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
───私は美しい姉と間違って求婚されて花嫁となりました。
美しく華やかな姉の影となり、誰からも愛されずに生きて来た伯爵令嬢のルチア。
そんなルチアの元に、社交界でも話題の次期公爵、ユリウスから求婚の手紙が届く。
それは、これまで用意された縁談が全て流れてしまっていた“ルチア”に届いた初めての求婚の手紙だった!
更に相手は超大物!
この機会を逃してなるものかと父親は結婚を即快諾し、あれよあれよとルチアは彼の元に嫁ぐ事に。
しかし……
「……君は誰だ?」
嫁ぎ先で初めて顔を合わせたユリウスに開口一番にそう言われてしまったルチア。
旦那様となったユリウスが結婚相手に望んでいたのは、
実はルチアではなく美しくも華やかな姉……リデルだった───

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる