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59. 私の護りたいもの
しおりを挟む「……」
トラヴィス様の黒い笑顔を見ていると、いつもより胸がドキドキする気がする。
とんでもない美貌の持ち主なのに、性格も格好良くて優しい……でもそれだけじゃない。
(この人の隣に堂々と立てる“私”になりたいな)
今はもう身分を持たない私だけれど、ルウェルン国一の魔術師が選んだ相手が“マルヴィナ”で良かった。
そう思われる人になりたい。
私が誇れるのは、小さな頃から勉強を頑張って詰め込んだ知識と、豊富な魔力と、実は授かっていた大きな力……
私はギュッと自分の拳を握りしめる。
「どうした? マルヴィナ」
私が黙り込んでしまったからか、トラヴィス様がそっと優しく抱き寄せてくれた。
その優しい温もりに身を委ねながら私は言う。
「────やっぱり、“その時”が来るとしたら私がやりたいです」
「え?」
「サヴァナたちの撃退はトラヴィス様とリリーベル様にたくさん甘えてしまいましたから……」
「マルヴィナ……」
私はトラヴィス様の目をしっかり見つめて言う。
「こちらはきちんと忠告しました。それでも聞き入れないというのであれば、それはクロムウェル王国側に問題があることになります」
そもそもとして、クロムウェル王国は魔術に長けているルウェルン国には敵わない。
だから、これまでも戦争を仕掛けるなんて無謀なことはせず、程々の距離感で両国の関係を築いて来た。
「“守護の力”になんて頼らずに、これまで通りに自分たちで国を護っていくことを重視すべきなんです」
「マルヴィナ?」
「だって、そうでしょう? 守護の力は伯爵家の始祖と言われる人物が持っていた力。それから長い時が流れましたが、今回、私が発現するまでは誰も持たなかった力なのですから」
つまり、あったら助かるけれど、無かったら国が絶対に困るものでもないのよ。
(だから、私を無理やり連れ戻そうとするのは愚かなことだと気付いて欲しい)
「ですから、トラヴィス様。私は──」
「分かったよ、マルヴィナ」
トラヴィス様はギュッと私の手を握った。
「マルヴィナの魔力……攻撃魔法で奴らを攻撃するのは正直言って簡単だ」
「……」
「だけど、ただでさえ長雨で疲弊している国民まで無作為に傷付けたいとは思っていないんだろう?」
「!」
「だから、しっかり狙いを定めるための魔力コントロールと、そんなマルヴィナの考えと相性の良さそうな攻撃魔法を伝授しようか」
「トラヴィス……さま」
私は驚きで目を大きく見開いた。そのことは思っていても口にしていなかったのに。
(本当に何でもお見通し……)
そんな目でトラヴィス様の顔を見たら、とても優しい目で微笑まれた。
「……マルヴィナは顔つきが変わったね?」
「え?」
トラヴィス様の手が今度はそっと私の頬に触れる。ちょっと擽ったい。
「きっと今の君が本来の“マルヴィナ”だったんだろうな……」
「?」
「俺といることでそうなれたのなら、こんなに嬉しいことはないな」
「トラヴィス様?」
「いや……」
トラヴィス様は軽く私にキスをすると、そのまま立ち上がった。
そして、私に手を差し出した。
「あの……?」
「一緒にイライアス殿下の元に行こう。彼らが忠告を聞かなかった時のための“相談”にね」
「……はい!」
その“相談”に自分を入れて貰えることが嬉しかった。
────
「───君が、トラヴィスの見つけた最愛か」
初めて顔を合わせたイライアス殿下の最初の発言はこれだった。
「さ、さいあ……い?」
「───で、殿下っ!! ……くっ」
その発言にギョッとしたトラヴィス様が文句を言おうとしたけれど、イライアス殿下に無言で静止されていた。
「本当のことじゃないか。彼女に出会ってからは、何かある度にマルヴィナが可愛いと聞かされ続けたこっちの身にもなってくれ」
「うっ……」
トラヴィス様の顔が赤くなる。
釣られて私も赤くなった。
(わ、私のことを可愛いと殿下に……の、惚気けていた!?)
その事実に胸がドキドキした。
私は自分で思っているよりもトラヴィス様に愛されているのかもしれない。
そんな気持ちが私の胸の中に広がっていく。
(……嬉しい!)
「あの、リリーベルもすぐに懐いたと言うからどんな女性かと思っていたが……」
「……」
「見た目も可愛らしい、一見ただの普通の女性だな……」
イライアス殿下は私を見ながらそう口にされた。
そこにすかさずトラヴィス様が入った。
「このように、とてもとても可愛いマルヴィナですが、中身はただ者じゃありません」
「……」
トラヴィス様の言葉に殿下は一瞬呆気にとられた顔をした後、「ははは、違いない!」と笑い出した。
「確かに。僕が殴ったはずのトラヴィスの顔をあんな綺麗に治していたようだしね」
「……あ!」
「トラヴィスの性格からいって自分に治癒魔法は使わないだろうと思っていたのに、あんな綺麗に治して現れたから驚いたよ」
「あれは、む、無我夢中で……」
「構わない。殴った張本人の自分が言うのもアレだが、トラヴィスの美貌が損なわれるのは人類の大きな損失だからね」
(……ん? それ、どこかで聞いたような……)
私が内心で首を傾げていると、イライアス殿下は軽く笑った。
「トラヴィスの選んだ女性に僕はあれこれ文句をつけるつもりは無い」
「……え?」
「何より、リリーベルがあの力を無茶までして君のために使うくらいだ。それだけで、もう君がどんな人なのかは自ずと分かる」
その言葉だけで、トラヴィス様とリリーベル様がどれだけ殿下に信頼されているのかが分かる気がした。
「トラヴィスによると、君の魔力は桁違いに強く、また一国を守護出来るほどの力も持っているとか」
「……は、い」
そう返事をしながら、この時、私は少し複雑な気持ちを抱いた。
私を助けてくれたトラヴィス様やリリーベル様のいるこの国を護りたい。
今も変わらずそう思っている。
でも、クロムウェル王国が私の力を欲しがるように、ルウェルン国だって───
「……そんな大きな力を持つと、色々大変なのだろうな。実際、クロムウェルに狙われているわけだし」
「え? は、はあ……」
思っていた反応と少し違っていて、うっかり間抜けな答え方をしてしまった。
けれど、イライアス殿下は気にする素振りを全く見せずに続けて言った。
「だからといって、そんなに気負わなくても構わない」
「は、い?」
「なぜなら、それは“君”が授かった力だ。だから、自分の護りたいと思うものを好きに護るといい」
私は驚いて目を瞬かせた。
「ル……ルウェルン国を護れ……とは、言わないのですか?」
「もちろん、護ってもらえたら嬉しい。だが、強制するのは違うだろう?」
「え?」
「そもそも、僕は国の守護をたった一人に押し付けるつもりはない。それでなくても我が国の魔術師たちは優秀だからね、そこのトラヴィスを筆頭に」
イライアス殿下はトラヴィス様を指しながらそう言った。
「この国で生活する中で、君が自然と“この国を護りたい”そう思ってくれなくては意味が無い」
「……では、好きなものを護っていいと言うのは……」
これは絶対に有り得ないけど、例えば私がクロムウェル王国を護るなんて言い出しても、ルウェルン国としては困らないのかしら?
「だって、その力は君が持つに相応しいと判断されたから授かったものだろう?」
「私……が」
相応しい──そう思われた?
「そんな君が護りたいと思うものを好きに護って何が悪い?」
「……」
「だから、僕はこの国を君に護りたい……そう思ってもらえる国にする。それだけだ」
イライアス殿下のその言葉に私はびっくりして声が出なかった。
同時に頭の中で、大きな力を授かることになるローウェル伯爵家の長子という目でずっと見られてきたことや、十八歳になってから、まだかまだかという目で見られながら水晶に触れ続けていた日々を思い出した。
(全然違う……クロムウェル王国とは考え方が全然違う……)
思わず、トラヴィス様の顔を見ると、“これが俺の仕える王子なんだ”という顔をしていた。
そんなトラヴィス様のどこかすました顔を見ていたら、つい笑みが溢れる。
トラヴィス様は殴られて悪態はついていたけれど、殿下のことを怒らなかったのはこういうことだったのかと理解した。
───あぁ、私、今、ものすごくルウェルン国の力になりたい!!
(……ん?)
心の底からそう思った時、私の身体の奥が熱くなったような気がした。
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