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57. それから……

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❋❋❋


 ───クロムウェル王国に再び“雨”が降り出したと私が聞いたのは、サヴァナたちが帰国した翌々日のことだった。
 計算すると、彼らが国に入ってからそんなに時間が経たずに降ってきたものと思われる。

「やっぱりこうなったよ」
「思った通りですわね」
「……」

 トラヴィス様のその報告には私たちの中でも“やっぱりか”という空気が流れる。

「国民はまだ本当のことを知らされていないわけだけど、そろそろ隠しておくことも限界だろうね」
「サヴァナとクリフォード殿下の“婚約破棄”の件もあるから……ですか?」

 私が聞くとトラヴィス様ははっきりと頷いた。

 二人の婚約は、大々的に発表されている。
 その際に、ローウェル伯爵家の長子ではなく第二子のサヴァナに特殊な力が授かった為ということも発表してしまっていた。
 それが婚約破棄となればただ事じゃないと国民にだって分かる。

「国民だってそこまで馬鹿じゃないだろうから、婚約破棄を発表すると同時にローウェル伯爵家には疑惑の目が向くことになるだろう」

 トラヴィス様のその言葉に私も頷き返す。
 二人の婚約破棄の件は、トラヴィス様がイライアス殿下から話を聞いたのだと教えてくれた。
 クリフォード殿下はイライアス殿下にそう宣言していたという。

(国に戻ったらすぐにでも!  と息巻いていたようだけど)

 その話を聞いて、帰国寸前に伯爵とサヴァナが憔悴していたのはそのせいだったのか、と私は納得した。
 サヴァナは王妃になることにこだわっていたし、伯爵家としても王家との縁組は最高の栄誉だ。
 それが破局となればあんな顔にもなる。

(全く同情は出来ないけれど)

 実は自分のことを愛してなどおらず、むしろ騙して内心でちょろかったなどとバカにもしていたサヴァナをクリフォード殿下はさすがに愛し続けることなんて出来ない。
 その気持ちの方がよく分かるわ。
  
「国としても本音は帰ってきて欲しくはないのだろうね」

 サヴァナはとんでもない厄介人物となっていた。

「今は王宮内でしか囁かれていない、前の長雨についてもサヴァナのせいだという声が、国民にまで広がる可能性が高いわけですね?」
「自業自得ですわねぇ……まぁ、すでにもう国民にも怪しいと思われていそうですけどねぇ」

 リリーベル様のその言葉に私も頷く。
 これはもうどうなってもサヴァナにとっては地獄、としか思えなかった。

(今度の雨もまた長く続くのかしら?  それとも───)


───


 その後、リリーベル様が「あとはお二人でごゆっくりお過ごしくださいませ!」と言って部屋を出て行ってしまわれたのでトラヴィス様と二人っきりになってしまった。

「……」

(い、意識すると胸がドキドキ…………それに)

 私はチラリとトラヴィス様の顔を見る。

「あ、トラヴィス……様」
「どうしたの?」
「……もう、眼鏡はかけないのですか?」
「え?」
「眼鏡お姿の方が安心するのですけど」

(主に私の心が!)

 私がそう訊ねると、トラヴィス様は驚いた顔をした。

「そんなダサい眼鏡を掛けていたら、表情もよく分からないし、色々勿体ないから外すべきって皆、言っていたのに?」 
「え、そんなこと言われていたのですか?」

(確かにその眼鏡で失われる美貌は勿体ない……とは思うけれど───)

 私は照れながら言った。

「し、嫉妬しちゃいそうになるんです……」
「え?」
「トラヴィス様に見惚れる女性を見る度に、こう……胸の奥がモヤモヤ~って」
「マルヴィナ……」

 昨日も諸々の後処理で王宮に足を運んだ。
 その際、トラヴィス様は眼鏡をしていなかったので、すれ違う令嬢達がみんなトラヴィス様の顔を見てうっとりしていた。

(面白くなかったわー……)

「……私、自分がこんなに醜い気持ちを持ってるなんて知りませんでした」
「え?」
「それと、同時に負けたくない!  とも思ったんです」

 でも、眼鏡をかけてくれている方が安心してしまうのよねぇ……
 もちろん、今さら眼鏡をかけてもトラヴィス様がどれだけ美しくてかっこいいかは知られていることなので、ライバルが減るわけではないけれど。

「とりあえず、リリーベル様に倣って、私もこう美しくなる方法というものを学ぼうかと思っ────んっ……」

 その続きはトラヴィス様の唇に塞がれて言えなかった。

「ん、あ……」 

 トラヴィス様はチュッチュッと何度も何度もキスをくり返してなかなか離してくれなかった。




「んんっ……トラ……」
「───全く!  そんなキラキラした可愛い顔でそんなことを言うマルヴィナが悪い!」
「え?」

 やがて気が済んだのか、ようやく唇を離してくれたトラヴィス様はちょっと怒り気味でそう言った。

「そういうことだから。俺がどれだけマルヴィナに溺れているのか、今から教えてあげよう」
「!?」

 謎の宣言をしたトラヴィス様はサッと私を横抱きにした。
 そして、そのまま部屋を移動しようとする。

「あ、あの?  ど、どこに……?  そ、それと、お、降ろしてくれないんですか?」
「俺の部屋!  降ろす?  俺の部屋に着いたらもちろん降ろすよ?」
「え……っと?」 

 そういうことでは無い気がするのだけど───!?
 状況把握が出来ていない私にトラヴィス様は、頬を赤く染めて照れながら言った。

「あのね?  マルヴィナ」
「は、はい!」
「愛しい女性にそんな可愛い顔で嫉妬する……と言われて止まれる男はいません!」
「!」

 その言葉でハッと気付いた。
 私はこれまで、とにかく褒めてもらいたくて、たくさんたくさん様々な分野の勉強をして来たつもりだったけれど……

(“男心”というものを勉強したことは無かったわ……!  さっぱり分からないっっっ!)

 その後、私は連れ込まれたトラヴィス様の部屋でたっぷり“男心”というものを教えられた。


❋❋❋


 帰国後、サヴァナは二度の大きな衝撃を受けていた。
 一つは、すぐに雨が降り出したこと。
 雨が降り出したと分かった時、ただでさえ気まずかった馬車の中は、さらに気まずい空気となった。

(殿下も、お父様も筆頭魔術師も!  皆、私のせいだって顔をしてる!!)

 どうして雨が降りだすの?
 サヴァナは王宮に着くまでの間、ずっと青白い顔でプルプルと震えていた。

 一方の王宮の人々は王太子ご一行の帰国と同時に雨が降り出したことで、ますますサヴァナへの不信感を募らせていた。



 帰国した四人は、ルウェルンでのことを報告するため、すぐに国王陛下に謁見することになった。
 全員の顔色の悪さや、やつれた様子に王宮内は大きくざわつく。

 ───いったい、どんな修行をしたらあのようになるんだ?
 ───王太子殿下……老けたなぁ。おっさんみたい。
 ───筆頭魔術師様なんて天に召されそうだぞ?
 ───実はルウェルン国はそんなにも危険な国だったのか……?

 事情を知らないクロムウェル王国の者たちの中で、これまで特に問題のなかったルウェルン国は実は恐ろしい国だったらしいという認識が一気に広まっていった。


 そうして、国王陛下との謁見で、サヴァナと伯爵は更なる衝撃を受けた。

「───帰国して早々だが、ローウェル伯爵。貴殿に夫人から離縁を求める声が届いておる」
「は?  り、えん?」
「そうだ。夫人はもう荷物をまとめて家を出て行った」
「え?  は?  り……出て……行った」

 目を丸くして驚いているお父様に国王陛下はお母様から預かったと思われる離縁届を淡々と突きつけていた。


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