57 / 66
57. それから……
しおりを挟む❋❋❋
───クロムウェル王国に再び“雨”が降り出したと私が聞いたのは、サヴァナたちが帰国した翌々日のことだった。
計算すると、彼らが国に入ってからそんなに時間が経たずに降ってきたものと思われる。
「やっぱりこうなったよ」
「思った通りですわね」
「……」
トラヴィス様のその報告には私たちの中でも“やっぱりか”という空気が流れる。
「国民はまだ本当のことを知らされていないわけだけど、そろそろ隠しておくことも限界だろうね」
「サヴァナとクリフォード殿下の“婚約破棄”の件もあるから……ですか?」
私が聞くとトラヴィス様ははっきりと頷いた。
二人の婚約は、大々的に発表されている。
その際に、ローウェル伯爵家の長子ではなく第二子のサヴァナに特殊な力が授かった為ということも発表してしまっていた。
それが婚約破棄となればただ事じゃないと国民にだって分かる。
「国民だってそこまで馬鹿じゃないだろうから、婚約破棄を発表すると同時にローウェル伯爵家には疑惑の目が向くことになるだろう」
トラヴィス様のその言葉に私も頷き返す。
二人の婚約破棄の件は、トラヴィス様がイライアス殿下から話を聞いたのだと教えてくれた。
クリフォード殿下はイライアス殿下にそう宣言していたという。
(国に戻ったらすぐにでも! と息巻いていたようだけど)
その話を聞いて、帰国寸前に伯爵とサヴァナが憔悴していたのはそのせいだったのか、と私は納得した。
サヴァナは王妃になることにこだわっていたし、伯爵家としても王家との縁組は最高の栄誉だ。
それが破局となればあんな顔にもなる。
(全く同情は出来ないけれど)
実は自分のことを愛してなどおらず、むしろ騙して内心でちょろかったなどとバカにもしていたサヴァナをクリフォード殿下はさすがに愛し続けることなんて出来ない。
その気持ちの方がよく分かるわ。
「国としても本音は帰ってきて欲しくはないのだろうね」
サヴァナはとんでもない厄介人物となっていた。
「今は王宮内でしか囁かれていない、前の長雨についてもサヴァナのせいだという声が、国民にまで広がる可能性が高いわけですね?」
「自業自得ですわねぇ……まぁ、すでにもう国民にも怪しいと思われていそうですけどねぇ」
リリーベル様のその言葉に私も頷く。
これはもうどうなってもサヴァナにとっては地獄、としか思えなかった。
(今度の雨もまた長く続くのかしら? それとも───)
───
その後、リリーベル様が「あとはお二人でごゆっくりお過ごしくださいませ!」と言って部屋を出て行ってしまわれたのでトラヴィス様と二人っきりになってしまった。
「……」
(い、意識すると胸がドキドキ…………それに)
私はチラリとトラヴィス様の顔を見る。
「あ、トラヴィス……様」
「どうしたの?」
「……もう、眼鏡はかけないのですか?」
「え?」
「眼鏡お姿の方が安心するのですけど」
(主に私の心が!)
私がそう訊ねると、トラヴィス様は驚いた顔をした。
「そんなダサい眼鏡を掛けていたら、表情もよく分からないし、色々勿体ないから外すべきって皆、言っていたのに?」
「え、そんなこと言われていたのですか?」
(確かにその眼鏡で失われる美貌は勿体ない……とは思うけれど───)
私は照れながら言った。
「し、嫉妬しちゃいそうになるんです……」
「え?」
「トラヴィス様に見惚れる女性を見る度に、こう……胸の奥がモヤモヤ~って」
「マルヴィナ……」
昨日も諸々の後処理で王宮に足を運んだ。
その際、トラヴィス様は眼鏡をしていなかったので、すれ違う令嬢達がみんなトラヴィス様の顔を見てうっとりしていた。
(面白くなかったわー……)
「……私、自分がこんなに醜い気持ちを持ってるなんて知りませんでした」
「え?」
「それと、同時に負けたくない! とも思ったんです」
でも、眼鏡をかけてくれている方が安心してしまうのよねぇ……
もちろん、今さら眼鏡をかけてもトラヴィス様がどれだけ美しくてかっこいいかは知られていることなので、ライバルが減るわけではないけれど。
「とりあえず、リリーベル様に倣って、私もこう美しくなる方法というものを学ぼうかと思っ────んっ……」
その続きはトラヴィス様の唇に塞がれて言えなかった。
「ん、あ……」
トラヴィス様はチュッチュッと何度も何度もキスをくり返してなかなか離してくれなかった。
「んんっ……トラ……」
「───全く! そんなキラキラした可愛い顔でそんなことを言うマルヴィナが悪い!」
「え?」
やがて気が済んだのか、ようやく唇を離してくれたトラヴィス様はちょっと怒り気味でそう言った。
「そういうことだから。俺がどれだけマルヴィナに溺れているのか、今から教えてあげよう」
「!?」
謎の宣言をしたトラヴィス様はサッと私を横抱きにした。
そして、そのまま部屋を移動しようとする。
「あ、あの? ど、どこに……? そ、それと、お、降ろしてくれないんですか?」
「俺の部屋! 降ろす? 俺の部屋に着いたらもちろん降ろすよ?」
「え……っと?」
そういうことでは無い気がするのだけど───!?
状況把握が出来ていない私にトラヴィス様は、頬を赤く染めて照れながら言った。
「あのね? マルヴィナ」
「は、はい!」
「愛しい女性にそんな可愛い顔で嫉妬する……と言われて止まれる男はいません!」
「!」
その言葉でハッと気付いた。
私はこれまで、とにかく褒めてもらいたくて、たくさんたくさん様々な分野の勉強をして来たつもりだったけれど……
(“男心”というものを勉強したことは無かったわ……! さっぱり分からないっっっ!)
その後、私は連れ込まれたトラヴィス様の部屋でたっぷり“男心”というものを教えられた。
❋❋❋
帰国後、サヴァナは二度の大きな衝撃を受けていた。
一つは、すぐに雨が降り出したこと。
雨が降り出したと分かった時、ただでさえ気まずかった馬車の中は、さらに気まずい空気となった。
(殿下も、お父様も筆頭魔術師も! 皆、私のせいだって顔をしてる!!)
どうして雨が降りだすの?
サヴァナは王宮に着くまでの間、ずっと青白い顔でプルプルと震えていた。
一方の王宮の人々は王太子ご一行の帰国と同時に雨が降り出したことで、ますますサヴァナへの不信感を募らせていた。
帰国した四人は、ルウェルンでのことを報告するため、すぐに国王陛下に謁見することになった。
全員の顔色の悪さや、やつれた様子に王宮内は大きくざわつく。
───いったい、どんな修行をしたらあのようになるんだ?
───王太子殿下……老けたなぁ。おっさんみたい。
───筆頭魔術師様なんて天に召されそうだぞ?
───実はルウェルン国はそんなにも危険な国だったのか……?
事情を知らないクロムウェル王国の者たちの中で、これまで特に問題のなかったルウェルン国は実は恐ろしい国だったらしいという認識が一気に広まっていった。
そうして、国王陛下との謁見で、サヴァナと伯爵は更なる衝撃を受けた。
「───帰国して早々だが、ローウェル伯爵。貴殿に夫人から離縁を求める声が届いておる」
「は? り、えん?」
「そうだ。夫人はもう荷物をまとめて家を出て行った」
「え? は? り……出て……行った」
目を丸くして驚いているお父様に国王陛下はお母様から預かったと思われる離縁届を淡々と突きつけていた。
319
お気に入りに追加
8,035
あなたにおすすめの小説

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

もう、今更です
ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。
やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる