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55. 規格外の力

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「当たり前だろう?  マルヴィナとの幸せをクロムウェル王国に邪魔されるなんて御免だ」
「……トラヴィス様」

 トラヴィス様が優しく私を抱き込む。

「私、クロムウェル王国がこの先、私の“力”を狙ってくるつもりなら……」
「うん……だけど心配しなくても、マルヴィナのことは俺が守──」
「彼らが二度とそんな気を起こさなくなるような攻撃魔法で、返り討ちにしてやろうと思っています」
「…………ん?」
「ですから、その為にトラヴィス様に“攻撃魔法”について相談しようかと思っ………………トラヴィス様?」

 あの四人が抑制力にはならないと思った私が、クロムウェル王国に対抗するためと密かに考えていたことを口にしたら、何故かトラヴィス様がおかしな顔をしている。

「……えっと?  こ、攻撃魔法?」

 トラヴィス様は首を傾げている。

「はい!」
「……」
「──最初は、以前、別の話をしていた時にリリーベル様に言われたことのある、“やられる前にやれ、ですわ!”という言葉のように先手を打って、こちらから攻撃することも考えたのですが──」
「ま、待って、待って、待ってくれ!」
「?」

 なぜか、トラヴィス様が待ったをかけて来た。

「リリーはマルヴィナになんて思考を吹き込んでいるんだ!?  ……えっと?  それで攻撃魔法?  返り討ち?」
「はい。私、鍛えた方がよいかと思いまして……」
「…………」

 トラヴィス様は私の肩に頭を乗せて、大きなため息を吐いた。

「一瞬、俺には廃土と化したクロムウェル王国が見えてしまった…………先に聞いてくれて良かった」
「廃土……?  さすがにそれは有り得ないですよー?」

 トラヴィス様ったら大袈裟だわ、と笑い飛ばそうとしたら、頭を上げたトラヴィス様にガシッと両肩を掴まれて思いっきり首を横に振られた。

「いいや。魔力を全て取り戻したマルヴィナが本気を出したら、それくらいは容易いよ」
「……え?」
「マルヴィナの力はそれくらい凄いってことなんだ!」
「……!」

(魔力が戻ったばかりであまり実感はないけれど……凄い?)

 私の力はまだまだ未知数なのかもしれない。
 それなら……

「まぁ、そうは言ってもマルヴィナはこんなに可愛いから、自分で自分の身を守ることはもちろん必要だ。だから攻撃魔法は俺が教え……」
「あ、あの、トラヴィス様」
「どうした?」
「……」

 ──チュッ
 私は背伸びをして、トラヴィス様の痛々しい頬にそっとキスを贈る。

「───!?  なっ!  マル……」
「ト、トラヴィス様の頬の腫れ……が良くなりますようにという思いを込めて……キ、キスを……」

 動揺するトラヴィス様に向かって私が照れながらそう口にした時、突然キラキラした光がトラヴィス様に降り注いだ。

「ん?」
「え?」

 二人で顔を見合せていると……

「……あ!」

 みるみるうちにトラヴィス様の腫れていた頬が元に戻っていく。
 やがて光が収まると、私の目の前にはトラヴィス様の溢れんばかりの美貌。
 そこにもう痛々しい様子はない。

「……」
「い……今のは……治癒……能力か……?」
「えっと、で、出来ちゃったみたいです?」

 トラヴィス様が呆然としている。
 私もまさか本当に発動するとは思わず、自分自身驚きが隠せない。

「…………本当にマルヴィナは」
「えっと、か、勝手にすみません……」
「いや、構わない。ありがとう。しかし、マルヴィナに隠されている力はとんでもないなぁ……」
「……うっ」
「マルヴィナには色々なことを俺が教えないといけないな」

 そう言った、トラヴィス様の手がそっと私の頬に触れる。

「よろしくお願いします……」
「───そうだな。とりあえず、今はこのとんでもない力を秘めたその唇を塞いでしまおうかな」
「え?」

 チュッ……
 そう言ったトラヴィス様は、そっと自分の唇で私の唇を塞いだ。

「ん……」
「マルヴィナ……」
「トラヴィス様……大好きです」
「…………俺もだよ」

 そのまま私たちは、何度もキスをして、しばらくお互いの温もりを堪能した。



 ───クリフォード殿下との婚約破棄を言い渡され呆然としていたサヴァナと、それを言い渡した父親だった人たちが、窓の外からこの光景を見てショックを受けていることも知らずに。



❋❋❋


「───なっ!?」

(お姉様が……あのかっこいい魔術師とキスしてる!?)

 サヴァナは今、自分の目に映る光景が信じられず頭を抱えた。
 その前にお父様から聞かされた言葉も信じられないものだったけど、目の前の光景も信じられない。

 お姉様が突然、魔術師の頬にキスをした。
 すると、何やら光が二人に降り注いで……何?  と思っていると次に二人は堂々と唇へのキスを始めていた。

(く、悔しい……っ)

 そう思った時、お父様が横で驚愕の声を上げた。
 娘のキスシーンがそんなにもショックだったわけ?  そう思っていたら、お父様は震える声で言った。

「…………マ、マルヴィナの……キスで、ま、魔術師殿の頬が……!」
「え?」

 そう言われて、本当は見たくないけど、今も熱いキスを交わしている二人に目を向けると……

(───腫れが引いているじゃないの!!)

 殴られても美しかった魔術師の顔は、あのとんでもなく美しい顔に戻っていた。

「うっそ……」
「マ……マルヴィナは治癒の力まで……使える…………という、のか?」

 お父様の身体がワナワナと震えている。

「守護の力……だけでは……ないのか?  マルヴィナの力とはいったい……ど、どこまで……」

 どこまで規格外なんだーーーー!
 お父様が悲痛な叫び声を上げて頭を抱えた。

「お父様……」
「だ、駄目だ……陛下に知られたら……我々が処分をされかねな……い」
「は?」
「マルヴィナを連れ帰れない時点でお咎め待ったなしだというのに!!」
「お、お父様……ちょっと落ち着いて、それから、私の婚約についても……説明」

 サヴァナが伸ばした手を伯爵はバシッと振り払う。

「妻にも愛想を尽かされた!  私に残ったのは殿下にも婚約破棄された、今後、何の役にも立たない愚かな娘だけだとは────!」
「や、役に立たない……!?」
「殿下は……クリフォード殿下はサヴァナ……お前の有責で婚約破棄するのだと言っていた……」
「はっ!?  私、のせい!?」

 そ、それって……え?

「我が家……我が家は終わりだぁぁぁぁーーーー」


❋❋❋


 クリフォード殿下が、イライアス殿下との話を終えて戻って来たのでクロムウェル王国の面々がようやく帰国することになった。
 その姿を見送るために出て来た私はギョッとした。

 《ト、トラヴィス様……全員、憔悴しきっていますよ!?》
 《ああ、すごいな。誰からも生気を感じられないんだが?》

 この短い間の時間に彼らはすっかり様変わりしていた。

 クリフォード殿下は、イライアス殿下からの“話”がよっぽどだったのか、げっそりとやつれて軽く十歳くらいは老けていた。
 筆頭魔術師は、あの後、水晶がサヴァナに関すること以外も、たくさん文字を浮かび上がらせていて、その内容(おそらく批判)に心がメタメタにされたらしく今にも天に召されそうなほど萎れていた。

(そして……)

 サヴァナとローウェル伯爵の様子もおかしい。
 二人それぞれが憔悴しているだけでなく、二人には距離も感じる。
 まぁ、父親側からすれば、娘に馬鹿にされていたと知って前のように接することは難しいでしょうけども。

 こんな調子でクロムウェル王国に戻ってこの四人って生きていけるのかしら?  と思ってしまう。

(まぁ、この人たちがどうなろうと私にはもう関係がないし)

 きっと、これで二度と会うことはないから。
 そう思い、家族だった二人には最後にこれだけを伝えておこうと思った。

「──、サヴァナ。最後にいいかしら?」

 私の呼びかけに二人は「えっ?」と顔を上げた。
 特に伯爵の方は“お父様”という言葉で呼びかけたせいでかなり驚いている。

 私は、そんな二人に向けてにっこり微笑み、口を開いた───

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