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50. 水晶について考える
しおりを挟む《水晶ですか?》
なぜ、今更あれを?
そう思ってリリーベル様に訊ねると、リリーベル様は言う。
《ここで先程、水晶を光らせた時、あそこの筆頭魔術師の方は、儀式の時に読み取れない文字があったと口にしていたではありませんか》
そうだった。
殿下も誰もそのことを聞かされていなかったようでどういうことかと怒っていた。
しかもその話の細かい説明はなく有耶無耶になったままだった。
話の流れ的に、筆頭魔術師が読めなかった文字というのが、サヴァナの“奪取の力”と書かれた文字だったのだろうとは思うけれど。
《あの時、筆頭魔術師は文字が読めなかったと言っていましたが……リリーベル様にはその文字が読めたのですか?》
私のその質問にリリーベル様は首を横に振る。
《いいえ、読めたと言うより……私の場合は真実の瞳のおかげでそう読み取れた、と言うのが正しいのかもしれませんわ》
《読み取れた?》
《それに、もともと私は、先にこの瞳でサヴァナさんの心の奥底を見て彼女が奪取の力を持っていることは分かった上で水晶の文字を見ていますから……》
リリーベル様は続けてそう説明してくれた。
それだと、謎は深まるばかり。
だからこそ、もう一度……とリリーベル様は思ったようだった。
《それに──……》
リリーベル様曰く、
水晶にはクロムウェルの文字で“守護の力”と確かに浮かんでいたけれど、同時に浮かび上がった……奪取の力の文字は、クロムウェルの文字ではなかったと言う。
てっきり私は魔術に関することだからルウェルンの文字?
そう思っていたけれど、そこはリリーベル様がはっきりと否定した。
《ちなみに、ルウェルンの文字でもありませんでしたわ》
《違ったのですか?》
私はがっくり肩を落とした。けれど、よくよく考えればルウェルンの文字であれば筆頭魔術師だって知識はある。
その彼が読めないと言っていた時点で見たことない文字だったということ。
(なぜ、水晶はそんな誰も読めなさそうな文字でお告げをしたの……?)
そこにある意図は何なのかしらと思う。
《……私も普通の瞳のままでは、読めませんでしたわ》
そう言われて、私は改めてリリーベル様と会えたことに感謝した。
今日は何度その瞳に助けられたことか。
《リリーベル様がいてくれて良かったです。ありがとうございます》
《え? そ、そんな……こと、は……ないです、わ》
私が微笑みながらお礼を言うと、リリーベル様が少し照れた様子を見せる。
そんなリリーベル様の照れる姿に私は内心で大興奮していた。
(び、美少女が照れているわ!)
トラヴィス様の照れ顔もキュンとするけれど、リリーベル様の照れ顔も大変、貴重なので興奮してしまう。
《でも、お、お役に立てて私も嬉しいですわ…………そ、その……》
《?》
顔を赤くしたリリーベル様が、チラッと上目遣いで私のことを見た。
そして、さらに照れくさそうにしながら口を開く。
《お……》
《お?》
《……お、お義姉さま!!》
《……えっ?》
リリーベル様のそのあまりの可愛さに私は慌てて自分の鼻を押さえる。
(は、鼻血が出そう……!)
こんなとんでもない破壊級の美少女に照れ顔で……お、おねえさまって呼ばれた!
破壊力が凄すぎる!
サヴァナとは比べ物にならない!!
《リ、リリーベル……様》
《だって! マ、マルヴィナさんはお兄様のプロポーズを受けていたじゃありませんか……》
《は、はい、受けました》
そう言われて私もトラヴィス様からのプロポーズを思い出して照れてしまう。
《お兄様も言っていましたが、私とは……その、義理の姉妹……となるわけでしょう?》
《そ、そうですね》
《ですから……マルヴィナさんは私のお義姉様……ですわ!》
《!》
改めてトラヴィス様と一緒になることで、私はこれから新しい家族を作っていくのだと実感する。
(……泣きそう)
《───マ、マルヴィナ? 大丈夫か? 俺は良くてもリリーが義妹になるのは嫌だったか?》
《は? お兄様!? 聞き捨てなりません! なんて言い方をするんですの!?》
私が泣きそうになったことをいち早くトラヴィス様が気付いてくれた。
そして、兄妹喧嘩に発展しそうだったので首を振って慌てて否定する。
《まさか! 違います!! これは、う、嬉しくて……》
《マルヴィナ……》
《ふふ、良かったです……私も待ち遠しいですわ》
「……」
そんな私たちの様子を、魔力を失ってぼんやりしていたサヴァナがじっとこっちを見ていて「何を言っているか分からないけど、お姉様……幸せそう」と呟いて、気落ちしていたというのは後に聞いた。
────
そうして私たちは、筆頭魔術師の元に向かい、水晶をもう一度見せて欲しいとお願いした。
ついでに、今日までの間に水晶に起こった出来事も話すようにと頼んだところ───
「実は儀式の後、水晶が反応を示したことが何度かあったのじゃ……」
筆頭魔術師は儀式の日に読めなかった文字が浮かんでいた話から始まり、その後、突然浮かび上がったものの読めなかった文字。そして、クロムウェル王国でサヴァナが再び水晶に触った後に謎の光の線が出ていた件などを喋った。
(やっぱりサヴァナは水晶に触っていたのね……)
私の考えは当たっていたらしい。ただ、今はそのことよりも……
「そんなに水晶には様々な反応が起きていたのですか?」
私がそう訊ねると筆頭魔術師は肩を落とし項垂れながらも頷いた。
筆頭魔術師のその様子にはクリフォード殿下が今にも文句を言いたそうな顔をしていたけれど、どうにか堪えているようだった。
「通常は次代のローウェル伯爵家の儀式の時までは何も起きないはずなのじゃが……」
「……」
「今、思えば水晶は“力を授かっているのはマルヴィナ様だ”と、訴えていたのかもしれませぬ……」
筆頭魔術師のその言葉にサヴァナが一瞬、悔しそうな表情を浮かべる。
だけど、魔力をほとんど失って気落ちしたせいなのか、喚いたり私に突っかかったりする気力も元気も無いようでそのまま、黙り込んでいた。
そして、光の線について話を聞いたトラヴィス様が言う。
「その時には、すでにマルヴィナがルウェルンにいたことを思うと、その光の線とやらはこの国を指していた可能性が高いな」
「そうですわね。真の力の持ち主の居場所はあそこだ……そんな意味が込められていそうですわねぇ」
リリーベル様も同意する。
「そうなると、その前の文字とやらは警告か? 違う人間を“守護の力”の持ち主だと崇め称えていると痛い目をみるぞ、というような」
「……ですが、そこの筆頭魔術師さん。その浮かび上がった文字を書き取ってもいなかったようですから、警告だったとしても、水晶はとんだ無駄骨でしたわねぇ」
「うぐっ!」
「ああ、だから、この魔術師使えないなと思って光の線を出した、か?」
「ぐっ……」
リリーベル様とトラヴィス様の言葉は筆頭魔術師の心を容赦なく抉った。
「で…………その痛い目の一つが、クロムウェル王国で続いた異常気象だったのかもしれないな」
トラヴィス様のその言葉に皆がハッとなった。
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