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48. どうぞお構いなく
しおりを挟む「……マルヴィナ」
「トラヴィス様!」
魔術師に名前を呼ばれて、花のような笑顔で振り返るマルヴィナ。
長い付き合いのはずなのに、彼女がこんな風に笑った顔を僕は知らない。
マルヴィナのその笑顔はすごく可愛く見えて、なぜだか僕は目が離せなかった。
「●▲◇●▽◇▲?」
「◇▽▲●●!」
名前を呼んだ後はクロムウェル語ではなく、ルウェルン語で二人は会話を始めた。
早口なのもあり、僕には二人がさっぱり何を言っているのか聞き取れない。
(どうして、マルヴィナはあんなに苦もなくルウェルン語を話せるんだ?)
マルヴィナの話すルウェルン語はとても流暢だ。
ルウェルン国出身だと言っても誰も疑わないだろう。
(サヴァナは喋るなんて、以ての外。おそらく文字さえも……)
マルヴィナとサヴァナは同じ家で育った姉妹のはずなのに……この差はなぜなのか?
そう思った僕はチラッとサヴァナを見る。
魔力を抜かれたらしいサヴァナは、大きな悲鳴を上げて倒れ込んだまま起き上がらず、ピクリとも動かない。
(生きてはいる)
そんなサヴァナを一瞥したあとは視線をマルヴィナと魔術師の二人に戻す。
「……ッ!?」
変な声が出そうになった。
二人は照れながらも幸せそうに微笑みあっている。
そして、魔術師はマルヴィナのことをとても大事に愛しそうに抱き寄せた。
マルヴィナも嬉しそうに笑顔で身を委ねている。
(今、目の前にいるこの人は、本当にマルヴィナなのか……?)
僕の知っているマルヴィナはこんな顔をしない。
「マ、マルヴィナ!」
「……」
僕が手を伸ばしてながら声をかけると、マルヴィナが静かに振り返った。
だけど、その目は“まだ、何か用ですか?”そう言っているようだった。
「あ……」
僕はそれ以上の言葉が出ず、そっと手を下に降ろし、顔を俯ける。
僕の知っているマルヴィナはこんな目で僕のことを見ることは決して無かったのに────
───ズキッ
急に頭が痛み出した。
しばらくは落ち着いていたはずだったのに。
「くっ……?」
(どうして、また……)
下を向きながら頭を押さえていると、マルヴィナの声が聞こえたので顔を上げた。
「……クリフォード様…………いえ、クリフォード殿下。あなたに何を言われても私はクロムウェル王国に戻るつもりは一切ありません」
「マル……ヴィナ……」
マルヴィナは、魔術師に寄り添われながら真剣な表情で真っ直ぐ僕を見つめている。
「……確かに私には、あなたを心の支えとして生きていた時期もありました」
「!」
「あなたのお役に立てるならと、私なりにたくさん努力をしてきたつもりです」
そうだろう?
君はそれくらい僕のことが好きで……王妃になりたくて……それで……
「……っ」
ズキン、ズキン……
なぜだか頭の痛みがどんどん酷くなっていく。
「ですが、それはあなたがサヴァナを選んだ時に全て終わったのです」
「あ……」
「私は、清純なフリをしてあなたを騙し、影で妹を虐める性悪な姉なのでしょう?」
「そ、それは……」
マルヴィナに指摘されて僕は焦る。
それはサヴァナが、サヴァナが僕らを騙して───……
「ひぃっ!?」
マルヴィナが冷たい目で僕のことを睨んだ。
さらに、マルヴィナに寄り添っている美貌の魔術師も僕のことを射殺しそうな目で睨んでくる。
「私が愛しているのはトラヴィス様で、あなたではありません!」
マルヴィナは、きっぱりと僕の目を見つめてそう言った。その目には強い意志を感じた。
(彼女はこんな風に人の目を真っ直ぐ見て話す人だっただろうか……?)
「あ、い……してる……魔術師……を」
「ええ。トラヴィス様も私を愛してくれています。ですから、私はあなたからの愛なんて要りません!」
「───っ!!」
ガンッと一番大きな衝撃が頭に来た。
「私はここで……この国で愛するトラヴィス様と幸せになりますので、殿下もどうぞ、これからの私のことは放っておいてくださいませ」
マルヴィナはとても美しく微笑みながら僕に言った。
「……」
──拒絶。
これは完全なる拒絶……だ。
続けてマルヴィナは筆頭魔術師や父親であるはずのローウェル伯爵の方へ顔を向ける。
僕と同じように驚いて呆けて固まっていた二人もようやく目が覚めたらしい。
「……筆頭魔術師様も、ローウェル伯爵もです。もう二度と私に関わらないでください」
「マ、マルヴィナ様……そ、そんな」
「……マルヴィ、ナ」
そんなことを言わないでくれと、縋ろうとする二人の手を拒絶してマルヴィナは言った。
「私を捨てたのはあなたたちです!」
マルヴィナの言葉に僕たち全員がビクッと肩を震わせる。
そうだ……マルヴィナはもう役に立たないから追放でいい……そう話し合って決めたのは僕たち……
(そして、あんな小さな鞄一つで……)
「私は、守護の力をクロムウェル王国のために使う気は一切ありません」
「そ、そんな、マルヴィナ様!」
筆頭魔術師が頭を抱える。
「追放もされましたので、もちろんローウェル伯爵家とも無関係です」
「マルヴィナ!?」
ローウェル伯爵も叫ぶ。
ああ、そうだ。今更ながら気付いた。
マルヴィナはここで父親と顔を合わせることになったが、一言も“お父様”とは呼んでいない……
───ズキンッ
どうしてこんな時に……
痛む頭を押さえながらマルヴィナの顔を見る。
「……早くそこのサヴァナを叩き起こして、どうぞ皆様、仲良く国にお帰りください」
「なっ! マルヴィナ! なんて言い方をするんだ! それにお前がいなくては……く、国が」
伯爵が怒るけれどマルヴィナの表情には全く変化はない。
「私は無関係なので、今後、国がどうなろうと知ったことではありません」
「なっ!?」
「だって、サヴァナ……彼女こそが殿下も含めたあなたたち全員が認めた“ローウェル伯爵家の力を継いだ者”なのですから」
「…………そ、れは!」
「マルヴィナ……」
筆頭魔術師と伯爵の二人もその言葉に大きな衝撃を受けていた。
そして、マルヴィナは僕らに背を向けた。
けれど途中で振り返ると、綺麗な微笑みを浮かべて僕らにとどめの一言を発した。
「──クロムウェル王国なんかに未練はありませんので、どうぞ私のことはお構いなく」
「な……」
「!?」
(こ、これは決定的な決別宣言ではないか……!)
そう言い切った時のマルヴィナの笑顔はゾッとするくらい綺麗で、かつ美しく………………そしてとても怖かった。
(もう、遅い……)
僕はこの瞬間、クロムウェル王国が絶対的な国の守護者を失ったということを、ようやく理解した。
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