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46. 呪いと愛
しおりを挟む(……なに? 今の音……)
今、私の中で明らかに何かが壊れた。
だけど、それが何なのかはよく分からない。
「……マルヴィナ? どうした?」
トラヴィス様は私の様子がおかしいと感じたみたい。
私を抱きしめたまま、心配そうな表情を浮かべている。
私自身も何が起きたのかよく分からないので、感じたことをそのまま伝えることしか出来なかった。
「あ、頭の中で……音がしました」
「音?」
「はい。それで、何かが……割れました」
「割れた? ………………リリー!!」
最初は首を傾げていたトラヴィス様が、すぐに何かに気付いてハッとした。
そして、なぜか慌ててリリーベル様のことを呼んだ。
「な、何でそこで私を呼ぶんですの? お兄様、ご覧になって? 愛の大告白のおかげでクロムウェル王国の方々、みーんな石像みたいにカチカチに固まっていますわよ?」
突然、名指しされたリリーベル様も戸惑いを隠せていない。
あと、ついでにサヴァナやクリフォード様たちの様子まで説明してくれた。
(妙に静かだったのは固まっていたからだったのね……?)
トラヴィス様はリリーベル様の言葉を無視して叫んだ。
「リリー! いいから今すぐマルヴィナを……マルヴィナをその瞳で視てくれ!」
「は? お兄様ったらマルヴィナさんのお兄様への気持ちを私の力で知ろうと? それはさすがに……ヘタレにも程がありましてよ?」
「ヘタ……ち、違う! そうじゃない! いいから。すぐに確認して欲しいことがあるんだよ! あと、俺はヘタレじゃない!」
「え、違いましたの?」
リリーベル様は真顔で聞き返した。
さすがのトラヴィス様も、真顔で聞き返され少しショックを受けた様子。
「なんでだよ! ……と、とにかくヘタレの話は後だ……後にしてくれ! 今はマルヴィナを……」
「そうは仰いますけれど、どこまで視れるかは不明ですわよ?」
「分かっている。だが、奥深くまで視る必要はない。俺の考えている通りなら、すぐに違いが感じ取れるはずだから」
(……二人はいったいなんの話をしているの?)
兄妹の、そんなある意味微笑ましいやり取りを経て、リリーベル様が戸惑い気味の私に訊ねてくる。
「えっと ───マルヴィナさん、お兄様があんなこと言っていますけれどよろしくて?」
「は、はい……」
「分かりましたわ」
私が頷くとリリーベル様の瞳が金色に変わった。
トラヴィス様があそこまで言うんだもの。
きっと、リリーベル様に視てもらわないと分からない“何か”があるのだと思う。
(それに、私はいつだってトラヴィス様のことを信じているわ)
もちろん、リリーベル様のことも!
そう思って私はリリーベル様の美しい金色の瞳をじっと見つめ返した。
「!?」
(何かしら? 私の身体が熱くなった気がする……)
それは、リリーベル様に視られているからなのか、別の何かなのか……私にはよく分からなかった。
「……」
「……」
少しして、リリーベル様の瞳の色がいつもの青色に戻る。
ふぅ、と大きな息を吐いたリリーベル様は困惑した表情でトラヴィス様に向かって言った。
「……お兄様! マルヴィナさんの周りにあった黒いモヤが……消えて無くなっています」
「やっぱりそうか!」
トラヴィス様は大きく頷きながら答えた。
(……私の周りにあった黒いモヤ?)
なんのことが分からず首を傾げていると、トラヴィス様が私に向かって説明をしてくれる。
けれどなぜか、ルウェルン語だった。
《───マルヴィナ。君の魔力を封じていた呪い……が解けたかもしれない》
《え?》
《今、リリーが言っただろう? 黒いモヤが消えて無くなっている、と》
《はい、聞きましたけど……》
トラヴィス様は、続けて更に説明してくれた。
以前、リリーベル様が私の心の奥底を視てしまった時に、私の周りには黒いモヤがあったという。
だけど今、そのモヤが消えているという。
《……もしかして、その黒いモヤが私の呪いの正体だったのでしょうか?》
私の魔力を半分ほど封印していたらしい呪い。
さっき、頭痛がした時に色々と考えてみて私は思った。
この“呪い”をかけたのは他の誰でもない。私自身だったのではないかと。
愛情が欲しくても、誰からも省みられることがなく、それが苦しくて耐えられなくて全てに蓋をしたかった私は、そう思った時、自分自身で魔力も一緒に封印したんじゃないかって。
……そして、ずっと心が隙だらけだった私は、あの日、サヴァナにその封印していた半分を奪われてしまった。
《そういうことだろうな》
《呪い……》
《だけど、どうして急に解けたんだ? 解呪の魔法は使った形跡は無いし……》
《……それ、は》
それが解けたのは……
トラヴィス様が私が一番欲しかったもの……愛をくれたから……!
私はギュッとトラヴィス様を抱きしめ返す。
《え!? マ、マルヴィナ!?》
私に抱きつかれて戸惑っているトラヴィス様に私は目元に涙を付かべながら微笑んだ。
「トラヴィス様が私を……愛していると言ってくれたからです……」
「え?」
「“ローウェル伯爵家の長子である”マルヴィナではなく、ただの“マルヴィナ”である私を……」
「そんなの当たり前だ!」
キュン!
即答してくれるトラヴィス様に対して私の胸がキュンとする。
「……好き」
そうしたら、自然とこの言葉が私の口からこぼれた。
私はトラヴィス様の耳元でそっと囁く。
「マル……ヴィナ?」
「好き、です。私もあなたが……トラヴィス様のことが好きなのです」
「………………え?」
「私もあなたと家族になりたい……新しい家族を一緒に作りたい、です」
(───ああ、不思議)
トラヴィス様に愛の言葉や私の気持ちを告げるたびに、じんわりと身体が温かくなっていく。
そして身体が……すごく軽いわ?
「マルヴィナ……」
「……トラヴィス様」
私たちは互いの目を見つめて微笑み合う。
(幸せ……)
私がずっとずっと欲しかった愛がここにある───
互いの顔がそっと近づこうとしたその時、部屋の中に悲鳴が上がった。
「う、嘘よーーーー」
声のする方向に視線を向けなくても分かるサヴァナの悲痛な声。
「どうしてあんなにカッコいい人が私ではなくてお姉様を選んだとか言っているの? ……そんなのおかしい」
そっと振り向いてみると、サヴァナの目は心ここに在らずでどこか虚ろだった。
(……あ! 今なら───)
そんなサヴァナの姿を見た私はトラヴィス様に訊ねた。
《トラヴィス様……今なら、サヴァナから“奪い返せる”でしょうか?》
《え?》
《…………自分で分かるのです。“今の私”にはまだまだ魔力の入る余地がある、と》
きっと今の私なら、サヴァナから魔力を奪い返してもちゃんと私の力として収めることが出来る……そんな気がするの。
《大丈夫だ……マルヴィナならやれる》
《トラヴィス様……!》
大好きな人に背中を押された私は、サヴァナの元に近付く。
「なんで? ……違う……こんなのおかしい……有り得ない、お姉様のくせに……」
(すごい、恨み節だわ)
「───サヴァナ」
「お姉様……?」
私はまだ、どこか虚ろな表情のサヴァナに向かって言った。
「あなたに奪われた私の“魔力”…………全て返してもらうわ!」
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