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45. 本当に愛されているのは……

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 だけど、その頭の痛みはほんの一瞬だった。

(どういうこと?  何で、また?)

 サヴァナは今、魔力封じをされているからはずなのに。
 しかも、魔力封じを行ったのはルウェルン国一の魔術師のトラヴィス様だ。
 彼が解かない限り、サヴァナが力を使えるはずがない。

「……っ」

(でも、今、確かに私の魔力が少し……)

 トラヴィス様と魔力の流れを感じとる練習をしたこともあり、今の私には分かる。
 使える魔力が少し減った気がした。

(でも何かしら?  サヴァナに奪われていたらしい時に感じていたのとは何かが違う……)

 確かに魔力は減った気がするのに。
 そうだわ。これは、奪われたというよりも、むしろ────……

「お姉様?  黙り込んでどうしたの?」
「……」
「自分が誰からも愛されない惨めな存在だって思い出せた?」

 サヴァナは頭痛のせいで動揺した私を見て、これはダメージを与えられる……そう思ったのか勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 ────そうよ。私はずっとずっと、愛されたかった。

 誰からも無条件で愛されるサヴァナが羨ましかった。
 お父様とお母様からの愛が無理なら他の人からでもいい。
 愛されるようないい子になるから、たくさんたくさん頑張るから私を愛して────
 そう願っても、いつだって私の手をすり抜けてばかり。

 そうだ。それが辛くて私は……
 私は自分の気持ちに蓋をしようと思った……わ。

 ───ズキッ
 再び、頭に痛みが走る。

「“守護の力”がなくては何の価値もないお姉様だものね。だから、これからもお姉様は孤独で愛されない惨めな……」
「───マルヴィナ。こんな戯言は聞くな」

(……え?)

 突然、背後からそんな声が聞こえたと思ったら、両手で耳を塞がれた。
 びっくりして振り返ると、トラヴィス様が立っている。
 その顔はこれまでで一番怒っている気がした。

 トラヴィス様は私の両耳を塞いでいた手を少し緩めると言った。

「あの女が言っていることは全て戯言だ。聞く価値もない」
「戯言!?   私が言っているのは戯言なんかじゃ……」
「───黙れ!」

 サヴァナが酷いとトラヴィス様に抗議するけれど、トラヴィス様はひと睨みでサヴァナを黙らせた。
 そして、すぐに私の方へと顔を戻す。

「本当に誰からも愛されていなくて孤独で惨めなのは……マルヴィナじゃない。妹の方だ」
「トラヴィス様……?」

 私が見つめ返すと、トラヴィス様はそっと手を私の両頬に添えて顔を固定する。
 まるで、目を逸らさないてくれと言っているみたい。

 そして、トラヴィス様の綺麗な青い瞳が私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
 その瞳を見ていたら胸がドキッと大きく跳ねた。

「なぜならマルヴィナ…………コホッ」

 トラヴィス様は軽く咳払いして仕切り直す。

「───君のことは俺が愛しているからだ」

(───え?)

 空耳?  聞き間違い?  
 トラヴィス様が私を───あ、いして、いる?
 目を丸くする私にトラヴィス様は、じっと目を逸らさずに続ける。

「……ずっと辛い目にあって来ただろうに、それでも健気に前向きに頑張ろうとする君の姿に俺はいつしか惹かれていた」
「え、え?」
「俺にとってマルヴィナは、誰よりも可愛いくて愛しいたった一人の愛する存在だ」
「あ……」
「魔力や守護の力?  そんなものは関係ない。俺は魔力や特殊な能力なんてあっても無くても構わない。俺はマルヴィナ自身に惹かれている」
「!」

 ───ピキッ

 私の頭の中に、前にも聞いた覚えのある音が聞こえた。

「そもそも───俺は好きでもなんでもない女性にこんなに触れたりしない」
「あ……」

 そう言われて、これまでたくさん抱きしめられたこととか、キスをしたこととかが私の頭の中に甦る。
 しっかり思い出してしまったことで、頬がどんどん熱くなっていく。

「マルヴィナだけだ。俺はマルヴィナのことが好きだ。だから君に触れたい、いつだってそう思っている!」
「私……だけ」
「そうだよ」

 トラヴィス様の顔が赤い。
 そして、照れながらもはっきり頷いてくれた。

 ───トラヴィス様が私のことを好き?  愛して……いる?

(……愛?)

「愛しているよ、マルヴィナ。だから、俺がいる限り君は誰からも愛されない存在なんかじゃないんだ」
「……!」

 ───ピキッ、ピキ……

 また、この音。
 私の頭の中で何かが割れていく音、がする。

「そ、それから、き、気が早い……と思われるかもしれない……が、コホッ」
「トラ、ヴィス様……?」

 急に盛大に照れ出したトラヴィス様の様子に戸惑っていると、トラヴィス様は赤かった顔を更に真っ赤にして言う。

「お、俺はマルヴィナと家族になりたい!」
「か、家族!?」

 まさか、そ、それって、けけけけけけっ……
 動揺と恥ずかしさと嬉しさが、頭の中でごちゃごちゃに混ざってしまってその先の言葉が出て来なかった。

「今、マルヴィナには家族と呼べる人はいないだろう?  だから、俺が!  俺と結婚して家族になろう?」
「ト……」

 ───ピキッ

(どうしよう……)

 視界がぼやけて来て、トラヴィス様の顔が上手く見えない。
 家族?  トラヴィス様は家族になろうと言った?

「家族……」
「ああ、俺と家族になってくれたら、もれなくちょっとやかましい……が頼りになる義妹も出来るぞ!」
「……ふっ」

 リリーベル様の顔が頭に浮かんで思わず笑ってしまった。
 チラッとリリーベル様に、視線を向けると……

(えっと……?  下を向いて身体が震えている?)

 リリーベル様に何があったの!?  もしかして魔力の使いすぎ!?
 一気にリリーベル様のことが心配になったけれど、トラヴィス様が少し強引に「リリーは大丈夫だから、こっちを見てくれ」と言って視線を戻すように促された。

 そうして再び私たちは見つめ合う。

「───やっと笑ってくれた」
「!」
「マルヴィナはどんな顔をしていても可愛いが、笑った顔は最高に可愛いんだ」
「え!?」
「こんなにも、可愛いくて綺麗な笑顔を持った人を俺は他に知らない」

 とんでもない美少女を妹に持っている美丈夫が、うっとりした表情でおかしなことを言っている!
 そんなことを考えていたら、トラヴィス様が私から身体を離してその場に跪いた。

「トラヴィス様?  な、何をして……!?」

 何事かと驚いていると、トラヴィス様はそのままの体勢で私の手を取り、手の甲にそっとキスを落とした。

「!?」

 もうずっと私の心臓は破裂寸前だった。
 それなのに、トラヴィス様は私の心臓にとどめの一言を告げる。

「───マルヴィナ。俺は君への生涯変わらぬ愛をここ……に誓うよ」
「!」
「君が大好きだ」

 そう言ってトラヴィス様は立ち上がるとそのまま私をギュッと抱きしめた。

(……嬉しい)

 真っ先に浮かんだのはそんな気持ち。

(だって、私も……あなたが好きだもの)

 私の心臓が大爆発を起こす前に、トラヴィス様にこの気持ちを伝えなくちゃ!
 と思ったその時。

 ─────ピキッ、ピキピキピキッ……

 凄い勢いで何かが壊れていく音がする。
 そして────……

 パリンッ

(……え?)

 ───そして、ついに。
 心臓の破裂……ではなく、の割れる音がした。
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