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44. 悪足掻き
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───この光景を見るのは何度目かしら?
いつものようにサヴァナが泣き出した。
子供の頃はサヴァナがこうして泣き出す度に、お父様とお母様から私が必ずお叱りを受けた。
(また、始まった)
そう思った私は、何故か先程から私を抱きしめて離してくれないトラヴィス様に声をかける。
《トラヴィス様、私、サヴァナに言いたいことがあるのでちょっと近くに行ってきます》
《え? 言いたいこと?》
《はい。もう次の機会は無いかもしれませんので》
《あー……》
そう言ったらトラヴィス様が手を離してくれたので、私は下を向いてグスグスと泣いているサヴァナの元に近付いた。
───サヴァナの得意な嘘泣き。もういい加減にして欲しい。
そんな思いで、私は泣き真似はやめてとサヴァナに告げた。
────
(あら?)
私の言葉を聞いた後のサヴァナの様子がおかしい。
すぐに怒り出すと思ったのに。
(もしかして、私がこんなことを言うなんて意外だと思っているのかしら?)
残念だけど、もう、昔みたいにモヤモヤした思いを胸に抱えつつも、とにかくその場をやり過ごせばいいやと笑って誤魔化していた私ではないのよ?
「……」
「……」
何も答えないサヴァナ。
でも、サヴァナがどんな性格なのかは、多分……私が一番よく知っている。
(……トラヴィス様、私にもリリーベル様のような瞳がなくても分かります)
今のこの子は涙を流しているだけ。心の中ではきっと全然違うことを考えているわ。
そうね、涙を流したのはクリフォード様や父親の伯爵、筆頭魔術師辺りに助けてもらいたいから。
そして彼らに魔力封じを解いてもらえないかと私やトラヴィス様に説得してもらうつもり。
無事に魔力封じを解いてもらうことが出来たら、その瞬間、サヴァナは私の力を奪う!
ん……少し、違うわね。
他の人の魔力を奪って力をつけてから、最終的に私の“守護の力”を奪う。こっちかしら?
なんであれ、あなたの考えはそんなところでしょう? サヴァナ。
「サヴァナ。そんなことをしても無駄よ。見苦しいだけ」
「み、見苦しい? 私が? お……姉様……やだ、何を言って……るの」
必死に誤魔化そうとしているけれど、サヴァナの声は震えているので動揺していることがバレバレ。
「ええ、残念ながらとっても見苦しいわ。だから顔を上げて今、自分がどんな目で皆に見られているのかをよく見てご覧なさい?」
「……え」
サヴァナがおそるおそる顔を上げた。そして、皆の顔を見ていく。
サヴァナを見つめる目───そこに誰からも同情の目はなかった。
「え……どうして、皆、冷たい目、なの?」
サヴァナが戸惑いの声を上げる。
“奪取の力”
いつからなのかは分からないけれど、無意識にそんなに力を使ってしまっていたサヴァナには、本来なら同情されてもおかしくはないくらいの余地がある。
だけど……
(あまりにもあなたは好き勝手にやりすぎた!)
「どうして? ねぇ、お姉様。皆の私を見る目が……おかしいわ」
「どこも、おかしくないわよ」
「なんで? クリフォード様はお姉様ではなくて私のことを愛してると言ってくれたのよ?」
「…………でも、あなたはクリフォード様のこと愛していないのでしょう?」
もう、手遅れなのよ、サヴァナ。
あなたのここまでの振る舞いや言動を見て、彼らもおそらく目が覚めたの。あなたが無意識にかけた力はきっともう解けている。
どうして、それが分からないの?
「あー…………これはやっぱりお姉様が何かしたのね?」
残念ながら、サヴァナに私の気持ちは届かなかった。
私に敵意の目を向けてくる。
「サヴァナ。どうしてそうなるの?」
「───だってお姉様はまた、この私に皆の愛情や居場所が“奪われる”のが怖いんでしょう? ────だからっ! そうやって私の邪魔をしているんだわ!!」
「サヴァナ!」
駄目だ。もう、会話が成立しない。
そう思った時、激怒したサヴァナが私に掴みかかろうとしてきた。
「私がこんな目で見られるのはお姉様のせいなんだからーーーー」
私に迫るサヴァナの目は血走っていた。
これまで誰からも可愛い可愛いと持て囃されていた顔とは程遠くなってしまっている。
《───マルヴィナ!》
(トラヴィス様!?)
すぐ後ろで私の名前を呼んだトラヴィス様の声を聞いた瞬間、私の周りがパァッと光った。
「え、なに? 眩し…………きゃっ!?」
今にも殴りかかろうとサヴァナの手が私に触れようとした瞬間、サヴァナは何かに弾き返されるようにして飛ばされてその場に倒れ込んだ。
「痛っ……え? な、何? 今のは……」
「……」
さすがに私も驚いた。
何もしていないのにサヴァナが勝手に吹き飛んだわ。
(ん? 身体がポカポカする……?)
それで、ようやく分かった。
(今のはトラヴィス様が先程かけてくれた守護なんだわ)
私はそっと自分の額に手を触れた。
トラヴィス様が触れた場所。そこは少し熱を持っている気がした。
「おーねーえーさーまー!?」
そうしているうちに、起き上がったサヴァナが再び、私に向けて突進してくる。
もはや、なりふり構ってなどいられない───そんな形相だ。
けれど、当然のようにサヴァナは見えない力に弾かれた。
「何で? 何で近付けないの……? ハッ……もしかしてお姉様、そこの魔術師の力に守られているの!?」
サヴァナの攻撃から私を守ってくれているものが、トラヴィス様の力だと気付いたサヴァナがずるい、ずるい、と叫ぶ。
「どうしてお姉様がそんな大切にされているの? どう考えてもおかしいわ」
「……」
「守護の力を持ってるから? ああ、そうよね、お姉様の価値ってそれしかないものね」
自分が一番でないと気が済まないサヴァナは執拗に私に向かって口撃を繰り返そうとする。
──だって、お姉様ってお友達も一人もいないじゃない?
──無駄に勉強ばっかりしちゃってつまんない人生。
──お父様とお母様がお姉様のことをずっと影でなんて言っていたか知っている? 可愛さの欠けらも無いつまらない娘、よ?
サヴァナは私がなんて言われたら傷つくのかを分かって敢えて選んで言葉にしている。そんな気がした。
だけど、何を言っても私が昔みたいに傷付いている様子がなく、ケロッとした涼しい顔をしているので、段々イライラして来ているのがこっちにも伝わって来た。
そんな中でサヴァナは、更に私を小馬鹿にしようとこう口にした。
「…………ほ~んと、お姉様って可哀想」
「……私が可哀想?」
「だってそうでしょ? お姉様はこれまで、ずーーーーっと誰からも愛されなかったんだから」
「……」
「だから、これからもお姉様は誰からも愛されることなんてないのよ」
───ズキッ
(…………えっ!?)
その言葉を聞いた瞬間、なぜか、久しぶりに私の頭に痛みが走った。
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