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40. 水晶が光った理由

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 一斉に後ろを振り向いた彼らは“私”を見て驚きの声を上げた。

「───お姉様っっ!」
「マルヴィナ!?」
「マ、マルヴィナ様!」
「マルヴィナ……ほ、本物……なのか?」

 サヴァナ、クリフォード様、筆頭魔術師、ローウェル伯爵……
 その反応も様々だった。

(本物なのかですって?)

「……私が偽者に見えますか?  ?」
「っ!?」

 誰があなたをお父様と呼ぶものですか。
 そんな気持ちで私はかつて父親だった人に冷たい視線を向けた。
 伯爵はすぐに気まずそうに目を逸らした。

「お姉様……?  どうして?  いつからいたの……え?  そこにいたはずの地味ダサい女……は?  どこに?  え?」

 混乱している様子のサヴァナ。
 地味ダサい女というのは変化していた私のことを指しているらしい。

(本当にいい性格しているわ……)

「あの姿は私が幻影魔法を用いて変化していた姿よ、サヴァナ」
「幻影……魔法?  へ、んげ?  何それ?  お姉様なのにお姉様じゃない?  どういうこと!?」
「……」

 魔術に疎いサヴァナにはそう説明しても伝わらないようだった。
 この子はルウェルン語だけでなく、あらゆる勉強そのものを全くしていないことが改めてよく分かった。

「そんなことより……なんで!  なんでお姉様はそんなに元気そうなのよ!?」
「ああ、あなた……私は落ちぶれて這いつくばって生きているはず!  とか好き勝手なことを言っていたものね?」
「あ、有り得ない……こんなの、有り得ない……!!」

 サヴァナは頭を抱えて半狂乱になって叫びだした。
 そんなサヴァナの姿を黙って見ていたら、ふと強い視線を感じた。
 ……クリフォード様だった。

「……マ、マルヴィナ」
「……」
「その、やはり無事で、い、生きて……いてくれたんだ、な」
「……」
「会えてよかった……よ。君には話したいことがたくさん……ぼ、僕は──」
「!」

 クリフォード様が、まるでこれまでのこと全てが無かったかのように微笑みを浮かべて、親しげに私に手を伸ばそうとした。

(気持ち悪っっ!)

 寒気がしたので身を縮めて避けようとしたところ、クリフォード様のその手を、私を庇うようにして前に進み出たトラヴィス様が思いっきり叩き落とした。

「───汚い手でマルヴィナに触るな!」
「なっ!」

 そして、私はそのままトラヴィス様に抱き込まれる。

(……え?  え?  お、俺の?)

 私をま、守るって言ってくれたけど……え?  なんで抱き込まれ……? 
 今はそれどころじゃないはずなのに、胸がドキドキしすぎて破裂しそう!

「俺のマルヴィナ?  ま、待ってくれ!  これは、どう……」
「───お姉様!  これはどういうこと!?」
「!」

 これはどういうことかと聞きたかったらしいクリフォード様を遮って、頭を抱えていたはずのサヴァナが飛び出して来た。

「お姉様のくせに!  なんで、そんなに魔術師と親しげなの!?  嘘でしょう!」
「そ、そうだ!  マルヴィナ!  君は僕のことをあんなに慕ってくれていたじゃないか!  なぜ他の男と……!」

 二人の喚き声にはさすがにイラッとした。

「……二人共、黙ってくれませんか?  うるさいです」
「え?  うるさ……」
「マルヴィナ?」

 私は二人とついでにその向こうで呆然としている魔術師と伯爵の方も睨みながら叫んだ。

「──私のことを追放したのはあなた達です!  ですから、今の私が誰の元でどう過ごしていようと文句を言われる筋合いはありません!」
「なっ……」
「お、お姉様!?」

 私がそう言い終えると、トラヴィス様が小さく笑った。

 《トラヴィス様?》
 《本当にその通りだよなぁ……あいつらは阿呆としか言いようがない》

 トラヴィス様は呆れた顔でそう口にする。

 《ええ、本当に。ところで、トラヴィス様?  どうして私を抱きし……》
 《───マルヴィナ》
 《……?》

 どうしてこんな体勢になっているのかを聞きたかったのに、トラヴィス様は優しい声で私の名前を呼び、その美しい素顔がどんどん近づいて来た。

(……え?)

 そして、チュッとトラヴィス様の唇が私の額に触れる。

(……ええええ!?)

 ボンッと私の顔が一気に赤くなる。
 どうして、今こんなことをするの!?  そう抗議をしようとした。

 《トラヴィス様!  な、なに、をして……………え?  あっ!?》
 《……うん。ちゃんと巡ってる、かな?》

 けれど、私の全身が何かに守られているかのように温かくなっていく。

(これは───)

 《トラヴィス様……これは、もしかして私への守護魔法、ですか?》
 《そうだよ、あの暴力的な妹や汚らわしい王子から君を守る盾になればと思ってね》
 《あ、ありがとう、ございます……》

(そ、そういう事だったのね?  びっくりしたわ)

 私は赤くなった頬を抑えながらお礼を言った。

(……でも、トラヴィス様なら、こここんな、キ、キス?  をして力をかけなくても指を鳴らせばいいような気も…………ん?)

 そう思った時、サヴァナがこれまで見たこともないような顔で私を睨みつけて来た。
 どうやら、かなり怒っている。
 隣のクリフォード様は魂が抜けたみたいにポカンと間抜けな顔をしているというのに、本当にこの子は元気だ。

「──お、お、お姉様のくせに何をしてるのよっっ!!  しかも、二人でコソコソと訳の分からない話までして……許せないっっ!」

 私は小さくため息を吐きながらサヴァナの目を見て言う。

「何を言っているの?  サヴァナに許してもらう必要なんて無いでしょう?  あなた……何様のつもりなの?」
「~~~っっ」

 サヴァナは悔しそうに唇を噛んで地団駄を踏んでいた。
 そんなサヴァナを横目に、呼吸を整えた私はリリーベル様の方へと向き直った。

「リリーベル様、申し訳ございません。話が大きく逸れてしまいました」
「ふふ、まさか姿を見せたと同時に、お兄様と堂々とイチャイチャを披露するとは思わなかったですわ」
「え?  イチャ……?」
「さすがお兄様。抜かりのないこと……」

 リリーベル様は愉快そうに笑った。
 だけど、すぐに笑みを消してその瞳を再び金色にすると言った。

「さて、話を戻しましょう。先程も申し上げましたように、クロムウェルでの儀式の際は、そこのまん丸さんが水晶に触れる前にマルヴィナさんも水晶に触れていたはずです」

 そう言われて思い出す。
 確かにサヴァナの誕生日のあの日も、私は水晶に触れて光らないかを試していた。
 その後、クリフォード様がやって来てサヴァナも水晶に触れることになって……

「リリーベル様。つまり、水晶は……」

 リリーベル様は最後まで聞かずとも私の言いたいことが分かったようで、にっこり微笑んで頷いた。
 続いてトラヴィス様の顔を見上げるとトラヴィス様も同じように頷いてくれた。

 《行ってきますね?》
 《ああ!》

 私はそっとトラヴィス様の腕の中から離れると水晶のそばへと近付く。

(……そっか。そういうことだったのね)

 私の中に“守護の力”があるはずなのに何度触っても光らなかった水晶。
 それは、私の魔力が封印されていて足りなかったからだとトラヴィス様は言っていた。
 けれど、あの日。
 サヴァナは水晶に触れた瞬間に私の封印されていた魔力を奪った。

(水晶は……その前に触っていた私の魔力とに反応したんだわ)

 だから、その後も今もサヴァナが単体で触れても同じように光らなかった。
 だって、サヴァナだけでは魔力が足りないから。

(サヴァナはさっき水晶に触れていた。それなら今、私が触れれば水晶は光るはず───!)

「…………」

 私は目の前の水晶にそっと触れた。
 十八歳の誕生日を迎えたあの日から、毎日、何度も何度も触れ続けた懐かしくも思える水晶に願った。

(───お願い。今度こそ!)

 そう願った瞬間、水晶がキラキラと輝き出した。そして、辺りには金色の眩しい光が放たれる。
 まるで、あの日と同じように───

「こ、この光は、まさしく……あの時と同じじゃ!」

 後方から筆頭魔術師のそんな声が聞こえた。
 また、水晶が光った本当の理由を知らないサヴァナは、私が触れたことで水晶が光ったと思い込んでいるようで、「嘘……なんで」と目を大きく見開いて私の顔と水晶の光を凝視している。

「も、文字は?  文字は浮き出ておるのか!?」

 筆頭魔術師の言葉にリリーベル様が答える。

「───ええ」
「な、なんと書いてあるのじゃ!  そ、それと文字はひ、一つか!?」

(……一つ?) 

 私は内心で筆頭魔術師の言葉に首を傾げる。

「文字は一つか?  って…………ああ、このことかしら?」

 そう言ってリリーベル様は直接手を触れないように気をつけながら、皆に文字が見えるようにと水晶の向きを変えた。
 それを見た筆頭魔術師がすかさず叫ぶ。

「そうじゃ!  これは……あの時と同じじゃ!  一つは“守護の力”と読めるのだが、読み取れないもう一つの文字が浮かび上がっておる!」

(……え?)

 その言葉を受けてよーく水晶を見ると、そこには確かに“守護の力”と浮かび上がっていた。
 けれど、確かにもう一つよく読み取れない文字も一緒に浮かび上がっていた。
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