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36. お怒りです
しおりを挟む「……そ」
トラヴィス様が何かを言いかけたその時、サヴァナがすごい勢いで遮った。
「──冗談じゃないわ! 今更お姉様を探すですって?」
「サヴァナ。そう聞いて君が興奮する気持ちは分かるが、今は黙っていてくれ!」
騒ぎ出したサヴァナをクリフォード様が制止しようとする。
だけど、サヴァナは止まらない。
「いいえ、殿下! お姉様なんかを探したって無駄ですよ」
「なに?」
「お姉様が我が家から持ち出せたものは、こ~んなに小さな鞄一つだけでしたから! あんな荷物だけで生き延びられるはずがありません! ね、お父様?」
サヴァナは私があの日持ち出した鞄のサイズを手で示しながらそう言った。
そのサイズのあまりの小ささにクリフォード様が目を丸くした。
「待て。何でそんな大きさの鞄一つのみなんだ? その大きさではまともな物が持ち出せないじゃないか! どういうことだ、伯爵!」
伯爵はクリフォード様に詰め寄られて、困った顔をして「それが……」とか「うぅ……」と唸っている。
その横では筆頭魔術師は声こそ上げなかっためのの愕然とした表情をしている。
「ど、どういうことかと、き、聞かれましても……」
「あんな大きさの鞄しか持たなかったら……まともに生きていけないだろう? マルヴィナは本当にあのような大きさの鞄のみで出て行ったのか?」
「そ、それに関しましてはサヴァナが……マルヴィナは質素に過ごすのが好きだから……か、鞄も小さくて良いのでは……と」
「なっ……!」
クリフォード様が驚きで言葉を失っていた。
「チッ……ちょっとお父様、余計なこと言わないでよ! それに最終的に鞄を用意してお姉様に渡したのはお父様でしょう!?」
「なんだと!?」
伯爵はサヴァナを睨みながら悔しそうに唇を噛んだ。
そんな様子を見ながら私は今知った事実に驚く。
(あの鞄は、お父様の判断ではなくサヴァナの一言のせいだったの?)
どこまでもどこまでもサヴァナにとって、私は邪魔者だったんだと思い知らされる。
そう。
死んでも構わない───そう思われるくらいには。
それに、そんなサヴァナの言葉に乗せられて反対することなく言うことを聞いた父親も父親だ。
(最っっ低!)
すでに冷め切っていた私の中での“家族”というものが、更にどんどん冷えていく。
そして思う。
私、なんでこんな人たちの“愛”なんてずっと欲しがっていたのかしら?
(───要らない。こんな人たちからの愛なんて……絶対に要らない!)
……ピキッ
「……?」
私の頭の中で変な音がしたような気がした。
(また……?)
私が一人で首を傾げているとクリフォード様がハッとした様子で顔を上げる。
「いや? 待て。そうは言っても魔術師はマルヴィナの気配を追えていた……つまり、マルヴィナは生きているじゃないか!」
(──王宮魔術師が私の気配を追っていた? でも、気付かれていない?)
気配を追われたのに、ここにいると気付かれていないのは良かったけれど、クリフォード様が本気で私を探し出して連れ戻すつもりなのだと思ってゾッとした。
万が一、連れ戻された場合、その先のことは簡単に想像がつく。
私は極秘でクロムウェル王国に入り、これまで以上に厳しく魔力測定を求められ念入りに調べられるだろう。
だけど、あの国にはルウェルン国のような魔術の知識はないから、結局、私に力があるのか無いのか分からず、無駄に飼い殺しにされる……そんな未来しか見えない。
「は? お姉様、生きてるの? 部屋だってあんなに荷物が残されていたわ……! 生きていけるほどの荷物なんて持ち出せていないわ!」
どうやら、私がかけた幻影魔法は優秀だったようで、ちゃんと誤魔化せていたらしい。
「……確かに今は誰かに盗まれちゃったけど」
「──サヴァナ! 余計なことは言うな!」
「お、父様……」
けれど、そろそろ魔法は解けたようで、私の部屋が実はもぬけの殻だということを、ようやく最近知ったらしい様子に思わず笑ってしまった。
(無駄に犯人探しとかしていそうね……)
「とにかく! お姉様は生きていても、きっと惨めで落ちぶれた姿で這いつくばって生きているに違いないわ! やっぱりそんなお姉様に“守護の力”なんてあるはずがないのよ!」
サヴァナがそう声を張り上げた時だった。
「───お前たち、いい加減にしろ!」
そう怒鳴ったのはトラヴィス様。
声や表情……その全てで怒っているのが分かる。
「あ、魔術師殿。す、すまない。また、見苦しいところをお見せしてしまった」
クリフォード様がそう言って謝る。
トラヴィス様は怒りの表情のままクリフォード様に問いかけた。
「そんなことよりも、一つだけ聞かせてもらおうか?」
「な、なんだ?」
「マル……その彼女を見つけて国に連れ戻したら、お前たちはその後、どうするつもりなんだ?」
トラヴィス様のその質問にクリフォード様は大きく頷きながら答える。
「もちろん、彼女の魔力をもう一度、一から徹底的に調べあげて、“本物”だと分かれば僕の妃として迎えることになる予定だ」
(な、なんですって!?)
さすがにそれは私も聞き捨てならない。
サヴァナも驚いたのか目を大きく見開いたあと、キッとクリフォード様を睨んだ。
「……姉の方を妃として迎える……だと?」
(ん? 空気がピリッとした……わ?)
トラヴィス様の怒りが増したせいなのか、部屋の温度が一気にかなり下がった。
だけど、誰もそれを感じ取れていないのか、クリフォード様も顔色を変えることなく話を続ける。
「ああ、それが自然だろう? マルヴィナは性格に難があることが判明したが、そこはもう仕方がないからな。僕が目を瞑るさ」
「性格に……難がある?」
トラヴィス様が眉をひそめて聞き返すと、クリフォード様は力強く頷く。
そして、あれやこれやと私に関する話のあることないことをペラペラと語り始めた。
その殆どはサヴァナの証言を真に受けたもので、私が性悪だという話ばかり。
「それに元々、彼女は僕の婚約者になるはずだった人で、かなり僕に惚れていたから、戻って来いと言っても嫌がることはないはず。むしろ、喜───…………う、うわぁぁあぁぁ!?」
(──え?)
黙って聞いているだけで、すごく不愉快な話が続いていた所にいきなり、クリフォード様が苦しみ出して倒れた。
そして、苦しそうに顔を上げる。
「え……な、何だ……今の…………か、身体中に……ビリッと、したもの……が流れ……」
「ああ、すまない。ちょっと今、あまりの不愉快さに腹が立って力の制御が上手く出来ていないみたいでね」
トラヴィス様は、しれっと悪びれることなく言う。
「は……? ふゆ……かい? ま、魔術師ど、の……は、な、にを言って……?」
「なにって……ですから、クリフォード殿下の身体に俺から放たれた大量の電流が流れただけですよ」
「で、でんりゅう……?」
「そうですよ? こんな風に……」
そう言ってトラヴィス様は再びパチンッと指を鳴らした。
「え……う、うわぁぁぁぁあーーーー」
部屋の中にクリフォード様の悲鳴が響き渡った。
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